29-4誤算

ーーーー 夕暮 美紗 ーーーー


 みーくんの癖の1つに、本気で悔しい時は爪を噛む、という行為がある。


「予定では一瞬でこの魔王城を灰にするつもりだったのに……どうして僕に逆らって崩壊しない……。ちゃんと敵対しているからか? 忌々しい。『十≡加』の検証不足か……。誤算ではあるけど、大きな問題では無いか」


 滅多と見れるものではない。だからこそ価値のある行為なんだがなぁ。

 それを俺が原因で起こすから萌えるのであって、何だろ……全然みーくんを感じない。


 やっぱりホンモノじゃないとダメだな。


 ホンモノと並ばせてこそ、この偽物には価値があるような気がしてきた。


「アイ、結構熱いが、大丈夫か? 一応氷の精霊だろ?」


「何言ってんの? 今は人間だし。熱いなら氷出せばイイじゃん。ほい、アイスソード、もう一本出したから。ついでに覚醒しとく」


 アイは氷タイプだが、炎の効果は今ひとつのようだな。

 貰ったアイスソードはひんやり冷たい。

 

 みーくん発明の冷凍庫が無かったら夏のカキ氷はアイ頼みだった。


「ちゃんとあたいが守ってやるから、変なことすんなよミーシャ」


 悔しいが、頷くしかない。


 ゾンビ相手に、俺の『ハートのエース』は相性最悪。だって心臓無くても関係無ぇもん。

 それにハーゲだっけ?

 まるで感触が無い。


 水を殴ってんのかって感じ。

 恐らく、心臓が無い種族だろうな。


 蜘蛛のミニドローンで致死量の毒をコッソリ打ち込んだにも関わらず反応無し。


 少なくとも人間じゃねぇよ。

 スライムか?


 心臓の位置に核がありゃハートのエースで撃ち抜けるんだろうが、それはハーゲも分かってんだろ。


 みーくん程じゃねぇけど、頭は良い。


 みーくんをここから引き剥がしただけでも称賛に値する。


 コッチとしても歴代魔王を相手にするとか考えたことも無かった。


 完全なる誤算。

 そして、さらなる誤算が目の前に来やがった。


「我が名は、ヘイト・ヴァレンタイン。第14代魔王」


 白装束に床まで着きそうな長い黒髪。髪の隙間から見える目は真っ白。


 なんだ? 井戸から出てきそうなホラーちっくな女の魔王だな。


「ククッ、二人とも、その腹、子か?」


 まだ見た目じゃ分からない程度のはずなのに、見抜かれた。

 俺もアイも構える。


「妬ましい、嗚呼忌々しい、恨めしい」


 ったく、妊婦にナニさせるつもりだよ?


 それでも、ヤらなきゃいけないならヤるけどな。


ーーーー フリーム・D・カーマチオー ーーーー


 私としたことが、初めての衝撃でパニックになっちゃったわ。

 ようやく少し落ち着いた。


 ニセジェイドこと、ハーゲ・マルドゥーンは、誤算と言いながらも、何も気にせず歴代魔王を蘇らせていくわ。


「第11代魔王、ソイル・グランド。お前は僕を守れ。どうやったら首がくっつくかなー」


 第11代魔王は木の精霊、ドリアードの魔王ね。

 男とも女とも取れる中性的な顔立ちに、緑の長髪。見た目はエルフね。

 広葉樹が一本生やし、ハーゲを守るように障壁を張ったわ。


 中にいるハーゲは、かなり余裕そうね。

 私やジャック、ノウンが無視されている?


 ハーゲの心を読んでも、首を繋げるためにどうするかしか考えていない。


 きっと考えないようにしている。

 それが、私やジャックへの対策。


 自らは手を下さず、配下に全てを任せるつもりのようね。


 だったら、ジャックかノウンが魔王ソイルとハーゲを倒せば良い。


 ミサやアイには、ちょっと頑張ってもらうとするわ。


「あー、フーリム。こっちもやべぇぞ。俺様達も、余裕がねぇ……いや、これから無くなる」


 私の心を聞いたのか、ジャックが声を出す。


 顔は、ジャックがさっき飛び降りて戻ってきた窓の方を向いたまま。


 そして、ノウンも同じ方に顔を向けていたわ。


「来るっ! 強いぞっ!」


 ノウンが叫んで、上がってきた2人。


 ……ジェイドが教えてくれた衣服と一緒。

 着物っていう、民族衣装に、すごく似ている。


 薄いピンク色、赤い花の着物を着た女。

 白と黒のラインが無造作に入った着物を着た男。

 

 他の歴代魔王達とは違う佇まい。


 生気のない顔、青白い肌。


 彼らは一体ナニ?


