9-1フーリム捕獲戦

ーーーー ギリ・ウーラ ーーーー


 ジェイド様が帝都を滅ぼした夜。


 我々は、光魔法で煌々と照らされた立派な家屋を取り囲んでいた。


 ジェイド様に『魔本』を渡した容疑者は、即座に見つかった。

 該当者はただ一人。


 ハーフエルフの姫、フーリム・D・カーマチオーだ。


 そもそも、基礎魔力が50000もあり、自由に活動できる奴はこのじゃじゃ馬姫だけだ。


 初代魔王チゥ・ファウスト作成の魔王国憲法より。


〜『真詠』スキル保持者は『保護』の対象〜


 と、定められているが知ったことではない。


 今までは慣例に従い監視レベルに留めていたが、四天王会議で『徹底的な保護』を行ってやることにした。


「フーリム姫よ! 貴様がそこにいるのは分かっている! 大人しく出てくるのであれば、村人に危害を加えることはない! さぁ、早く出てこい!」


 そうして、エルフD村に、私の拡声魔法を用いた声が響く。


 正面には私、家屋の向こうにはミシェリー、そして上空には半龍化したドランがいる。


 この包囲網を抜けられる者はいない。


 なのにだ。


「私が出なければ、村人はどうなると言うの!?」


 こう顔を出しに来たことまでは良い。


「くっくっくっ、お前が5分立て籠るごとに、村人を1人ずつ見せしめに……」


「じゃ、2日くらい籠ってるわね!」


 そう笑顔で言い放ち、また引きこもってしまったのだ。


「こいつ、村人のことを何とも思っていないのか!?」

『ハーフエルフだから、それなりの扱いを受けてきたのでしょう。村人が全滅して、一人で生きていけるのかしら……』

『いつも魔王城に忍び込んでいるようですからな。元から衣食住を村の外に頼る部分が多かったのではないでしょうか』


 ワイバーン通信でミシェリーやドランと会話する。

 村人との関係は良くないようだ。

 それは理解したが、やけに同情的だな。

 ドランはまだしも、ミシェリーは自ら進んで家屋の裏手に回った。

 もしや……。


「奴は城に来る度、美味そうに食事をしていたからな」

『そうなのよー。あの子がクッキー頬張るところなんか特に可愛いのよねー』

『この前、料理長のところに連れて行きましたが、幸せそうに新作のパスタサラダを食べておられましたぞ』


 嬉々として話している。

 こいつらも同罪ではないか!


 カマをかけたのだが、私は思い出した。

 そういう私も1度だけ飴を恵んだことがあるので他者のことは言えぬぅ……うぐぐ。


 まぁよい。

 それならそれで手はある。


 私はその準備に入った。


ーーーー ミシェリー・ヒート ーーーー


 ギリが村人を見せしめにするゆーてから5分経ったところや。


 ウチはこの豪邸の裏におるんやけど、ギリはなんの準備しよるんやろ?


『ふはははっ! フーリム姫よ! 時間だ! ではまず一人目だ!』


 え? ホンマに住民を……。


『あーっ! んっ! マァァーイッ!』


 甘い?

 住民の女の子の声やな。


「ドラン、ギリは何を?」

『村の幼子に、お手製のケーキを振る舞っておられます。作りおきしていたみたいですな』

「あー、それめっちゃウマイやつやん」


 なるほどなぁ、釣りっちゅーことやな。


 ギリは、あー見えて料理がめっちゃ上手い。

 料理長と一緒になって新作スイーツよぉ作っとるし、有休使って珍味探しとるんやで。


「姫はどうしているの?」

『ヨダレを垂らしながら覗き見ております』


 これは時間の問題やな。


「そろそろ私の出番ね。ドラン、頼むわよ」

『かしこまりました』


 私は姫が必ず動き出すと踏んで、準備体操を始めた。


ーーーー フーリム・D・カーマチオー ーーーー


 エルフD村のエルフ達の叫び声が聞こえる。


 悪逆非道を極めた四天王でもっとも野心の深い男、ギリ・ウーラにより、拷問とも言える扱いを受けている。


 私はこの拷問に、もう耐えられないかもしれない。


「こんな美味しいすいーつ初めて食べるぅうんまぁあい!」

「おいちーーーーっ!」

「幸せじゃぁ、幸せじゃあ」


 くっ!

