25-1伝説の始まり~忘れられた男の戦い
受け取った星ノ眼とやらの機械に反応は無い。
ここは魔法禁止エリア。
ならば、しょうがないだろう。
私は四天王、ギリ・ウーラ。
ノース・イートを統べる魔王、ジェイド・フューチャー率いる四天王の一人だ。
と、声を大にして言いたい。
言いたいのだが、如何せん此処では魔法が使えん。
「おぃい! 新入り! おせぇぞ! その肉蹴ったら次ぃ! チャンバーから兄貴持ってフライヤー!」
炒めている肉を箸で動かし、その後冷蔵庫から古い肉を出して揚げろとのこと。
「はいい! マスター・ジェフ! かしこまりましたぁ!」
私は人間達に紛れ込み、腕を振るう。
そう、ここは人間共の要塞の中の厨房。
私は、新人料理人として、人間に擬態しながら脱出の機会を窺っていた。
この調理着は、どの世界でも共通のようだな。
しかし、忙しい。
なんでも、今夜中に後詰めとして大部隊を派遣するようだ。
その最後の晩餐のため、この厨房だけで1000人前を用意しなければならない。
「マスター・ジェフも
ふん、軟弱な人間共め。
少なくとも、マスター・ジェフは分かっているぞ?
「つべこべ言う暇があったら手を動かしたらどうだ? ん? それはオーバーポーションとやらではないか?」
「んげっ、わりぃな。マスター・ジェフに見つかる前に教えてくれてありがとよ」
礼など良い。盛過ぎを指摘したに過ぎん。
手を動かしていれば、間に合うのだからな。
しかし、思うようにいかないのは、魔族も人間も同じらしい。
「アー! タローサン! ハナコサーン! ウアアー!」
誰かの叫び声と同時、大量のナニカがひっくり返る音が聞こえた。
厨房によく出るアレを撃退しようと道具を振るったら、飛び掛かってきて他の食材の山にぶち当ててしまったらしい。
「んのヤロウ! なんてこと、してくれやがったんだぁ!」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサーイ!」
激昂するマスター・ジェフに、ひたすらに謝る料理人。
皆、作業を止めて集まっている。
今のうちに逃げるとしよう。
「まぁ、やっちまったもんはしょうがねぇ。怪我はねぇか。……大丈夫だ。食材や……間に合わなかった分は、ちゃんと謝っておく。それが、マスターの仕事だ。ただ、残っている食材で、できるだけ料理を作ってくれ。それでも、兵士は腹を空かせて……外の会場で、俺達の料理を待ってんだからな」
マスター・ジェフの言葉に、集まっていた他の料理人達は無言。
ただ、その佇まいは先程と違う。
なんとしても、少しでも多くの料理を作る。
その心意気を背中で感じた。
これが、人類の料理に対する情熱。
「ふふ、ふははははは! やはり、そうでなくてはなぁ!」
奇異の視線を向けられるが、構わん。
私は、逃げると言う選択肢を捨てた。
「マスター・ジェフ、幾つか問う。先程チャンバーを確認したら大量の冷凍した米があったな?」
「……ありゃ中身の水分がカラカラの非常食よぉ。んなもん、今から水で戻してちゃ間に合わねぇ」
「丸い大鍋もあったな?」
「チーナウォークか? あるにはあるが、大男でもねぇのに振れんのか?」
「薬味のガーリックを大量に持って来い。後は油だ。植物油が好ましい。他の薬味も持って来い! 肉は干し肉で構わん! 誰か、細かく刻んでおけ!」
「オレ、ヤルヨォ!」
ふん、さっきやらかしたヤツか。
良い目をしている。
他の者が大鍋を持ってきた。
料理人3人で運んできた?
軟弱な人間共め。
しかし、よくやった。
「あとは私に任せてもらおう!」
色々と料理を見させてもらったが、大量に作れて兵士も喜ぶアレが無い。
レシピが無いのだろう。
色々と見せてくれた礼だけはせねばならんからな。
「震えろ! 我が料理の前に! ゆくぞぉ!『【魔王方陣】グルメグルーヴ』起動!」
この称号スキルは凄まじい。
魔法ではないからな。この場でも使える。
そして、私の知らない料理でも、ジェイド様が知っていれば、作れる。
最適な分量、最適な加熱時間、最適な手順を教えてくれる。
当然、それを捌く技術が無ければ、単なる持ち腐れ。
しかし、私は誰だ?
そう、ギリ・ウーラ。
魔王国にて1、2を争う料理が趣味の魔族。
これしきの大鍋、片腕で十分だ!
人間共に腕を振るうなど極めて稀な機会だ。
喜べ! その空腹に!
たっぷりのガーリック!
サッパリ旨味のある油!
パラッパラの黄金米をたらふく放り込んでやろう!
薬味は最小限だ! 欲しければ、足せ!
塩コショウは不要だぞ?
十二分に振ってあるからな!