 まるで心が読めない。


「ゲンタ! オリシン!」


 隠れていたサランが、顔を出して叫んだ。


ーーーー サラン・ハミンゴボッチ ーーーー


 妾はヌエを背負っておる。

 首はようやく座ったゆえ、多少なら揺らして問題はないが、それでも戦闘は避けねばならぬ。


 まさかいきなり本丸に攻め込まれるとは思わなんだ。

 ヌエをメイド達に任せて置いて来た方が良いとも考えたが、どっちにしろ安全な場所など、この魔王城には無いのぅ。

 それなら、ヌエを連れて来て正解だった。


「ゲンタ! オリシン!」


 まさか、二人がやってくるとは、思わなんだ。


 そして、ヌエを見るなり斬り掛かって来るとも……。


薄刃蜉蝣うすばかげろう

愛庵冥伝あいあんめいでん


 ゲンタ、オリシンは、娘に技を繰り出す。

 小さな無数の刃と、鋼鉄の棘が詰められた箱が開いて、ヌエに迫る。


 妾は即座に防御魔法を展開。

 即興の魔法故にヒビを入れられてしまうが、技は凌いだ。


「てんめぇらの相手はコッチだおらぁ!」

「あたしをっ! 無視するなぁっ!」


 すぐにジャックとノウンが二人を殴って引き離す。


「誰が……どう見ても……不死者であるのぅ……」


 誤算じゃのぅ。

 ヌエを見ても、思い出せぬか。


 そうであるなら、妾も戦おうとも。

 大きくなったヌエに、たくさん叱られようとも。


「妾が、必ずや、楽にする。それまで、もう少し、辛抱するんじゃぞ」


 妾は涙を拭いて、ジャックとノウンに加勢した。


ーーーー テンテン ーーーー


 フーリムに近付く影が2つ。


 シッシと共にフーリムの前に立つ。


 そして、私もシッシも、その2つに向けて礼をした。


「我が名は、第12代魔王、オクターブ・エトダース。サキュバス、インキュバスに命ずる。後ろにいる真詠の姫を寄越せ」

「第6代、ヘイジュン・ブライドーよ。へー、ハーフエルフが詠手になったの。時代も変わったわねー」


 獅子の頭、大猿の身体、悪魔の翼、大蛇の尾を持つキメラの魔王、オクターブ様。

 私の記憶共有に存在する最古の魔王。

 暴虐の魔王。

 人間を食料にしか捉えていなかった。

 勇者を13人食し、勇者召喚を続けるため、敢えて勇者の教典を奪取しなかったと言われている。


 第6代ヘイジュン様は、妃様から聞いたことがある。

 妖艶な人魚の悪魔。その歌は敵味方問わず悪夢へと誘い、発狂させて自刃させると。


 どちらも恐ろしい魔王様でした。


 フーリムも、私に身を寄せて震えている。


「大丈夫、フーリム。いく、シッシ」


 シッシは、私を見て頷いた。


 サキュバスとインキュバス、その2名より受けるテンプテーションの技、逃れること、できるか?


 オクターブ様、ヘイジュン様、2人は至高の魅惑を受けて尚、笑っていた。


ーーーー ウーサー・ペンタゴン ーーーー


 誤算どころではないのである。


 むしろ、最悪とも言って良い展開である!


 キモノを着たゾンビが2人、上に行ったのでフランに追わせたは良いものの(ドランが勝手にやったので良くない)、コッチは歴代魔王6体を相手にしているのである。


 それも、ルナとドランの3人で。


 いやいや、無茶振りも良いところである。


 しかも、なんで我が6体の内3体を相手にせねばならんのであるか!


