第一章 ~『頭角を現すマリア』~


 書類を手にした神父が、一人一人、名前や生まれた家を確認していく。適正検査で聖女だと判定された者の名前がリストになっており、それを照合しているのだ。


 冷汗を流しながら、自分の番が来るのを待つ。厳格そうな神父がマリアの前で立ち止まると、冷たい声が発せられる。


「名前と生まれは?」

「私は……マリア。生まれはイリアス家ですわ」

「イリアス家のマリア? サーシャではなく?」

「はい……」

「聖女のリストに名前がないようだが心当たりはあるか?」

「それは、その……」


 書類を書き変えられたと馬鹿正直に答えたところで信じてもらえるはずがない。万事休すかと諦めかけた時だ。


「マリアくんは聖女だよ」


 近づいてきたケインが助け船を出してくれる。彼の方が上役なのか、男は緊張で表情が硬くなっていた。


「ケインさんのご知り合いなのですか?」

「知り合ったのはついさっきだけどね。でも聖女としての実力は折り紙つきだと、信頼できる筋から聞いている。彼女をここで不合格にするのは、教会にとって大きな損失だ」

「ケインさんがそこまで仰るなら……」


 男は頭を下げると、次の受験生の所へ向かう。ケインへの信頼が、手にした書類を上回った証拠だ。


「ケイン様、ありがとうございました」

「お礼はいいよ。僕は君が聖女だと知っている。当然のことをしただけさ」


 恩に着せるようなことも言わず、彼はマリアの感謝に応えてくれる。その立ち振る舞いに憧れを抱く。


(ケイン様と一緒ならきっと毎日が楽しくなりますわね)


「では確認結果を報告する。失格者はなし。全員が聖女の適正持ちであるため、選抜試験へと移る」


 神父の合図で答案用紙と筆記具が配られた。与えられた筆記具は、一見すると、ただの羽ペンのように見えるが、特殊な魔法文字が刻まれている。


「必ず配られた筆記具で回答するように。もし指示に従わない場合、即刻不合格とする」


(このペンも試験に関係あるのかしら?)


 疑問が解消されないまま、神父が試験開始を告げる。時間は有限だ。一問でも多く解くため、問題に集中する。


(この問題は公式を当てはめれば解けますわね。それに歴史問題は暗記済みですわ。この調子なら全問正解も夢ではありませんわね)


 スラスラとペンを動かし、問題を解いていく。努力が成果に繋がるのを実感する。


 白紙だった答案用紙が埋まり、最終問題を解き終えたタイミングで終了の合図が鳴る。満点を取れた。そう確信できるほどの出来栄えだった。


「試験終了。これより採点を始めるため、席から動かないように」


 神父が指をパチンと鳴らすと、答案用紙が魔力の炎に包まれていく。さらに握っていた羽ペンが勝手に動き出し、空中に魔法文字を描きだす。


 受験生たちの目の前に数字が刻まれる。それが試験の点数だと、推察するのは容易であった。


(きましたわ! 百点ですわ!)


 予想通り、満点だったことを喜び、机の下で小さなガッツポーズを作る。周囲を見渡しても百点は誰もいない。自分がトップの成績だと確認できた。


「自分の得点は確認できたな。七十点が試験の合格ラインなので、それ以下の受験生はここで退場するように」


 神父が合否を告げると、合格者たちが歓喜の声をあげる。一方で、不合格者たちは涙を流した。阿鼻叫喚に包まれていく教室で、一人の受験生が机を叩き、静寂を作り出した。


「納得できません! 私たちは聖女です! 筆記試験だけで合否を決められるのは理不尽だと思います!」

「そ、そうだ! きちんと回復魔法の審査もしろ!」

「やり直しを要求する!」


 一人目の声が呼び水となり、不合格たちは追従するように声をあげた。受験生たちに責められる神父を庇うように、ケインが前に出る。


「魔法の審査ならもうしているよ」

「え?」

「渡した筆記具は特別性でね。魔力量を測定してくれるのさ。つまり点数は筆記試験の点数と魔力量、二つの観点から導き出されているのさ」


 魔力は魔法のエネルギー源だ。回復魔法の効力にも大きな影響を与えるため、魔力を魔法の実力と置き換えても大きく外れてはいない。


 頭でっかちの知識人では魔力量で落とされ、逆に魔力量が多くても知識不足だと不合格になる。バランスの取れた試験内容に、不合格者たちは俯くことしかできなかった。


「大聖女はこの国の最高権力者だ。だからこそ完璧が求められる。相応しいのは、そう、彼女のように完璧な女性なのさ」


 ケインがマリアをビシッと指差す。彼女の空中に描き出された百点の文字に、他の受験生たちが感嘆の声をあげた。


「百点がいるなんて……すべての問題を正解したってこと?」

「いいえ、知識だけじゃないわ。満点は魔力量も飛びぬけている証拠」

「とんでもない天才がいたものね」


 教室がマリアの話題一色に染まる。好敵手として認める者、尊敬の眼差しを向ける者。その感情は人によって異なるが、実力以上に評価されていることに引け目を感じる。


「あ、あの、私は完璧なんかではありませんから」

「ふふ、見たまえ、本物のエリートとは彼女のように謙虚なのさ。試験結果に納得できないと叫ぶ君たちが、合格に相応しくないと理解できたかな」


 トドメの言葉に、不合格者たちは肩を落とす。実力不足を実感しながら、彼らは大人しく退室した。


「選抜試験に合格した君たちにまずは賞賛を。今日から君たちは大聖女候補だ。この中から最終的に一名だけが大聖女へと至る。各自、隣のライバルたちに負けないよう、精進するようにね」


 合格を伝えられた受験生たちは涙を浮かべる。それはマリアとて例外ではない。彼女は地獄から抜け出すための黄金のチケットを手に入れたのだった。

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