9-2魔王の寝室にて

 私は、一呼吸入れてから、ジェイドの寝室へ入った。


「待っていた。ジェイド様、触らせない」


 サキュバスの姫、テンテンちゃんが物騒な大剣を構えて待っていた。


 その横でジェイドが寝ている。


「良いの? ここで暴れたらジェイド様起きちゃうよ?」

「この剣、振り回す。それじゃ、起きなかった。だから、大丈夫」


 鼻を鳴らして大丈夫って言われたけど、試したことあるんだ。


 それで起きないジェイドって、それはそれで大丈夫なのかな?


「私はジェイドに触れなくても良いの。ジェイドにお願いを聞いて欲しいだけ」

「ダメ、ゼッタイ。ジェイド様、直談判、烏滸おこがましい」

「でも、テンテンちゃんも、ジェイドにお願いしたいこと、あるでしょ?」

「…………」


 ボンッと音を立てて顔を真っ赤にしたテンテンちゃん。


 ジェイドのこと好き好きだもんね。『真詠』で見なくても分かるヤーツ。


 私は今から悪魔になろうと思う。


「ねぇ、テンテンちゃんは、こどもの作り方、知ってる?」


 テンテンちゃんは無言で、私を睨み付けてくる。

 でも、その目は泳いでいる。

 知らなくて当然。

 だって高位のサキュバス程に純潔なんだもの。


「こどもを作ると、その旦那様は何でも言うこと聞いてくれるって、知ってる?」


 テンテンちゃんはおののきながら後ずさりして、知らないって、ポツンと言った。


「じゃあ、私が、ジェイド様の子どもを作るところ、見せてあげるね」


 私はジェイドのベッドの向こうへ行き、テンテンちゃんに見えるようにした。


「ふふっ、ジェエイドっ、私にあなたの子ども、産ませてね。ちゅー」


 そして私は寝ているジェイドの唇を奪った。


 そこに、バタンガタンと騒がしい音を立てながら、ミシェリー、ギリ、ドランが入室してきた。


「ふっふっふ、これでジェイドの子を孕んだわ! これでジェイドは私の言いなりね! でもジェイドは良い旦那になると思うの。奥さんを立てて、奥さんに優しくて、奥さんのこと好き好き大好きで……えへへぇ」


 私は近い未来に思いを馳せて、妄想が止まらない。


「フーリム姫、あなた、何を言っているの?」


 ミシェリーの負け惜しみが始まっちゃったみたいね。

 まぁ突然のことだし、混乱してる気持ちも分からないでもないから、ちゃんと教えてあげよっと。


「私が、ジェイドとの子を成したという話よ」

「どうやって?」


 どうって聞かれても、さすがに男の人に見られながらだと……あ、察してくれたのか少しドアから離れてくれた。


「もちろん、熱い接吻をしたわ」

「……テンテン、姫はジェイド様とキスをしただけなの?」

「は、はい。それはもう、子を孕む、熱い、キスを……ぁぁああぁぁああぉぁ!」


 テンテンちゃんの動揺も分かるわ。

 あれ?

 ミシェリーが頭を抱えていて、残念そうな顔だけを出しに来たドランに耳打ちされている。


「フーリム姫、とりあえず私の心を詠みなさい」


 何だろう?

 とりあえずミシェリーは青いので、『真詠』を使う。


『ミシェリーの保健体育。子どもの作り方講座。まずは……』


 ああえあああああああえあああえああえあああえあああああええあええああああああええあ!


 私、知らない!


 こんな知識、知らない!


 だって、村のみんなに聞いても、コウノトリだのキャベツだの木だの何だので誰も教えてくれなかったんだもん! 

 『真詠』ですら詠めなかったんだもん!

 だからバァバに問い詰めて吐かせてやっと掴んだ知識だったのに……。そのバァバもいつも真っ赤だったけど。


「あんのババァ、まともに大往生できると思うなよぉ!」


 私は全力で叫んでしまった。


「みぃしゃ……なのか?」


 だから、ジェイドが目を覚ましてしまった。


「私はフーリムなんだけど! ミーシャってだれ!? 昔の女!?」


 でも他の女と間違えるのは、さすがのジェイドでもナイと思うわ!


 ジェイドは上半身だけをベッドから起こす。

 目は開いていない。

 まさか寝惚けてる?