「動作不良……動作不良……」

「ギア回んねぇよぉおおおん!」

「羽、ウゴカナイ、ヒドイ、勇者、ヒトデナシ」


 トランスをフォーマーしちゃったギャラクシー・レイルロードの排気口の出口付近を空気を固めて詰まらせ、機械兵士バイセコー・スチールナイトの関節駆動部のギアを停止させ、蜂みたいな見た目の羽の付け根を停めた。


 我はそれで限界である。


「むしろ、それで止まるくせによく魔王が務まったのであるな」

「相性――」

「最悪にも――」

「ホドガアルヨー!」


 我は一歩も動いていないが……むしろ動けないのだが……息も絶え絶えである。

 しかし、魔王が悔しがる姿は何とも言い難い栄養であるな。


 これなら、もうしばらく頑張れそうである。


 ルナもドランも、頼むからコッチに攻撃を飛ばしてくるでないぞ!


ーーーー ルナ・ティアドロップ ーーーー


 私は今、第3代魔王、ニトレート・イオンマイナスとかいうお爺ちゃん幽霊の魔王と対峙しています。


「無限の魔力を、さぁ吸うぞぉ!」

「ドランさーん! そっち大丈夫ですかー!? あーん! また魔力切れそうだよ! ムーンエナジーフォース、イーンストール!」

「無視するんじゃあなぁい!」


 私はどこ吹く風で切れ掛けの魔力を補充します。


 魔王ニトレートは、勇者の魔力を吸い尽くす特殊な技を使うようです。


「早く吸わせてくれたまえぇえ! 吸い切らないと次の技が使えんのだよぉ!」


 この渋い声、ちょっと好きかもです。

 でもやっぱり、ジェイドくんの可愛い声の方が良いかな?


「次を、お願いします!」

「はーい! 七星天の霹靂! 3発目ぇ!」


 うーん、でも渋い声ならドランさんで十分かな。


「さっきから、私のことは存在しないかのように扱っているのではないか!?」


 私は、肯定の意を込めて、ニッコリと、魔王ニトレートに微笑みました。


「ムーンエナジーフォース、イーンストール!」


 私は魔力を補充するだけです。


 そもそも、幽霊なんて、私は信じてないもんねーだ!


ーーーー ドラン・ハミンゴボッチ ーーーー


 第7代ハーピー・ラーキー様、第10代キャプテン・フリューゲル様、嘗てお仕えした魔王様に、私は攻撃を行います。


 御二方共にノース・イートの空を制した過去を持ちます。


 いくら私が龍と言えど、魔王様二人を同時に相手など、時間稼ぎも僅かしかできません。


 出来ないはずでした。


 出来る訳が無かったのです。


 それを一変させたのは、紛れもなく勇者ルナ。


 物怖じばかりで、適当な砲撃魔法しか放てなかったルナは、ジェイド様から授かった称号スキルを使用することで、二人の魔王にデバフを掛け、私でも同等に戦える程にしてしまいました。


 余裕さえ感じる佇まいですな。


 元々無限の魔力という過去最強クラスの勇者であったことを踏まえれば当然なのですが、この3ヶ月でもっとも化けた勇者でございましょう。


 この誤算は、私にとっては良い目です。


 速やかに制圧し、フランを追い掛けなければ。


 建物の中に入っていったフランですが、大丈夫か、心配でございます。


ーーーー ヒデオ・ラッシュ ーーーー


 緊急招集が行われた時は、おいらは食堂にいたぜぃ。


 ったりめぇでぃ!


 おいら、緊急招集で集合するメンバーから外れてっからな。


 だから、緊急招集の警報が鳴った後、最後の晩餐ってことで食堂に来たんだが――。


 どうしてこうなってんでぇい!


「文献、見たこと、あるの。第13代魔王、ジェイソン・フライデー」


 飯食ってる最中に料理長に呼ばれ、急いで机の下に隠れたぜぃ。


「へ? 前前前前魔王様? ゆ、ゆーれぇでぃ?」

「ううん、死臭がするの……。不死者? 西の魔王は、ネクロマンサーの可能性……うーん」


 料理長は考え込んじまった。


 ジェイソン様は、高いはずの食堂の天井に頭を擦らせながら、やや猫背に身を屈めて徘徊しておられるぜぃ。


「オデのメシ……まだカナー」


 ジェイソン様の仮面の下からくぐもった声がする。


「……食事を所望……出してくるの」

「え!? 良いんですかぃ!? 昔は魔王様でも、今は敵だぜぃ!?」


 料理長は親指を立てて言った。


「今、フライドチキンを揚げてる最中なの。そろそろ火を止めないと、魔王城がフライになるの」


 そりゃ大惨事だぜぃ。

 おいらは料理長を見送った。


ーーーー ラナ・ウェイバー ーーーー


 フライドチキン50人前、一丁上がりなの。


 巨大な皿に山のように盛り付けなの。


「ウメー、うめ~どー!」


 魔王ジェイソンは、マスクをズラして口だけを出し、両手にチキンを持って、一心不乱に齧り付いているの。


 死臭が漂うの。でも、さっきより和らいだ?


