8-1インキュバスの王子 シッシ【挿し絵あり】

 ボクはインキュバスの王子、シッシ。


 我が君に名を付けていただいた。

 この御恩、忠義を以て返そう。


「シッシ、早くその書状を渡しなさい。何やら親書のような封みたいですが」


 ミシェリー総司令に怒られてしまった。

 ボクのしなやかな肉体美、アドミナブル・アンド・サイでは伝わらなかったようだ。

 悲しいが、今は仕事と割り切ろうじゃないか。


 ボクは今、総司令執務室に来ている。


 近くで仕事をしていたら伝書鶴がやって来たからね。

 伝書鶴は重要な文書を届ける役目を持たされていることが多い。

 鶴は遠目に見ても分かるからね。

 基本的には狩猟を禁じられた動物なのさ。

 高位の防御魔法を掛けられているから、滅多なことでやられはしないがね。


 書状を読んだミシェリー総司令の顔はみるみる青ざめていく。


「シッシ、四天王をソッコーで招集せなあかん! 他のメンツ、どこおるんか知っとる!? 最悪ドランが捕まれば良ぇよ!」

「ミシェリー総司令、口調が戻っていますよ。今配下のインキュバスを通して確認しています」

「うぉおっほん! 失礼した。すまないけれど、急いで」


 ミシェリー総司令は上手く誤魔化しているつもりなのだろうが、独特の訛りのことは魔王軍の者は誰もが知っている。

 そのギャップが良いと、ファンはとても多いよ。


「ギリ様は有給休暇でヤーバン帝国方面に行かれているようです。ノウン様はブーラック法国方面の撤退指揮に。ドラン様は……給湯室ですね」


「ギリはこんな時に有休……まぁ良いわ、福利厚生は大事だものね。帝国方面ならついでに偵察も……。ノウンも帝国には近い位置ね。ドランには大講堂に向かうよう伝えなさい。私も出るわ。テンテンにも連絡を取り、2人で周囲の魔王軍を全て大講堂へ招集。四天王会議ではなく、これより全魔王軍緊急会議を行うわ」


 全魔王軍緊急会議。

 バウアー様の南下政策以来の会議だね。

 機密性を高めた軍略会議。

 戦争の前触れさ。


 ミシェリー総司令が部屋を出ると同時に、早速テンテンに連絡を入れる。


「テンテン、ミシェリー総司令より命令だ。至急、付近の魔王軍全てを大講堂に集め、全魔王軍緊急会議を行う。今、魔王様の寝室のようだが、緊急放送の用意を頼む」


 テンテンは魔王様の寝室で掃除やベッドメイクを行っている時間だったはず。

 放送室が近いのでお願いしたいところなのだけど。


『スーはー、すーハー……っひひっ』


 ここ2ヶ月程、テンテンがおかしいんだ。

 魔王様の寝室からテンテンのおぞましい絶叫が聞こえたと専らの噂だが、魔王様に何かされたのか。

 皆は怯えているようだが、うらやましい限りじゃないか。

 サキュバスが、それも姫が、叫ぶほどの……嗚呼。身悶えするっ。


 しかし、今はそんな妄想をしている場合ではない。


「テンテン、我が君の治める魔王国の一大事である可能性が高いよ?」

『それ、先に言う。すぐ手配。私も、すぐ、大講堂行く』


 テンテンの我が君愛は凄まじい。

 現在の魔王軍我が君スキスキランキングはぶっちぎりの1位だからね。

 2位はノウン様。

 3位は……ん、魔王軍じゃないね。


 おっと余計なことを考えている暇は無い。『魅惑』をきちんとかけなければ、緊急招集で将棋倒しが発生しかねない。会議で怪我人なんてもってのほかさ。


 先に大講堂に入る。

 ミシェリー総司令とドラン様はすでに合流しており、簡素な打ち合わせを行っているようだね。


「これは、許しがたい書状ですな」

「最終的な対応は1つしかありませんが、ジェイド様になんて報告すれば……うぅ」

『せっかくの有休に何事かと思ったが、想像以上だな。ドラン、ワイバーンモバイルシステムの飛竜を借りるぞ。我が随伴し、ヤーバン帝国第一帝都の様子を映し出すようにしてやる』

