3-1サキュバスの姫【挿し絵あり】

 私はサキュバスの姫。名前はまだ無い。

 正直、必要が無い。

 言葉すら、必要無かった。

 幼少期に、義務教育として習ったことがあるだけ。


 昨日、それこそ数十年ぶりに言葉を発したが、それは魅惑の魔法。何も言わなくても効果はあるが、言葉に出せば威力は10倍。


 何代かの新任魔王に掛けたが、黙ったままでも失敗したことは無かった。


 それなのに、ジェイド様にはまるで効かない。


 『完全状態異常耐性』のスキルがあるのかと思ったが、昨日見たジェイド様のステータスにその表示は無く、今もスヤスヤと眠っておられる。


 『完全状態異常耐性』があるなら、睡眠耐性もあるはずなので、眠ることはできないはずだ。


 妃様曰く、『状態異常無効化』であれば必要以上の異常のみを無効化するため、睡眠することも可能らしい。

 ただ、噂にしか聞いたことが無く、現実に存在するかも定かではないスキルと言われた。


 どうにせよ、ジェイド様は私の主。歴代魔王を通じても、傍でお仕えするのは初めての経験。

 立派に務めを果たさなければ。


「おはよう、ございます。ジェイド様」


 ジェイド様は目覚ます。


 お召し替えかと思った。でも何かあるらしい。


「おはよう、サキュバスの姫。昨日は聞きそびれたのだが、名前は無いのか?」


「サキュバス、名前、無い。自我あるの、『妃』と『姫』だけ。他は、人類、魔族、関係無しで、精力を魔石に、変えるためだけ、生きる」


 数十年ぶりのちゃんとした会話。

 言葉が上手く出てこない。


「名がないと不便であろう?」


「いえ、名前、呼ばれること、ほぼない。皆、テンプテーション、かけなくても、『魅惑状態』なっちゃうので、用件、命令、念じれば良い。言葉、いらない。四天王は、サキュバスの姫、それで終わり」


 言葉は難しい。思った通りをきちんと伝えられているだろうか?


「1つ確認する。名を与えられるのは嫌か? 我が魔王とか関係無く、嫌かどうか、正直に答えよ。これは命令だ」


 難しい質問、そして命令。

 正直に? 嘘偽りなくということ?

 名前には、こだわりは無い。

 うー、うー……。


「はっ、かしこまりました。嫌かどうか……うー、分かりません。名があると、どういうこと? 良いのか、悪いのか、分からない。命令、答えられず、申し訳ございません。その罪、この命、以て……」


 私は、侍女どころか配下失格。

 魔王様の命じた通りの回答ができない者など不要。

 私はサキュバスの妃より譲り受けた魔剣『ビヨンド・ザ・イーディ』を取り出し、首に当てる。


「待て。首だけのお前など要らぬ。その身、全てを以て我の役に立て」

「はっ、仰せの、ままに」


 ジェイド様の恩情により、命だけは助かった。

 それにしても、どうして私の名前に関して拘りを持つの?

 私に名を与える? 今さら? 誰が何のために?


 え? あれ? もしかして?


 まままさか魔王様が直々に名前を与えてくださるなんてそんな歴代魔王様でも話に聞いたことの無いようなおとぎ話だと信じてやまない魔族の誰しもが1度は妄想したことのある夢みたいなお話が?


「僕が名前を付けなくても良いって本人が言うなら、無理して名付けしなくても良いか。すまないが、今の話は無かっ……」

「ジェイド様! 是非、私に、名付け!」


 魔王様からの直々に与えられる名前、欲しいに決まっている!


 私は無意識の内にジェイド様をベッドに押し倒してしまった。

 感極まってしまったとは言え、これは無礼以外の何者でも……。


「テンテン。テンテン」


 私の頭は真っ白になった。


「テンテン、それが私の名前……。ポッ」


 魔王ジェイド様から賜った名前。

 なんて甘美な響き。

 私の名はテンテン。

 魔王ジェイド様の忠実なる僕。


「ステータス・フルオープン」


 ジェイド様が私のステータスを強制開示する。


 貴方様が付けてくださった名前。

 どうぞこころゆくまで堪能を。


 へ?

 ジェイド様の『感情ステータス』が『発情(小)』になっている。

 魅惑、テンプテーションが効かないはずでは?


「テンテンよ、良いか?」


 まさか密着状態でテンプテーションの効果が上がった!?

 いや、感情ステータスが『発情(大)』になっているだけで、ステータス異常の『魅惑』にはなっていない……って(大)!?

  (小)から(大)!?

 ナニが!?

 じゃなくて、なんで!?

 つまり、これは、ジェイド様が、純粋に、私で、発情されているということ!?


 誤解されがちだが、サキュバスは高位の者程純潔。

 なぜなら、『魅惑』の状態異常にしっかりと掛かった者は、あとは幻惑で……つまり夢の中で勝手に色々やって終わるから。

 下位のサキュバスは『魅惑』そのものが弱いため、身体も使う必要がある。


 つまるところ、その、私、初めて……だけど構わない!

 覚悟、決まった!


「失礼、しましたっ! ご自由に、どうじょ!」

「構わん。テンテンよ、身体を大切にな」


 スルー!? どーして!?

 ジェイド様の感情ステータスは『発情(特大)』なのに!?

って(特大)!?

それなのに!? 身体を大切にしろとは!?


 ……もしかして、純粋に、私のことが大切だから、順序を踏んでという事?

 順序なんて人間のやることでは?

 いえ、ジェイド様は限りなく人間に近い魔王。であれば可能性は十分に有り得る。


 私、ジェイド様から大切にされている。


 嗚呼、『愛される』とは、こういうことなの?


「はっ、ありがたき、幸せです!」


 私は歓喜に震えた。


 そうしてジェイド様は身支度を整え、部屋から出る。


 本来なら、ジェイド様の側付きとして同行しなければならないが、見送ってしまった。


 未だに悦びの震えが止まらない。


 落ち着いた頃、私は寝室から出た。


 ステータスオープンしながら。


 普段はこんなことしない。

 自分のステータスを開示しながら出かけるなど、弱点を晒しながら歩くようなもの。


 魔王軍とは言え、一枚岩ではないから。


 それでも晒す理由はただ1つ。いや、4つ。


 1つ、私の名前がジェイド様によって付けられたと喧伝するため。


 2つ、ジェイド様の庇護下に入り、ジェイド様に忠誠を誓ったと広めるため。


 3つ、ジェイド様に仇なす者は魔王軍の者であろうと容赦しないと知らしめるため。


 4つ、ふふっ、これはまだヒミツ。


「これから、忙しく、なる」


 私は宛もなく、しかしその4つ目の理由のために歩き出す。


「あぁ、我が君のため、やるよ。テンテン」


 私と同じように名を与えられたインキュバスの王子、シッシと共に。


ーーーー Norinαらくがき ーーーー

サキュバスと違い、インキュバスは口達者。

そうでないと女性に相手されない。

インキュバスはツラいの。


R5/7/7

テンテン挿絵追加

https://kakuyomu.jp/users/NorinAlpha/news/16817330659975645646

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