8-2魔王の一撃

ーーーー ミシェリー・ヒート ーーーー


 ウチ、知らん。


 ウチ、こんなおっかない魔王様知らん!


 ジェイド様、あんた何なん!?


 そんな可愛い顔して何なんよ!?


 ふ、震えが、止まらへん!


「ミシェリー、あの本は!? なぜジェイド様がお持ちに!?」


 ドランが急にジェイド様の持つ本のこと言いおるけど、私、そんな本のことなんて、知らない!


「ウチ、そんな本なんて知らへんわ!」

「あれは『ウィッシュ・アポン・ディザスター』。膨大な魔力を捧げ、思い描く魔法を生み出す災禍の『魔本』です」

「ドランの方がよぉ知っとるやないかいっ!」


 ウチはドランを思い切りドツイたったけど、『龍鱗』の反射ダメージで手が血だらけになってもーたわ!


「それをなぜジェイド様が持っているのかということです!? あれは基礎魔力が50000無ければそもそも感知することすらできません!」

「はぁぁあ!? ウチがその本探し出して渡したとでもゆーん!?」


 ウチは自分の手を治療しながら、ドランに文句つける。


「冷静になりなさいミシェリー! いつもの口調が出ていますよ!」

「ふぁぁぉっほぉん! 少し、取り乱したわ、少しね。誰かが、ジェイド様に、その『魔本』を渡した可能性があると言うことね? 魔力50000なんて、そんなにいるもんじゃないのに」

「そうですね、今は詮索よりも……」

「ジェイド様がなにをするのか、よね」


 ウチとドランは、冷静さを取り戻す。


 でも、それも束の間やった。


『第1シークエンス起動』


 ジェイド様、どっから声出したん!?

 声が頭ん中に響くんやけど!?


『水魔法、雷魔法、錬金術開始。水素分離、重水素収集中』


 あかん、何ゆーとるかサッパリや。


「何なのですか、この魔法は!? 魔力が尋常ではありませんぞ!」


 魔力渦が発生しとる。

 全ての魔力と何かが、ジェイド様の中心に集まっとる。


「ドラン、これがソクシ山を消し飛ばしたゆー魔法なん?」


 ドランは小刻みに首を振りよった。


 ちゃうんかーい!


「それよりも、恐ろしい何かです」

「ふぁぁあああ!」


 ウチはこれ以上の言葉が出てこんかったわ。


『星ノ眼、起動。座標検索中』


 あーん、魔力渦が濃くなってもーた。


 もう無理、ウチ動けへん。


ーーーー ノウン・マッソー ーーーー


 あたしは今、少数精鋭の小隊を率い、ヤーバン帝国国境線までやってきた。


「さーて着いたっと。報告しとかねーとミシェリーうるさいもんなー。ん? んんんんっ!?」


 ミシェリーに報告入れようとワイモバ回線を起動した瞬間、とんでもない寒気が走る。

 連れてきた奴らなんて全員泡吹いて倒れやがったし。


「ミシェリー、ドラン! 着いたけど、よく分かんない攻撃を受けたっ! なんつーか、魔力の塊に羽交い締めにされる感覚っ! 肉体的にじゃなくて精神的になっ!」


『ふぇぇぇん、ジェイドしゃまー。元に戻ってぇなぁぁあー』


 え? 誰? ミシェリーの声がしたんだけど?


『すみませぬ、ノウン。恐らくはジェイド様の高密度魔力に当てられたせいかと。それ以上の害はないと思われますが、ジェイド様がそちらに何かを飛ばしております。用心を』


 ドランも声が震えてら。

 ジェイド様が原因?

 どーゆーこと?


 あたしは空を見た。

 魔王城のある空を。


 そしてあたしは理解した。


「なにななになのななになぬなぁぁあっ!?」


 天高く、遥かなる上空に、ジェイド様の魔力を帯びた何かが高速で飛んでいった。


 どこにって?

 ヤーバン帝国の……首都の方、だよなっ?


ーーーー ギリ・ウーラ ーーーー


 なんだ、この身の毛もよだつ魔力は!?


 どこから発生している?


 まるで世界が滅ぶかのような力だぞ!