「みぃしゃ……ミーシャ・ヴァーミリオン。女で、勇者。我を、ジェイド・フューチャーと名付け、魔王とした者よ」


 頭ふらふらじゃない。

 完全に寝惚けてるわね。

 真詠で何にも見えないし。


 でもでも、とんでも情報が出てきたんだけど。

 ジェイドって、勇者に魔王化されたの?

 どーゆーこと?


 ミシェリーとギリが、『起こさないように詳しくー』『もっとだ、もっと踏み込んで聞け』って小声で言ってくるし、ドランは耳だけ龍化してるし。


 私も気になるから聞くけどね。


「ミーシャとは、どういう関係だったの?」

「ふっ、ヤツとは昔馴染みよ。敵は違ったが似た境遇で、共に闘った仲だ。敵対することも多かった。戦績は3188戦1548勝1561敗72分で、我が負け越していたはずだ」


 ジェイドより強いの?

 おかしくない?

 勇者3人でやっと魔王に勝てるのが普通なんだけど?


 ジェイドの頭のふらふらが大きくなってきた。

 あともう1つしか聞けないかな。

 でも何聞こう?


「ヤツは、この世界に、いないのだろう?」


 逆にジェイドから聞かれちゃった。

 ミシェリーとギリを見る。

 首を横にフリフリ。

 だよね。


「私の知る限り、いないわ。ジェイドの後でこの世界『ノース・イート』に召喚された勇者はね」


 勇者が世界から消えれば、世界は全てに通知するもの。

 魔王が死んだ時は魔族だけだけどね。

 勇者は3人までしか召喚されないし、今は3人とも生きてるからね。


「ならば、良い。ふふっ」


 ジェイドは悲しそうだけど、嬉しそうに笑う。


「会いたくないの?」


 私、何聞いてるんだろ。

 ライバルが増えるだけなのに。


「会いたいが、会えない方が、良いのだよ。我は、闘いの末、敗北して、ここに来た。ヤツは勇者、勝利しか、似合わんよ」


 魔王なのにそんなことまで言っちゃってー。

 あーあ、別に羨ましいなんて思ってないんだからね。


 でも、ジェイドは限界みたい。

 ゆっくり、ベッドに寝かせてあげる。


「あ、でもなんで私がチューしたらミーシャの名前が出てきたのよ?」


 ジェイドは目を閉じていたけれど、答えてくれやがりました。


「ヤツもよく、我の寝込みに、キスしてきたからな」


 勇者と、魔王が、そういう関係っ!?


「ででもでもでも、魔王になってからは私がハジメテよねっ!?」


 ジェイドは寝惚けながらも言い放つ。


「テンテンに、散々、やられておるわ」


 ぬぁんですってぇえっ!?

 私達は一斉にテンテンを見る。


「ふー、ふー」


 とっても下手っぴな口笛ねっ!


「キスすると、子供ができるという戯言も、そんな訳無いのに……ヤツと……同じで……」

「処罰はいかが致しましょうか?」


 うぇ!? ドラン、怒ってる。


「良い、ドラン。キス如きで騒ぐな」

「ですが……」

「構わん。それ以上の、ことも、経験済みだ。豊富にな」


 それ以上!? 豊富!?


「その戦績で言えば……最初こそ……敗北したが……。以降は……すぅ……すぅ……96連勝よ……すぅ……」


 なーに? なんなのその勝率って?

 そもそも勝敗って関係あるの?

 もうやーだ!

 私の分からない話ばっかり、やーだっ!


 ミシェリーが『もっと詳しく』って書かれたボードを掲げているけれど、まずは手で押さえ切れていない鼻血をどうにかすべきだと思うの。


「ジェイド、もう寝ちゃったよ」


 心地良さそうな顔で眠っている。

 カワイイ顔して、やることやってる魔王なのね。

 確かに、こんなことで狼狽えていたら、そもそも魔王に選出されなかったかもしれない。


「「「さて……」」」


 背筋が凍った。

 とある3人が同時に声を出したからよ。

 テンテンちゃんも背筋が伸びている。


「立入禁止区域侵犯罪、不敬罪、魔王傷害罪が適用されるわね。誰に何の罪かは、言う必要無いわね?」


 あーあー、聞こえない聞こえない。


「テンテンも幸運に恵まれましたな。ジェイド様のお言葉が無ければ、魔王領引き回しの刑でしたぞ。ジェイド様はああ言われましたが、他の者に示しが付きません。よって、テンテンはジェイド様の傍付き解任。これが妥当なところでしょうか。フーリム姫は、難しいですなぁ」


 そうよね、難しいよね。

 だったら、無しにしてくれても良いよ?