『良いなー。ギリ、あたしも連れてけよっ』

『これは遊びではない。この間にもノウンはやることがあるだろう』

「ええ、ギリの言う通り、ノウンは軍を転進させ、ヤーバン帝国国境線まで行っておいて」

『今いる全部は無理だってー。精鋭部隊だけで良い? それならほんの数分で着くし、残りは後詰で準備させとくからさ』

「それで良いでしょう。ギリ、くれぐれも見つからないようにね?」

『ドランの配下も任せてもらおう。貴重な偵察戦力だ。失うような無謀なこと、私はやらん』

「飛竜の搭乗は許可しました。ギリ、お任せしましたぞ」


 ドラン様のシステムで、四天王会議は行えているようだね。素晴らしい。


 館内放送で『魅惑』をかけたので、続々と魔王軍が集結する。

 全ての席が埋まっても、まだ一部の兵力だが、これだけでも集まれば壮観だよ。


 ミシェリー総司令は難しい顔のままだが、壇上の中央へ歩く。『魅惑』はすでに解除しているよ。


「これより、魔王軍緊急会議を執り行います。司会進行は私、四天王ドランが務めます。では、総司令ミシェリー・ヒートより御言葉を」


「つい先程、悲しくも腹立たしい知らせが入った。ジェイド様に掛ける言葉も見つからない程のものだ。ジェイド様には後程伝えることになるだろう。もしかすると、この会議中にやってこられるかもしれない。それまでには方針を決めたいと思う」


 そしてミシェリー総司令の背面にモニターが表示される。

 書状の中身が公開される。


 ここにいる魔王軍の全てがどよめき、悲しんだ。

 ボクだってそうだ。


 我が君のおかげで大量消費、大量虐殺の時代が終わろうとしていたのに、逆行する文書だ。


 魔王軍の怒りがその文書に向けられる。


 しかし、ミシェリー総司令は宥めた。


「皆よ、ジェイド様のために怒ってくれてありがとう。私としては、ヤーバン帝国は撃滅必至なのだが、ジェイド様の意志も尊重したく思う。なに、心配することはない。我らがジェイド様なら、我らの想いを無下にすることも無いだろう。なんなら、ソクシ山の様に帝国の首都を吹き飛ばしてもらっても一向に構わないがな。はっはっは」


 ミシェリー総司令は冗談交じりに笑い、皆もそれに呼応していた。


 いかにジェイド様と言え、いきなり他国の首都を焼き払うことはできないだろうね。

 歴代の魔王様でも聞いたことがない。

 そんなことができるのなら、もはや戦争にもならないんじゃないかな。


「皆様、静粛に。ミシェリー、少々戯れが過ぎますぞ?」

「すまない。ドランに一声いただいたところで本題に入る。我らの意志はこのような不敬の蛮族共『ヤーバン帝国の撃滅』である。ジェイド様の意に反して戦争を続行することになるが、これをジェイド様に進言する! 異議のある者は今申せ! 理由が明確ならば受け入れよう。ここは議論の場! 壇上に上がることによる罰則は当然設けん。むしろ自らが有能であることを示す場となることを理解せよ!」


 ミシェリー様は魔王軍に問い掛けるが、反応する者はいない。

 なぜなら、これに反応するのはいつもギリ様だからね。


『では私から……』

「ふっ、やはりギリか。さぁどこからでも掛かってくるが良い!」


 ミシェリー総司令は、ギリ様の声が聞こえるなりファイティングポーズを取ってシャドーボクシングを始めてしまった。


『何を言っている。今回に関しては私もミシェリーに賛成だ。私は報告するつもりだったのだが……着いたぞ。ヤーバン帝国第一帝都の手前10kmだ。私の千里眼魔法で更に拡大しているから見易いだろう。しばらく定点映像を流しておいてやる。む? なんか、すまんな』


