第二章 ~『教会のルール』~


 挨拶が終わり、ケインによる教会施設の説明が始まる。これからは寮生活となるため、門限などの禁止事項が語られた。


(案外、緩いルールですのね)


 門限も夜十時までに帰ればよく、王都で遊ぶのも自由。さらに驚かされたのは恋愛が自由な点だ。


 大聖女を育成するのだから、貞淑さを優先し、異性との交際を禁止すると思っていたが、恋愛から得られる経験も重要との判断で、むしろ推奨さえされていた。


「ルールを聞いて思っただろう。随分緩いと。でもね、大聖女になるのは簡単じゃない。油断している候補生はすぐに脱落者になるからね。事実、昨年の候補者は一年で九割が教会を去ったんだ」


 一年で九割。そのあまりの厳しさに場がざわめく。


「静かに。昨年は極端な例だからね。今年は違う結果になる可能性は十分にある。これから説明する選抜方法を聞き逃さないようにして、無事、来年を迎えて欲しい」


 こう言われては黙るしかない。静かに耳を傾ける。


「君たちにはこれから三つのクラスに分かれてもらう。それらのクラスの中で、大聖女となるための授業を受けることになる。どのクラスに配属されるかは、我々が既に決めているから、候補生手帳を確認して欲しい」


 ケインの合図に従って、神父たちが手帳を配る。先頭ページを開くと、魔力の輝きと共に、クラス名簿が浮かび上がってきた。早速、自分の名前がどこにあるかを探す。


「私はAクラスですわ。ティアラはどうでしたの?」

「私もAクラスだ」

「それは幸先がいいですわね」


 友人と一緒のクラスになれた安心感で心が和らぐ。他にも知り合いはいないかと、名簿を見つめていると、ティアラの小さなため息が届いた。


「どうかしましたの?」

「クラス名簿に知り合いがいてな」

「苦手な人ですの?」

「好ましい相手ではないな」


 気まずい空気が流れる。話題を変えるため名簿に視線を巡らせると、クラス名の傍にケインの名前が記されていることに気づく。


「Aクラスの担任はケイン様ですわね♪」

「それは僥倖だな。彼ほど優秀な神父は二人といないはずだからな」

「ケイン様と一緒なら授業もきっと楽しめますわね」


 大はしゃぎするマリア。そんな彼女にティアラは怪訝な目を向ける。


「……気になっていたのだが、君はケイン神父と親しいのか?」

「え⁉」

「先ほども『念話』の魔法で話をしていたようだしな」

「気づいていましたのね⁉」

「私は『念話』が得意魔法だからな。だから他の候補生は気づいていないと思う」

「それなら安心ですわね。ケイン様には立場がありますから。変な風評が流れたら困りますもの」


 恋愛が推奨されていても、担任と候補生同士となると話は別だ。贔屓していると邪推する者も現れるからだ。


「それで二人はどのような関係なのだ?」

「変な関係ではありませんわ。ただの恩人――それだけの関係ですわ」


 口にしていて、胸が苦しくなる。言葉にすると彼との関係があまりに希薄だと思えたからだ。


「さてクラス分けの結果は確認できたね。このクラスに優劣はない。僕たちが候補生の相性を勘案し、決めたものだからね。でもね、クラスにはなくても、候補生にはある。手帳の次のページを開いて欲しい」


 ケインの言葉に反応し、手帳が光り輝く。先ほどまで白紙だったページに、マリアのプロフィールが表示されていた。


――――――――――

総評:

 イリアス家のマリア。男爵令嬢。年は十二歳。魔力量は候補生の中でも優れており、学業成績も優秀。所属クラスはA。


評価ポイント:

 100点

――――――――――


 プロフィールには、個人情報や教会側からの主観的な総評が記され、その隣には評価ポイントが記されている。


「プロフィールを確認できたね。ここに書かれている評価ポイントこそが、君たちの能力――つまりは魔法や学力、さらには大聖女に相応しい教養や人徳を持つかを数値化したものだ。日々の生活の結果に応じて増減もするから頑張って欲しい」


 魔力と学力は既に選抜試験で判定されている。マリアの評価ポイント100も、そこから導かれたものだろう。


(現時点では私が最高得点。ですが安心できませんわ)


 大聖女に相応しい教養や人徳も評価対象となっている。トップの地位は盤石ではなく、今後の生活で揺らいでいくものなのだ。


 さらにケインは増えるだけでなく減りもすると言及した。それは一つの可能性を示唆している。


「察しの良い者は気づいたようだね。この評価ポイントがゼロになると、大聖女の資質なしとみなされる。つまりは脱落者として教会を去ることになるんだ」


 100点だからと油断していられない。気の抜けない毎日になると、背筋が自然と伸ばされていた。


「でも、この評価ポイントが減らないように立ち振る舞えばいいかと問われればそうではない。現大聖女様が引退したタイミングで次の大聖女が候補生の中から選ばれるわけだけど、その選出方法にも評価ポイントは関わってくる。ズバリ、その時点で評価ポイントの最高得点者が次期大聖女に就任することになるんだ」


(恐ろしい制度ですわ)


 現大聖女が引退する日がいつなのか分からない以上、選抜試験が近づいてから努力するようなことはできない。常に高見を目指し続ける必要があるのだ。


 ピリピリと空気が殺伐としてくる。現時点での主席がマリアだと知られているため、視線にも敵意が混じり始めた。


「体調でも悪いのかな?」


 ティアラが声をかけてくれる。彼女の呼びかけのおかげで緊張が和らいだ。


「狙われると思うと怖くなってしまいましたの……」

「不安は分かる。だが他の候補生たちはともかく、私たちは友人だ。仲間として正々堂々と競い合いながら、二人で成長していこう」


 友として切磋琢磨していこうと約束する。こうしてマリアは注目を集めながらも、式典を終えたのだった。


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