 しかも、それがこちらに近付いているように感じる。


 定点の映像通信だけならともかく、音声通信もとなると傍受される可能性が高くなるので避けたかったがやむを得ん。


「ミシェリー! ドラン! とんでもない魔力の塊がこちらに向かってきている! 魔王領からのようだが、一体なんだ!?」


『ふえええん! じぇいどしゃまぁあ! じぇいどしゃまあぁぁあ! いつものカワイイじぇいどしゃまに戻ってぇなあぁぁああ!』

『おお、よしよし。良い子ですね、ミシェリー。ほーら、ジェイド様の生着替え写真でございますよ。あとテンテンよりいただきましたジェイド様の脱ぎたて寝間着です』


 ミシェリー? ドラン?

 なんだ? ハッキングされて幻惑魔法でも掛けられたか?

 この私が?


『スーハースー……ひふぃー。おちちゅいた』

『それは良かったでございます。では私も。スゥーーーーッ…………ファーーーーー…………ふぅ。おまたせしましたギリ。私達はおかしいと思われるかもしれませんが、こうしなければ理性を取り戻すことができない状況にあります。現在、まともな意識を持っているのはジェイド様を除き、私とミシェリーだけでございます』


 お、おう?


「私が幻惑魔法に掛かった訳ではないということだな?」

『夢なら醒めてほしいのは、私もミシェリーも同じでございます』

『あああいいああいいああ! ギリ! さっきまでの私は忘れてえええええ!!!』

「ならば状況を説明しろ! さっきから寒気が悪化していくのだ!」


 魔力の塊が近付いてくるせいか、レジストしているつもりなのに、更なる悪寒が襲ってくる。


『ジェイド様が、何故か手中に納めていたウィッシュ・アポン・ディザスターを起動させたのです』

「あの魔本をか!? 確固たる魔術理論を構築せねば発動すらしないはずの……『魔王の系譜』と言い、まぁたやってくれたのかあんの魔王様はぁあ!?」

『ギリはどうすれば止められるか知ってるの!?』

「無駄だミシェリーよ! その『魔本』は初回起動時は全アシストが付与される。つまり、本人に意志はない。完了まで完全自動で制御され、終了と同時に『称号スキル』として付与される。ゆえに、完了まで見守らねばならん。しかし味方を害する可能性があれば指示があるはずだ。忠実に指示をこなせ! 間違っても聞き漏らすな!」