 あれは新作の山盛りスイーツケーキ!?

 随分前に試作品を味見させてもらったけれど、もう完成していたなんてっ!

 みんな、なんて美味しそうな顔をしているの!


 私のお腹はペコペコなのにぃ!


「姫様ぁ、出てこないでくださいねぇ!」


 しかも、いつも通りの仲間外れ。

 私の『真詠』では、村人の誰もが真っ赤。

 もう、無理。

 もうやだ、こんな村。


「うわぁん! もう出ていってやるんだから!」


 私は裏口から飛び出した。


「想定通り、こちらから出てきたわね。確保するわ」


 そうして、私の目の前には、、四天王筆頭、ミシェリー・ヒートが立ちはだかっていた。

 しかも、私を囲むように炎の壁が作られていた。


「私は『焔帝』を発動したわ。触れれば貴女は消し炭。大人しく魔王城まで来なさい」


 私は、その炎がどういうものか知っている。


 だから、私は迷わず炎へ飛び込んだ。


「危ないっ! なんてことをするの! あなた本当に消し炭に……って逃げんといてぇな!」


 私が飛び込む寸前、炎は消える。


 だって私は知っている。


 この人達は……人じゃないけど……私を害することはできない。


 だからこそ、わざわざ四天王が3人も出向いて来た。


 ノウン・マッソーまでいたら無理だけど、この3人相手なら逃げられる。

 幸い、彼女は遠征中のようだ。


 私がどこに逃げるって?


 私が逃げられる場所なんで、あの場所しかない。

 だからそこまで、絶対逃げ切ってやるんだから。


ーーーー ドラン・ハミンゴボッチ ーーーー


 炎に囲まれるフーリム姫は私をジッ見つめ、駆け出しました。


 ミシェリーの炎に臆せず飛び込みます。


 何度も、迷わず、足を止めることなく、駆け抜けます。


 しかし、私達も想定済みなのです。


『消されることはないとは言え、予定より速いな。一切の躊躇すら無いと言うことか』

『ちゃんと威力を調整しているとは言え、心臓に悪いわね。可愛い姫の顔にヤケド跡なんて残ったら全魔族と全エルフの損失だもの。ドラン、ちゃんと誘導できてる?』

「ええ。速すぎる以外は、予定通り順調でございます」

『じゃあこの調子で追い立てるわ』


 私は空から見ています。

 フーリム姫が真っ直ぐ魔王城へ向かっていくのを。


 ミシェリーが炎の壁を上手く設置しております。


 障害物の多い方を厚めの炎に、少ない方に薄めの炎にして、道が開けている方を見せております。


 この様子では、私はおろか、ギリの出番すらありませんな。


ーーーー ギリ・ウーラ ーーーー


 順調過ぎる。

 呆気ないと言うか、フーリム姫にしては稚拙だ。


 なぜそう思うか。


 奴は『真詠』を持っている。我々の心が読めるはずだ。その条件は知らんがな。


 何かある。

 だが、魔王城まで誘導してしまえばこちらのモノ。


 村より厚待遇で迎えてやるし、3食オヤツにデザート付きだ。


 ……まさか、元から自力で乗り込んでくるつもりだったか?