「何を言う。テンテンのことはそれで良いとして、フーリム姫はでかした。謎多きジェイド様の過去、ひいては弱点を引き出したのだ。内々ではあるが、一等勲章の用意をしてやろう。いやその代わりに待遇だな。……テンテンの代わりにジェイド様の傍付きにすれば良いのではないか?」


 やったっ!

 予想外の展開ばっかりだったけど、最終的には計画通りっ!


 テンテンちゃんは地獄に落とされた顔をしている。

 でも、ごめーんねっ。

 代わりに私が頑張るからね。


「私、生きる価値、もうない。みんな、ありがとう。ジェイド様、ありがとう」

「おやめなさい、テンテン!」

「危ないから、そのビヨンドなんたらは仕舞いなさい!」


 テンテンが大剣の刃を首に当てていて、それをドランとミシェリーが二人がかりで止めている。


 私はその横で、ギリと話し合いを始めていた。


「では、フーリム姫よ。今までは姫として厚遇してきたが、これより我らの部下という扱いになる。上司と部下の関係を心掛けよ」

「分かりました。よろしくお願い致します、ギリ様」

「良い返事だ。では契約書だが、魔王城侍女規定に則って作成されている。変な事は書いていないが、きちんと目を通せ。週休2日制だが、休みは実質的な上司であるジェイド様と相談して決めるように。なお、テンテンは休みを返上して仕えていたが、そのようにしろとは言わんから安心しろ」


 魔王城なのに、とても快適な職場なのね。

 無茶苦茶なことを書いてないのは、『真詠』で見ても分かる。


「では、この条件で構いませんので、サインさせていただきますね」


 私はサラサラっと名前を書き込んだ。


「分かったわ。テンテン、1週間の剥奪! 1週間だけジェイド様の侍女職の解任で手を打ちましょう!」

「1週、あれば、この部屋のシミ、その1つ、それが私」

「……分かりました。ではテンテン、明日1日だけです。1日だけで良いのでジェイド様から離れなさい。それが最大の譲歩です」

「1日……分かり、ました。それで、手打ち」


 あっちも終わったみたい。

 テンテンちゃん大勝利。

 対するミシェリーやドランはゲッソリね。


 これはテンテンちゃんと仲良くなって、ジェイドを攻略していくしかないかな。


「では、早速明日の朝から励むように。人事権は私だが、ドランが執事侍女組織の統括をしているので、侍女服の支給はドランに任せる」

「かしこまりました。侍女服は採寸してからのお渡しになります。急ぎで用意しても明朝になりますな。明朝、他の者から着付けを習い、私の付き添いで、ジェイド様に挨拶し、そこから業務開始としましょう。ミシェリーも、その流れでよろしいですね?」

「え? あ、はいはい。そっちの方面は任せるわ」


 ミシェリーは気色悪い笑みを浮かべながら、手元のメモに一生懸命ナニかを書き込んでいたわ。

 私は知っているけど、ミシェリーの名誉のために黙っておこっと。

 きっと完成したら、喜んで見せてくれるだろうし。


「うむ。ではフーリムよ、ついでにテンテンもだ。お前達の職務は、ただの侍女業務だけではない。ジェイド様の全容を解明するためでもあることは承知しているな?  何か分かり次第、すぐさま詳細に報告するように。それぞれに利害は一致しているだろうからな」


 ギリは最後に汚く笑った。

 さっきまで青かったけど、思いっきり真っ赤。


 でも利害が一致しているのはその通りだと思う。


 だから、私も含めて誰もが頷いた。


 そうしてこの場は解散となった。


 ドランと一緒にジェイドの寝室から出る。


 こんな中でも寝ているジェイド。


 明日は今のこと、覚えていないのかな?


 ちょっと寂しいけど、私、頑張るね。


 だから、明日から、ヨロシクね。


ーーーー Norinαらくがき ーーーー

ジェイドの元カノのお話、頂きました。


外伝への分岐条件、満たしました。


次回、外伝。

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