The Last Bookstore

異端者

『The Last Bookstore』本文

 この国ではどうか知らないが、この辺りではここが本屋だろう。


 店番に立ちながら、店主の老人はぼんやりとそう思った。

 もっとも、今は古本屋だが。

 新しい本はもう手に入らない。今置いてある本も、マニアが保管してあった物を買い取ったり、譲ってもらったりした物ばかりだ。


 20XX年――紙の本は過去の物になりつつあった。電子書籍が普及し、わざわざ街中の本屋まで紙の本を買いに行く人は激減した。

 場所を取らない。探す手間も要らない。携帯端末からすぐ買えてすぐ読める。

 大手出版社は電子書籍に力を入れ、紙の本はさっさと絶版にするようになった。

 政府の対応がそれに拍車をかけた。政府の刊行物や教科書等は今後全て電子出版にするという発表が、紙の本の廃止を促進した。

 街中から本屋は消え、本は端末からオンラインで買う物という認識となった。


 ふいにドアが開いた。

「いらっしゃいませ!」

 物思いにふけっていた店主は少し遅れてそう言った。

 見慣れた青年が入ってくる。もうずっと前からこの店の常連だった。

「おやおや……挨拶が遅いんで、寝てるのかと思いましたよ」

 青年はニヤリと笑ってそう言った。

「まさか……一応、これでも客商売なんですから」

 老人もそれに応じる。

「そうそう、オヤジさんが寝ている間に万引きでもされたら商売上がったりですからね」

「いやもう、紙の本なんて泥棒も見向きもしませんけどね」

 老人はため息を付いてそう言った。

 正直、売り上げは芳しくない。それでも店を続けているのは、彼のような常連客がそれなりに居るせいだった。

「はは、そうですね……この間、彼女に本物の本を読むのが趣味だと言って見せたら馬鹿にされましたよ。この電子書籍の時代に、どうしてこんな非効率で不衛生で場所を取る物を集めているんだ……ってね」

「それはごもっとも」

 老人はゆっくりと頷いた。

「それで、今日はどんな本をお探しで?」

「空いた時間に読める……小説の短編集みたいなのが欲しいんですが」

「ああ、それでしたら怪談集とかはどうです? 短編というか掌編のような物を集めた話が多いですから」

「いいですね。どこにありますか?」

 老人は青年をその棚に案内した。

「非効率の極みですね。こうしてわざわざ家から出て、店に行って、店の中を探し回る――端末から条件を指定して検索なら一発なのに……」

 青年が自嘲気味に笑った。

「そう言って、そうするのが嫌いではないのでは?」

 老人は笑顔でそう言った。

「ええ、まあ……そうですね」

 青年は老人から示された本を手にすると、パラパラとめくりながら答えた。

「人生に『効率』は無意味ですね。効率だけ求めるのなら、勉強や仕事だけしていればいい。自分の時間なんて要らないし、結婚も政府が相手を指定してさせればいい……」

 青年は独り言のように言った。

「その通りです……無駄なことは必要です。なんでも合理化、効率化しようとするのは人間の悪い癖です。それで思い通りにいかない、非合理的、非効率的と判断したものを切り捨てる。自分が何を切り捨てたのか知ろうともせずに」

 老人はしみじみと言った。自分もその切り捨てられる側に入るのだろうという確信があった。

「いいですね。これ、買います」

 青年は老人に本を手渡しながら言った。

 老人はすっかり古くなったレジで電子決済をすると、青年にその本を手渡した。

 実はマニアから少し高額で買った本なので割に合わなかったが、そのぐらいは負けてやってもいいという気がした。

「店を閉めたり……しませんよね」

 青年は去り際に少し心配そうに言い残していった。


 一人残された老人は店の中にたたずんでいた。

 自分のしていることは無駄かもしれない。少なくとも非効率的には間違いないだろう。

 だが、それを求めるばかり見落としてしまったものは計り知れない。


 無駄を無駄として楽しむ――それこそが、人間らしいと言えるのではないだろうか。

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