「魔王城も、豊かになったモンだべな〜」


 頭の付近に蝶々が飛んでそうなセリフなの。


 私の記録によれば、週一回、定期的に人類国家に軍勢を率いて襲い掛かり、狂人の如く暴れ回って日が回る頃に去っていく魔王だったみたいなの。


 でも、狂人どころか、とても温厚なイメージなの。


「御口に合ったようで、何よりでございます」


「オマエ、人間だど?」

「現魔王、ジェイド様が人間です」


 一瞬、汗が吹き出たの。

 でもすぐに口が動いたの。

 ジェイド様との会合に何度も参加した成果なの。


「オデ、人間とは、戦いたくないど……」


 どの口が? と喉まで出掛けたけれど、私は怒りをグッと堪えるの。


「メシ、美味かったど。だから言う。急いで逃げるど。オデの『ゴールデン・バーサーカー』がもうすぐ発動される。オデの意志と関係無く、発狂させる呪いど。いつもは週一回。でも、ハーゲは……いつでも……オデを……ぐむっ!?」


 突如として苦しみだした魔王ジェイソンなの。

 チキンを喉に詰まらせた訳ではない様子なの。


 見れば、チキンを持っていた左手が燃えカスのように崩れて消えたの。


 発狂? 呪い? ハーゲ?


「は、はやく逃げるっどっ、っっどっっどツッッドッッッどっどっどドドド」


『なんか一匹動いていないと思ったらこんなところで何してるのかな? さっさと起動しろ。やっちゃえ【ゴールデン・バーサーカー】』


 ジェイド様の冷たい声が聞こえたと思ったら、魔王ジェイソンの狂化が発動したの。


 分かったことが2つあるの。


 1つ、魔王ジェイソンは操られているの。


 2つ、今の声はジェイド様を騙る西の魔王ハーゲ。


 私のやることは1つなの。


 魔王ハーゲに一矢報いるの。


 その為に、ジェイソン様は、私達が倒すの。


ーーーー ショーコ・ライトニング ーーーー


 これは……現実?


 私は閣下の傍で、へたり込む。


「勇者なんて、こんなものっちゃ」


 この場に立つ唯一の存在。


 それは、魔王アム・ノイジア。


 魔王に挑んだ勇者3人は、雷に打たれて、地に伏せる。


 誰も動かない。

 私も、動けない。


「そんなことは無いっちゃ。一時的に麻痺しているだけっちゃよ。ネイと仲間達はしばらく寝たままっちゃ」


 心、読まれている!?


「至近距離で、触れる者限定っちゃ。ネイに言っといてっちゃ。アムのこと、好き過ぎるっちゃ。キモいっちゃ。アムはもうネイのことなんか……弱っちいネイのことなんか……もう大嫌いっちゃ。だから、ハーゲに見つからないようコソコソ隠れて逃げるっちゃよ」


 ……分かった。ちゃんと、言う。


「なら、ヨシッちゃ」


 アムが私の額から指を離す。


 あなたが、綺麗な顔をクシャクシャにして、大粒の涙を零しながら言った、ということを伝えてあげる。


 魔王アムは、ウェスト・ハーラのゲート付近まで戻り、そこから大量の不死人を呼び込み、整列させていた。


 ウェスト・ハーラが本格的に攻めて来る準備。


 でも、手古摺っている。


 魔王ジェイドにより、ゲートのサイズを最小にされたから。

 大人2人が同時に通れるサイズ。

 それが功を奏している。


 でも、ごめんなさいジェイド。


 こうまでアッサリ負けるのは、あなたにとって誤算よね。


 願わくば、ノース・イートの勝利を。


 願わくば、サウス・マータの平和を。


 ジェイド様、どうか、何卒、お願い申し上げます。


ーーーー Norinαらくがき ーーーー

つめつめこみこみ……。

各戦線一進一退……優勢と劣勢がハッキリしてきたかな?

オマージュネタも満載過ぎて、ここに詳細なんて書けませんわ!

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