 まぁ、それならそれで利害は一致している。


 ミシェリーの気晴らしにもなるだろう。


 私は、村人に振る舞ったスイーツの片付けをしながら、それ以上考えるのを止めた。


ーーーー フーリム・D・カーマチオー ーーーー


 私が魔王城に誘導されるフリをして、実は自力で乗り込もうとしているところまでは読まれていると思う。


 追っ手がミシェリーだけなんだから、間違いない。


『真詠』を使えれば良いんだけど、相手の顔を見なきゃ発動できないんだよね。しかも『詠む』からチラッと見ただけじゃ必要な情報が得られないこともあるんだよね。長文とかムーリー。


 でもね、私の狙いはもう1つ先よ。


 気付かれれば全力で阻止される。


 それでも私は勝ち取るよ。


 さぁ、もう少しで、私の完全勝利!


ーーーー ミシェリー・ヒート ーーーー


 フーリム姫はとってもカワイイ。


 どれくらい可愛いかやて?


「見返ってカワイイ、髪を靡かせて走る姿がカワイイ、滴る汗に弾ける汗もカワイイ……。ウチの心のオアシスやぁ。でへへー」


 おっとあかん。


 心の栄養補給はこんなもんにしとこ。


 もう魔王城に入ってもーたし。


 あとは全門閉鎖と対魔法障壁を展開して、豪華な晩御飯で誘い込めば終了やな。


『全門閉鎖、確認しました』

『こちらも対魔封障壁の展開を完了した。1日しかもたないが、十分だろう。我々も魔法が使えんからな』

「予定通りね。フーリム姫の魔王城への捕獲作戦は無事成功よ。それでドラン、フーリム姫は今どこに?」

『まだ走っておられますね。魔法は使えないので速度はかなり落ちておりますが……ん?』


 ん?

 ドラン、何か気付いたん?


『ギリ、ミシェリー! 即座に姫を捕まえねばなりません! 私も降ります!』


 ドランが急に焦り出した。

 なんやのん?


『恐らくですが、姫はジェイド様の寝室に向かっています!』


 は?

 どーして、それが問題になるん?


『そーいうことか! 可能性は2つ! ジェイド様に別格の保護を受けるよう直談判する。もう1つが……』

「なんやギリ、もったいぶらんといてぇな」

『ミシェリーよ、冷静に考えろ。ジェイド様は男。姫は女。それも夜に押し掛ける。もう分かるな?』

「よ! ば! い!」


 既成事実!?


 アリかナシかでゆーたらめっちゃアリな展開やけど、それは個人的な話や。


 四天王の立場からすると、とんでもあらへん。

 魔王城そのものを乗っ取るつもりかぃな。


『今、テンテンが傍にいるようなので警戒するよう言っておきました。ジェイド様はおやすみのようです』


 テンテンに時間稼ぎを任せる形になりそうやな。


 ウチらも追い付くために走らんと。


 魔法使わずに走るの久々やわぁ。


ーーーー フーリム・D・カーマチオー ーーーー


「ゼェ……ゼェ……やっと着いたわ」


 ついにジェイドの寝室の前に着いた。


 私の目的。

 それはジェイドの庇護下に入ること。

 魔王軍や四天王の誰かではなく、直接、ジェイドから。


 四天王も、あー見えて良い人達なのよ。

 赤く見える時もあるけど、青く見える時もある人達。村人よりずっとマシ。

 でも、ジェイドは今もずっと青。

 壁越しでも伝わるジェイドの優しい青。


 まだゴールじゃないのに泣かせる気?


 でも、ゴールするまで泣かないもんね。

 がんばれ、私!


ーーーー Norinαらくがき ーーーー

四天王ギリ、料理上手と判明。

ジェイドの食事もギリが担当すること有り。


Norin:ねぇギリ、食事に毒は入れないの?

ギ:食に対する冒涜は、例え神が許しても私が許さん。

Norin:満漢全席を所望する。

ギ:貴様はこの黒コゲ肉でも食っておけ! 帰る!

Norin:(´・ω・`)ソンナー


表面だけを削り取ったら、中はふわふわのお肉でした。

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