「マスター・ジェフ……コノ新入リ、スゴイヨォー。オイシィヨォ!」
「あぁ、こいつぁ……ペロッ、うめぇ! とんでもねぇヤツが来た! 野郎どもぉ! 間に合うぞォ! それも余裕でなァ! オカズが足りねぇ! これに合う食材! なんでも良いからヨォイしなぁ! 1、2、3番厨房の奴らに吠え面をかかせるぞォー!」
不覚にも、私は楽しんでしまっていたようだ。
そうでなければ、晩餐に間に合ったと聞いた時に、皆で腕を組み合ったりすることは無かったであろう。
晩餐のために用意した2000人前が、どこの厨房よりも早く無くなり、怒号を浴びせられ、笑顔で笑い合うことも無かったであろう。
マスター・ジェフが、文句は美味い料理が作れない1、2、3番厨房に言えと叫んだ時は、笑いを堪えるのに必死だった。
奴らの青い顔は、思い出すだけで笑ってしまいそうになる。
しかし、5000人の兵士及び我々の笑顔は、突如として消え失せる。
『やぁ、諸君。我はノース・イートの魔王、ジェイド・フューチャーである。此度の戦争、我がノース・イートの勝利にて終結した事をここに宣言する! とは言っても、信じぬモノもいるだろう。来い、ネイ・ムセル』
確か、『真』の勇者だったな。
閣下……と周囲から声が聞こえる。
『吾輩は、ネイである。此度の戦争、我ら勇者達の完敗であった。キング・ヨジラ、モース・ギュドラまで倒す者達を統べる魔王。それがジェイド・フューチャーである。幸い、魔王は我らと同じ人間であった。ゆえに、サウス・マータの統治は今後とも同様に統治して良いと確約を得た。今後の異界戦争にて、協力することを条件にである。敗北の責を取り、勇者のみが、魔王の傘下に下ることとする。何があっても、サウス・マータの民に害は出さぬが故、どうか……どうか容赦を』
そして、勇者ネイは頭を深く下げた。
その光景に、泣き崩れる者さえいた。
『以上だ。そして、ギリ・ウーラよ、大義であった。四天王が力、魅せたようだな? その力、改めて人間に指し示し、その後帰投せよ。急がなくても良いぞ? 特別に17日の休暇を与える。しばらく、好きに過ごすが良い』
7日多い?
その7日は戦後処理期間か?
それを丸々休みに?
ククッ、それだけの休みを寄越すとは、何かあったな?
しかし、しかーし!
受け入れてやろうでは無いか!
余計な詮索はするなということ、理解した!
ならば、好きにさせてもらうぞ!
サウス・マータ、珍味集めの、旅になぁ!
ついでにアレも……見つかれば良いが。
しかし、まずはだ。
やることはやっておこう。
私は、コック帽を脱ぎ捨てた。
このコック帽には、暴発しないよう魔力を抑え込む機構が仕込んであるからな。
溢れんばかりの邪気に、皆がどよめく。
外は魔法禁止エリアではないからな。
私は飛行魔法で、全ての兵士を見下した。
「ふんっ! 紹介にあったノース・イートが四天王の1人、ギリ・ウーラとは私のことである! 此度の戦争、ジェイド様が勝利したとのこと! しかしながら、ジェイド様は現状のままの統治と仰せられた! ゆえに、戦時から平時へと移行するが良い!」
私の言う事に、誰も耳を傾けんな。
ありとあらゆるモノが飛んでくる。
「そのようなもの、効かぬ。予め言っておくが、ジェイド様の前では無意味と知れ。あの方は、ノース・イートに居ながらこの要塞を消し飛ばすことが可能だ」
モノが飛んてこなくなった。ゲンキンな奴らめ。
「敵対するのであれば容赦はせん。だが協調するならば、こちらもそれなりの対応をしよう。私が作った料理は旨かったか? 魔法禁止エリアで作ったのだ。魔法で毒は入れられん」
中にはそれでも吐き出そうとするモノもいる。食への冒涜だが、今は許してやろう。
「料理好きの四天王ではあるが、ジェイド様は過去の魔王様と違い、それを否定せん。その結果、それだけの旨いモノが作れるようになった。ジェイド様はそういう魔王だ。では、機会があれば、また作りに来る」
きっと、そんな機会は無いだろうがな。
私は一度降り立ち、襟を正した。
「マスター・ジェフ。短い時間だったが、世話になった。息災でな」
私は四天王としてではなく、一料理人として、マスター・ジェフに頭を下げる。
プロの料理人としての意識、手技、技巧、その全てが学びになった。
ラナも凄いが、我流であるからな。今日のことを教えてやれば喜ぶだろう。
「……また来い。今は全員混乱してるだけだ。あんだけ美味い料理を作れるヤツに悪いヤツはいねぇ。俺だけじゃねぇ。みんな、分かってる」
フッ、目から変な汗が出そうになったので、これにて失礼しよう。
飛び立った後、会場にいる者達が、少なくない数が、少しだけ頭を下げているのが見えた。
礼のつもりか?
全然足らん。
その内、また作りに行く。
その時、たっぷりと『美味かった』と言わせてやるからな。
覚悟しておけ!
ーーーー Norinαらくがき ーーーー
魔王四天王、人類に紛れて料理人になる。
別の小説が書けそうですね!(書きません)
ともあれ、ギリ、人類軍に料理を
実績解除。
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