第二章 ~『カイトとの会話』~


 午前の授業が終わり、昼休みになった。だが沈んだ感情はまだ元に戻っていない。机に伏していると、ティアラが心配そうに声をかけてくれる。


「元気を出したまえ。マリアなら失点もすぐに取り返せる」

「でも一位から転落しましたから票は減りますわ」

「それでもクラスで二位の成績だ。絶望するほどではない。それに投票は今日の午後。まだチャンスは残されている」

「ティアラ……ありがとうございますわ」

「気にすることはない。これは自分を鼓舞するための言葉でもあるからな。私も票集めのために動くとしよう」


 諦めるには早すぎると、ティアラは席を立つ。限られた時間を活かすため、彼女は教室を飛び出した。


 気づくと残されていたのは、評価ポイントがトップで焦る必要のないリーシェラ。それと前の席に座る男子のみ。


 小麦色の肌と鍛えられた肉体から想像できないほど温和な笑みを浮かべて、窓辺に止まる鳥たちに餌をやっていた。


「随分と懐いていますのね」

「……俺に用でもあるのか?」

「特にありません。ただの雑談ですわ」

「そうか……俺はカイトだ……」

「あ、はい。私はマリアですわ」

「昨日はきつい態度ですまなかったな。嫌いな奴と一緒にいたから無下に扱ってしまった」

「ティアラと知り合いなのですか?」

「一方的だがな」


 なぜ嫌っているのか詳しい事情は語らないし、聞ける雰囲気でもない。だが眉間に寄った皺が嫌悪を真実だと証明していた。


「パートナー探しに動かなくていいのか?」

「いまはその元気がありませんわ。あなたはどうですの?」

「俺はどうせ誰からも選ばれないからな」

「どうしてそう思いますの?」

「一番は家柄だ。俺はスラム出身だからな。動物を従えることができる召喚士の職業適正のおかげで神父になることはできたが、このクラスにいるのは優秀な奴ばかりだ。わざわざスラム出身者を選ぶ物好きはいないだろ」

「なら上級司教を諦めていますの?」

「まさか。俺は誰がパートナーでも勝つ自信がある。だからこそ誰でもいいのさ」

「カイト様は強いのですわね……」

「強くもなる。スラム暮らしの時は食うために残飯を漁ったこともあるからな。生き残るために必死なのさ」


 一人でも戦い抜くハングリー精神は見習わなくてはならない。忘れていた感情が湧き上がってくる。


「カイト様と私は似た者同士ですわね」

「男爵令嬢のあんたとか?」

「実態は令嬢とほど遠いですわ。物置で暮らし、残飯を与えられて育ってきましたから」

「辛い想いをしてきたんだな……」

「だからこそ、カイト様の言葉で闘志が燃えてきましたわ。もし脱落すれば、前の生活に元通り。あんな生活は二度とゴメンですから」

「その意気だ」


 辛い過去は二人の仲を縮めてくれた。楽しい談笑で盛り上がっていると、リーシェラが椅子を勢いよく引いて立ち上がる。


「ちょっとお話しましょうか」

「私とですわよね」

「当然よ」


 声をかけられては仕方がないと、カイトに席を離れる旨を伝え、二人で揃って教室の外まで移動する。気まずい空気が流れる中、リーシェラが口火を切った。


「さっきはごめんなさい。私、勝つために必死だったから、あなたを罠に嵌めてしまったの」

「…………」


 同情を誘うように眉根を落とし、今にも泣きそうな表情を浮かべるリーシェラ。本当に反省しているのか、それとも演技なのかは分からないが、マリアの取るべき選択は一つだけだ。


「謝罪は受け取りますわ。ですが、あなたのことは二度と信頼しませんわ」

「あら、そう。残念ね」


 先ほどまでの態度が嘘だったように、ケロッとした表情に変わる。信頼しなくて正解だったと知る。


「もし信頼してくれたら、改めて罠に嵌めるつもりだったのに」

「二度と騙されませんわ」

「ふふふ、そうはいかないわ。あなたを倒さなければ、私は大聖女になれないもの」


 喉を鳴らして笑うリーシェラは、勝つために手段を選ばないとだけ宣言して立ち去った。絶対に負けられないと、マリアは意思を強く持つのであった。


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