 ミシェリー総司令はしょんぼりしている。

 シャドーも勢いが無くなってしまったね。


 その時だった。


「ジェイド様、来る」


 ボクと同じく舞台袖に待機していたテンテンの声が響く。


 ただならぬ緊張感が大講堂を支配した時、ゆっくりと壇上から正面に見える大扉が開いた。


 ジェイド様は落ち着いた様子で風魔法を使い、壇上までやってこられる。


 そして、簡易ではあるが、魔王様のために設えた席に着座された。


 ドラン様を見て、ミシェリー様を見て、ボクを見られる。


 我が君に向けて、ボクはボクらしく一礼した。

 テンテンは恥ずかしがっているせいか、奥に隠れるように移動していたよ。


「状況は、良くないようだな?」


 さすがは我が君。

 何も情報を知らないはずなのに本質を見抜く力が凄まじい。


 ミシェリー総司令とドラン様は小さく頷かれた。


「人類軍の協定違反か?」

「ぐっ、その可能性があります。つい先ほど、こちらの書状が届きました」


 ミシェリー総司令は心苦しそうに書状をジェイド様に差し出す。


 何度見ても憎たらしいね。


「ドランよ、ホットライン起動。ネンキーン王国へ繋げ」

「はっ! かしこまりました」


 さすが我が君、行動が早い。


 ドラン様もすぐさま人類軍の王とホットラインを繋ぐ。


 映し出されたロゥガーイ・ネンキーン65世は、部下と共に待ち構えていた。


「ロゥガーイ・ネンキーン王よ、突然のことで我々も驚いているのだが、この書状についてだ。そちらの見解を聞かせてもらおう」


 我が君の威圧感は凄まじい。

 見ているだけなのに、嫌な汗が滲みそうだ。


「わ、我々は、この事態に関与せぬ。ヤーバン帝国の独断専行であり、ネンキーン王国、ブーラック法国は人魔停戦協定を確実に履行する。よってーー」

「ヤーバン帝国のことはこちらで対処せよ、と言う訳だな?」

「そ、その通りだ」


 人類軍はなんと傲慢なことだろう。

 しかし、ボクの怒りはミシェリー総司令も同じだったようだ


「申し訳ありません、ジェイド様、発言の許可を」

「許可する。ミシェリーよ、申せ」


 ミシェリー総司令の『焔帝』が起動する。

 周囲に纏わる炎は『絶命の焔』。触れるモノ、その全てを灰塵と化す。

 特殊な勇者でなければ防ぐことすら不可能な必殺の炎さ。


「ネンキーン王国の者達よ。我々は味方が禁を犯した際、責任を持って撃滅すると約束した。そちらには、無いのか?」

「無い! そんな約束、協定には記されておらん!」

「しかしっ!」

「良い、ミシェリー。それまでだ」

「……分かりました。発言させていただき、恐縮でございます」


 ミシェリー総司令を退がらせた我が君は、人類軍の王に向き合った。


「こちらの部下が失礼した。ネンキーン王の言う通り、約束していないのだから、そのようなことをしてもらう必要は無い。ならば、こちらの好きにして良い。そういう解釈で良いのだな?」


「我々は、ヤーバン帝国に関わる事態に関与せぬ。我々とは、ネンキーン王国とブーラック法国のことである!」


 つまり、見捨てると言うことか。

 人類軍は非道だね。


「であれば良い。ヤーバン帝国は、我らが対処しよう。時間を取らせたな。では、ドラン」

「はっ、通信は切断しました」


 大講堂は静まり返っている。

 我が君は何かを言おうとしており、皆が揃って待っていた。


「何の問題も無いだろう。むしろ、見せしめにちょうど良い」


 その言葉に、ボクは震えた。


 ボクだけじゃない。


 テンテンもひどい寒気を感じたかのように震えている。


 ミシェリー総司令やドラン様は、顔にこそ出されないが、手先を震わせていた。


 他の者は言うまでもない。


 逃げたしたい程の震えに襲われるも、震えているから逃げられないんだ。


 これは何なのか?


 正体はすぐに分かった。


 恐怖。


 我が君が、懐に手を入れた瞬間から、それを明確に理解することになった。



ーーーー Norinαらくがき ーーーー

シッシとテンテンは集団行動の要。

実のところ、シッシはテンテンより有能。

テンテンは……まぁそういうところが可愛いのです。


シッシ挿し絵公開

https://kakuyomu.jp/users/NorinAlpha/news/16817330660374785637


次回、本編。

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