 私は思い出す限りの知識を尽くし、ドランとミシェリーに指示をする。

 そこにノウンから報告が飛んだ。


『ギリ! 今、空! なんか、通ッタ! ソッチ、イッテル!』


 なぜカタコトなのかと思ったが、私は知る。


 真の恐怖を。


 ドラン、ミシェリー、先程は狂った様子に呆れた私を許してほしい。


『標的確認、設置座標……完了。第2シークエンス起動』


 私の気も、狂う寸前だ。


ーーーー ドラン・ハミンゴボッチ ーーーー


 ジェイド様は淡々と準備を進めておられるようです。


「ペレット作成、重水素注入」


 何をなさっておられるのか、理解できる者はここには……いえ、この世界のどこを探してもいないでしょう。


「火魔法、風魔法起動。圧縮、圧縮……」


 ヤーバン帝国首都上空に、人の大きさ程度の透明な容器が現れました。

 そこに何かを注入して圧縮されているのでしょう。


「圧縮…………完了。第3シークエンス開始」


 更にジェイド様の魔力が濃くなりました。


 私とミシェリーで障壁を展開しましたので、気分は悪いですが先程よりはマシでございます。


 大講堂に集まった者達も、だいぶ目を覚まし、状況を把握するようになりました。


 幹部達も障壁を展開してくれます。

 とても助かりますね。


「雷魔法連続発動、プラズマレーザー照射」


 高密度の雷魔法が、その容器に持続的に照射されております。


「雷魔法の連続使用って、どれだけ膨大な魔力を持ってるのよ。一瞬だけでもとんでもない魔力消費なのに」

「今は覚醒状態なのでしょう。ギリを上回る11万の魔力。それに『魔本』そのものにも魔力が内包されていたようです。それと併せて……と言うことなのでしょう」


「ギリよ、ワイバーンを連れ、避難せよ。とにかく、遠ざかれ。それが無理なら、地下に潜れ。山に穴は掘るな」


 ジェイド様が言葉を発せられました。

 警告です。


「ギリ! 今の聞いたかぃな!?」

『聞こえた! もう飛び去っている! 撤退に集中するため音声は切るぞ! 映像だけは残しておく!』


「臨界点……突破」


 ジェイド様の魔力が更に膨れ上がりました。

 帝国の空に浮くジェイド様の魔法が、一層強く輝きます。


「最終シークエンス……起動! 滅せよ、Wish upon disaster!」


 魔力の渦が消えました。


 我々に圧を掛けていたジェイド様の魔力はもうありません。


 しかし、ジェイド様は真っ直ぐに、モニターに映るヤーバン帝国の首都を見ておられます。


 意識が、無かったのでは?


 ジェイド様の魔法は輝きを増し、その瞬間、この世と思えない爆発を起こしました。


 その威力、ソクシ山爆破の比ではありません。


 衝撃は、地下のはずなのに、そもそも距離もありますのに、この魔王城まで届きました。


 そして、爆発後の映像に、誰もが声を失っておりました。


 ヤーバン帝国の首都は、一言で言えば壊滅。


 こう言ってはあれですが、それなりに立派な城構えであったと思います。


 城ごと溶岩の中に放り込まれたかのように、溶けた城壁。

 ぐにゃりと折れた物見台。


 まるで地獄のような光景でございます。


「素晴らしい作品だ。あとは善きに計らえ」


 ジェイド様は席を立ち、歩きながら、口にされました。


 この爆発は、ジェイド様の望んだ通りの結果であると。

 そして、後処理は任せると。


 我々は、最も恐ろしい魔王様を目覚めさせてしまったのかもしれません。


 ジェイド様は、わざわざ振り返って言われました。


「分かっていると思うが、ヤーバン帝国はしばらく草木も生えぬ不毛の大地となる。毒をばら蒔くも同然だからな。攻め入る際は各自防御バフ魔法を全て掛け、後方部隊に高位の治癒魔法を使える者を置くようにせよ」


 私やミシェリーだけでなく、全ての魔族は頷くだけの反応しかできませんでした。


 これだけの無慈悲な一撃を放つジェイド様が、我々には気遣いをしてくださる。


 つまりは、我々のための、魔族のための、魔王の一撃……と言うことでしょうか?


 ジェイド様は、もう何も言うことは無く、大講堂を後にされました。


 その背中は、少し疲れたように見えました。


ーーーー ミシェリー・ヒート ーーーー


 なんちゅー魔法やアレ!


 足腰が未だに立たへんのやけど!


 一撃で首都壊滅はまだ分かる。

 前魔王のバウアー様ならやりかねんもん。

 でもな?

 魔王領の魔王城からやで?

 おかしいやろ?


 だって、もう戦争にならへんやん?


 その気になれば、こっからネンキーン王国もブーラック法国も一撃ドーンで終了やん?


 ちゅうことは……。


「だから、ジェイド様は即座に停戦協定を結んだと。なるほど、このような力があれば、『戦争』ではなく、その先を見据えての……ナニ? ああん! もう訳分からーん!」


 ウチはもう投げ出したい気持ちで一杯や。


ーーーー ギリ・ウーラ ーーーー


 私はちゃんと生きている。


 生きているから、もがき出る。


 咄嗟に掘った穴から、土を払って顔を出す。


 千里眼で一部始終見ていたのだが、なんなのだあの死の魔法は?


「ミシェリー、ドラン、こちらは無事だ。当然、ドランの部下も無事だ。爆発の衝撃で気を失っているので、手当てして目覚め次第帰還する」


『よく無事だったわね。でも無理はしないで。安全を重視し、確実に帰ってくるのよ』

『部下が世話になりましたな。感謝します』


 しかし、私は冷静だった。


「単なる知将かと思ったが、最強の遠距離砲台と来たか」


 戦争が根本から変わる魔法だ。

 今にしてみれば、なぜ停戦協定を結んだのか理解できる。


 軍を用いて侵攻する必要が無いからだ。


 それなりの利がある協定ではない。


 完全なる利しか無い協定。


 ネンキーン王国も、ブーラック法国も、この死の魔法を撃ち込まれたくなければ、対抗策を用意するか服従しかない。


 対抗策? あるのか?

