第二章 ~『リーシェラと遅刻』~


 リーシェラのおかげで、三十分間の余裕ができた。悠々と身支度を整えた後、教室へ向かう。扉を勢いよく開くと――ケインが教卓の前に立ち、マリア以外の候補生たちは全員着席していた。


(どういう状況ですの⁉)


 始業時間は変更されたはずだ。それなのに、まるで授業中かのような状況に頭が混乱する。


「ケイン様、これは……」

「マリアくん、遅刻だよ」

「え、ですが、始業が三十分遅れると聞きましたわ」

「そんな事実はないよ。どこからの情報だい?」

「それは……リーシェラ様から……」


 クラス内の視線がリーシェラに集まる。しかし彼女は首を横に振った。


「私はそんなこと言ってません。遅刻の言い訳に私を使わないで」

「う、嘘ですわ」

「なら証拠でもあるの?」

「それは……」


 証人でもいれば話は別だが、あの場には二人以外に誰もいなかった。言った言わないの水掛け論になるのがオチだ。


「マリアくん、僕は君を信じている」

「ケイン様……」

「だが罰は平等だ。贔屓はできない。それは理解できるね」

「はい……」


 もしマリアだけが罰を受けないのであれば、それはクラスの不和に繋がる。立場上、彼女が騙されていただけだと知っていても、何もしないわけにはいかない。


「マリアくんへの罰は評価ポイントの減点だ。心苦しいけど受け入れて欲しい」


 ケインが魔力を放つと、手帳が輝く。プロフィールが新たに更新されていた。


――――――――――

総評:

 イリアス家のマリア。男爵令嬢。年は十二歳。魔力量は候補生の中でも優れており、学業成績も優秀。所属クラスはA。遅刻経験あり。


評価ポイント:

 90点

――――――――――


(評価ポイントがマイナス10点されていますわ!)


 二位のリーシェラが95点のため、トップの座を失うことになった。喪失感が怒りに変わる。だが彼女は反省するどころか、嘲笑を口元に張り付けていた。


(絶対に許しませんわ)


 必ず報いを受けさせてやると決意する。そんな彼女の心情を読み取ったのか、ケインは優しげに声をかける。


「マリアくん、これで分かったと思うが、大聖女候補はライバルだ。蹴落とそうとしてくる者がいてもおかしくはない」

「はい……」

「でもね、人を信じるなというつもりはないよ。信頼は大切だからね。ただ君は裏を取るべきだった。例えば友人にも始業時刻の変更を確認するとかね」


 ケインの言葉は正論だった。隣人のティアラに一言訊ねるだけで遅刻は回避できたのだ。


「でも僕はマリアくんを責めるつもりはない。世の中には、騙された方が悪いという言葉があるけど、騙した方が悪いに決まっているからね」

「ケイン様……ありがとうございますわ」


 恩師の言葉に心が救われる。彼の期待に応えるためにも、これからは油断しないと心に刻むのだった。


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