第二章 ~『マリアの宣言』~


 大聖女候補の試験に合格してから、入会までの期間をマリアは街の宿屋で過ごしていた。ベッドが置かれただけの簡素な部屋だが、彼女はここでの暮らしを気に入っていた。


(硬いベッドでしたが、物置の床と比べれば快適ですわね)


 物置で過ごしていた毎日のおかげで、どんな環境でも満足できるようになっていた。身体に僅かな痛みは感じるものの、正午に開催される入会の式典に対する期待で痛みは吹き飛んでいた。


 ベッドから起き上がると、身支度を整えて宿屋を出る。


 式典は試験会場と同じく王都教会で開催される。、試験と同じく自由席になっているため、どこに座るかに頭を悩ませる。


(隣に誰もいない席はと……いいえ、逃げちゃ駄目ですわね。ここで友達を作らないと)


 友人を作れる貴重な機会だ。逃す手はない。


 恐る恐る様子を伺っていると、ピンと背筋を伸ばした少女に目が付く。


(綺麗な人……)


 意思を感じさせる瞳に、キリッとした凛々しい顔立ち、頭の上でまとめた銀髪は天窓から差し込む光で輝いていた。


「お隣よろしいかしら?」


 勇気を出して声をかけてみると、柔和な笑みが返ってくる。


「もちろん。私はティアラ。あなたは?」

「私はマリアですわ」

「……まさかイリアス家の?」

「私の事を知っていますの?」

「試験で満点の有名人だからな」

「運が良かっただけですわ」

「謙遜しなくてもいい。運で満点を取れるほど、甘い試験ではない」


 褒められ慣れていないせいか、マリアが気恥ずかしさで頬を掻くと、ティアラはクスリと笑みを零した。


「ふふ、満点を取ったとは思えないほどに愛らしい性格だな」

「そ、そうかしら?」

「主席合格となれば、増長してもおかしくない。でも君は謙虚なままだ。育った環境のおかげかな?」

「おかげかはともかく、一因にはなっていますわね」


 貴族の令嬢とはほど遠い過酷な生活を過ごしてきた。だからこその自己肯定感の低さがそのまま謙虚さに繋がっていた。


「私ばかり質問していては不公平だな。今度はマリアから私に質問してくれ」

「なら、気になっていたことがありましたの。ただ女性相手には聞きにくい質問でして……」

「構わん。なんでも聞いてくれ」

「では……ティアラも私と同じ十二歳なんですの?」


 外見や口振りから、随分と大人びているように感じる。この場にいることから同級生なのは分かるが、本当に同じ年齢かを確認しておきたかった。


「私は十五歳だ」

「三歳も上でしたのね!」

「だがこれでも入会は早い方だ。十二歳で合格できるマリアが特別なのだ」


 大聖女候補は十二歳より上なら年齢は不問だ。合格者の平均年齢は十六歳だと聞かされ、眩暈がしてくる。


(そんな年上の人たちと仲良くできるのかしら……)


 不安に思っていると、ティアラが手をギュッと握りしめてくれる。


「友達がいなくて不安なのだな?」

「は、はい」

「なら私と友達になろう。こう見えても、公爵令嬢で実家は裕福だし、剣術なら殿方相手でも引けを取らない。回復魔法の腕は君に劣るだろうが、仲良くなっても君に損はさせないと約束する」


 年上の頼り甲斐のある友人に握手を返す。初めての友達がティアラでよかったと、手の平の温かさで伝える。


「私の手はゴツゴツしているだろう?」

「そんなことありませんわ!」

「マリアは優しいな……だが自分でも男勝りな女だと自覚しているのだ。剣を振るのを日課にしていたせいで手はボロボロでな。好きな人にも振り向いてもらえない始末だ」

「ティアラのような素敵な人の魅力に気づけないなんて、残念な人ですわね」

「はは、そうだな……」


 ティアラの笑い声は乾いていた。気に障ることを言ってしまったのかと不安になる。


「気にしないでくれ。それよりも、これからは友人同士、仲良くしていこう」


 二人は友情を確かめ合うと、互いの事を知るために雑談を楽しむ。時間は過ぎていき、とうとう入会式の開幕時刻がやってきた。


「これより式典を開幕する」


 聞きなれた声が壇上から届く。その声の主は尊敬する恩人――ケインだった。


「あれが有名なケイン神父か」

「ケイン様を知っていますの?」

「次期大司教の最有力候補だからな。教会に所属する者で、知らない人はいないほどだ」


(やっぱりケイン様は凄い人ですのね)


 尊敬している人物が、他人からも評価されていると知り、自分のことのように嬉しくなる。


「諸君、まずはおめでとう。君たちこそ、この国の希望だ」


 ケインの称賛に会場が騒めき、空気が浮足立った。


「でも驕ることなかれ。君たちはまだ蛹だ。成長し、蝶となるのはこれからさ……さて、時間も勿体ないからね。本題に入ろう。これから君たちの代表に挨拶をしてもらう。その人物は筆記試験、魔力試験で満点を獲得した天才だ」


(まさかとは思いますが……私じゃありませんよね?)


 マリアの背中に冷たい汗が流れる。違いますようにと祈りを捧げるが、ケインが指名したのは――


「イリアス家のマリアくん、壇上へ」


(やっぱり私ですわぁ!)


 指名されたことで拍手が沸き起こる。ティアラの「頑張るのだ!」と応援を背に受けながら、トボトボと壇上へ向かう。


「あの、えっと、その……」


 壇上に立つと、会場の至る所から視線が突き刺さった。緊張で喉が震え、言葉が出てこない。そんな彼女を救ったのは、頭の中に響いた声だった。


『マリアくん、私だ、ケインだ』


(ケイン様⁉)


 彼は声を出さずに口をパクパクと動かしていた。離れている相手とでも会話ができる『念話』という風の魔法の存在を思い出した。


『緊張して、何を話せばよいのか分からないのなら、教会での意気込みを語ればいい。達成したい目標は他の候補たちにも良い刺激になるはずだからね』


 ケインのおかげで頭の中の霧が晴れる。心の中で感謝しながら、すっと息を吐いた。


「私は家族から駄目な娘だと育てられましたわ……」


 突然の告白に、会場の空気が変わる。


「けれど大聖女候補に選ばれて……いえ、ケイン様に救われたおかげで、私は変われましたの」


 もしケインがいなければ、適性検査の結果が聖女でないとの理由から試験を受ける前に不合格となっていた。彼がいたからこそ、今のマリアがあるのだ。


「私もケイン様に負けない立派な人物になりたい。それが教会で叶えたい私の夢ですわ」


 尊敬する人を目標にして努力する。ありきたりな所信表明だが、その言葉は予想外の反応を生む。


「大司教確実と称されるケイン様に並ぶって、まさか……」

「大聖女になるのは私だと宣戦布告ということね」

「恐ろしい候補生が現れましたね」


 会場の至る所から大聖女というワードが耳に飛び込んでくる。マリアは自分がとんでもない宣言をしてしまったのではと戸惑っていると、ケインが再び壇上へと上がる。


「さすがはマリアくんだ。でもね、大聖女になるチャンスは彼女だけのものじゃない。君たちにも可能性はある。今後の成長に期待しているよ」


 ケインの激励に拍手が鳴る。小さな音が次第に大きくなり、マリアに負けないと、ライバルたちは競争意識を燃やすのだった。


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