 勇者が、対抗策を持っているのか?

 仮に勇者が対抗策を持っていたとして、それはジェイド様と同じように、いつどこにいようがどこにでも障壁を展開することが出来るのか?


 少なくとも、ヤーバン帝国の勇者には、この魔法の対抗策が無いと証明された。


 これより先は、情報が命と同等の価値を持つ。


 私は冷静だ。


 冷静に、ジェイド様を利用し、私が魔王になるための地盤を固めていってやろう。


「ジェイドさまのぉ! 弱点がぁ! どこにも見当たらあああぁぁああああぁん!」


 私は冷静に、もう一度言うが、冷静に、ジェイド様の分析を始めることにした。


ーーーー ノウン・マッソー ーーーー


 ジェイド様の一撃は、まず光った。

 真っ黒なキノコの雲が見えた。

 衝撃波が飛んできた。


『ノウン、あなたは無事?』

「無事じゃねぇ! 無事だけどっ、無事じゃねぇっ!」

『怪我を!? ドラン、すぐに救護班の手配を!』

「怪我はねぇってーのっ! 他のヤツも魔力に当てられて気を失ってるだけだ! 絶対くんなっ!」


 あたしや部下は無事だ。

 でも、絶対知られる訳にはいかねぇの。


 そこに、ミシェリーが秘匿回線で小さく声をかけてきた。


『……ノウン、私付きの雌飛竜を飛ばしたわ。私の……だけど紐でサイズ調整できるから、使って。高速飛竜だからあと3分くらいだと思う』

「う……ありがと」


 こういう時、ミシェリーは頼りになるよな。

 気が利くと言うか優しいと言うか。

 だからみんなミシェリーのことを総司令にっ!

 ってなったんだけど。


『なんだ? 漏らしたのか? ふははははっ! やはり見た目通りの体質をしているようだごふっ! ワイバーンよ? 目覚めたのになぜ私をがふっ! 待て! 寝惚けているのか!?  尻尾を叩きつけるな! お前を守ったせいで魔力がもうすっからかんガッハァッ!』


 ギリ、だからお前は総司令になれないんだよっ!


「ギリの傍にいるワイバーンに命令する! ギリがぁ! 泣くまでぇ! ボッコボコにするのを止めるなっ!」

『私からも命令しておくわ』

『彼女から、かしこまりました、とお伝えくださいとのことです』


 これでギリに多少のデリカシーが身に付いてくれりゃ良いんだけどなっ!


「ちなみにだが、漏らしてねぇかんなっ! ほーんの、ちょっぴり、チビッただけだかんなっ!」

『どうしてこれだけ気を使っているのに全軍通信でそんなことを言うの? ノウン、あなたやっぱりバカね。黙っていればみんなも黙ってくれていると言うのに』

『やれやれでございますな』


 ぬああああああああああっ!

 あたしのバカあぁぁあ!


「ああああ! んもうっ! んなことよりっ! これからどーすんだよっ!?」


 事後処理のことな!


『さっきジェイド様が言われた通り、治癒魔法使いを主とした防衛陣地特化型の部隊編成を行うわ。申し訳ないけれど、ノウンはその部隊が到着するまでその場で待機、哨戒を。3日もあれば到着するわ。ギリは帰還を優先して。ドランはこちらを手伝って』


 さすがミシェリー、指示が早いな。

 あたしじゃどうにもなんねーもん。


「りょーかい。こっちの千里眼使いが目を覚ましたらヤーバン帝国の方を見とくよ」


 そして、千里眼使いが目を覚まし、あたしは見た。


 ヤーバン帝国の首都が溶けた様を。


 あたしは生まれて初めて、敵に同情したよ。


ーーーー Norinαらくがき ーーーー

Wish upon disaster:厄災に願いを

由来、○に願いを


絶対に叶わぬ願い。

ぶち込まれる時には、○に願いをの調をイジッたBGMを流したい。


そして本編スタート。

大混乱の魔王城。

人類軍も大混乱。

涼しい顔をしているのは、やらかした御本人くらい。


ジ:んっんー! 今日は良い天気だなぁ(のびのび)

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