あぐらのなかの猫

 私がこの国で最初に得た寝床の家主は、畑を耕して日々の糧を得ていました。


 家主は夜明けと共に目を覚ますと、番と、番との間にできた九人の子供たちを連れて畑に繰り出すのです。


 汗水垂らして忙しなく田畑の世話をして、日が暮れた頃にようやくひと息をつける苦しい暮らしです。


 けれども、あぐらをかくときだけは泥だらけの顔に笑みが浮かぶのでした。


 私は家主のあぐらの中で体をまるめながら、奇特な男だと思いつつあたたかいその場所で眠りに落ちるのです。


 鼠取りの仕事を終えてくたくたになってから横になる家主のあぐらは、得もしれぬ心地よい場所でありました。


 私が前にいた国では女が王になることもありましたが、この国では男にのみ家長を継がせる風習がありました。


 家主が老いてあぐらもかけぬくらい衰えたあとは、家主の息子が新しい家主となりました。


 新しい家主は、父と同様その日の仕事を終えるとあぐらをかいて私を待っていました。


 よく躾けられた息子だと、私は前の家主を褒めました。


 前の家主は布団の中からよろよろと腕だけ伸ばし、私の頭を撫でました。


 そうやって新しい家主の息子が家主になって、さらにその息子が家主になって、そのまた次の息子が家主になっても、みんな最初の家主の教えをまもってあぐらをかき、私がやってくるのを待っているのでした。


 不思議なことに、男の子に恵まれず、よそから婿としてやってきた家主も、やっぱりあぐらをかいて私をあたためるのでした。


 そうやって鼠取りの対価として私にあぐらを提供し続けたその家は、戦の世が訪れると火矢にかけられてあっさり焼け落ちてしまいました。


 —



 次に私が寝床として選んだのは、国一番の御殿に住む大旦那の住まいです。


 この大旦那は、いつの日かあの土まみれの家主とその家族の村を焼いた男が成り上がった姿です。


 ここでは作物を食らう鼠や虫を退治する必要はなく、日がな一日中暖かい縁側で眠っていればよいのでした。


 私はただ食って寝ているだけで大旦那の家族に喜ばれました。


 その時勢、人でも口にできないような豪勢な食事を毎日のように振る舞われ、何枚もの小判と引き換えた玩具が私の住まいに並べられました。


 そんな扱いを受けているものだから、私は大層大旦那に愛されている自信がありましたが、大旦那はいつもむっつりとしていて、あぐらをかいてもそこに私を寝かせてはくれませんでした。


 どころか、私があぐらに入ろうとすると怒って追い払う始末。


 大旦那は毎日家来を集めては叱り飛ばしたり、挙句にたくさんいる番に手をあげたりと、それはそれはおそろしい人でした。


 大旦那の真似をして、大旦那の家来も私をあぐらに入れてはくれませんでした。


 大旦那の番は、昔は優しい人だったのよと私を慰めました。


 優しい頃の大旦那であったら、私を抱き上げて、あぐらの中で寝かせてくれたのでしょうか。


 大旦那のまわりからは日に日に人がいなくなっていって、最後にはあの家主のように床に伏せるようになり、結局最後まで私にあぐらを貸してはくれないのでした。



 —


 次に私の寝床となったのは、町の軒下。


 大旦那の好敵手だった男の家族や家来が町をよく整えて、かつての都のように栄えた町のさる長屋の屋根の下に、私の新しい主人は暮らしていました。


 主人は、雨風しのぐ家を持ってはいませんでした。


 主人は、私の毛皮よりもずっと少ない布をまとって暮らしていました。


 けれども、私がねだればいつでも私をあぐらに招いてくれました。


 主人のあぐらは獣のような匂いがして、私はそこがとても落ち着く場所になりました。


 主人は人様の住処の軒下で、来る日も来る日も空を眺めて暮らしておりました。


 時折、誰かが道に置いていく食べ物を私にも半分分けてくれました。


 主人はとても痩せておりました。しかしもっと痩せている私をずっとあぐらに置いて撫でてくれて、だから私は腹がくちいのもなんてちっとも気にならないのでした。


 私は大旦那のあぐらを味わえなかった分、この主人のあぐらの上のあたたかさを堪能しました。


 このあたたかさは決して手放してはいけないものだと思ったので、ある日主人に向かって投げられた石を私の胴で受け止めました。


 主人はおいおいと泣いて、冷たくなっていく私を抱き上げました。


 私はもう数えきれないくらいこういう最期を迎えているので気になりませんが、もうこの主人のあぐらでのんびり昼寝ができないと思うと、それだけが悲しいのでした。


 私は主人のあぐらの温もりがどんどん遠のくのを感じながら目を閉じたのでした。



 —


 私はこの国で得た最初の家主のあぐらで目を覚ましました。


 家主は出会ったばかりの頃と同じように壮健で、そして土まみれでした。


 私はうんと伸びをして、尻尾の先をくるくると回します。


 なんだか少しばかり長い眠りでした。家主のあぐらもすっかりポカポカです。


 家主は私の三角の耳を何度もなんども、感触を確かめるようにそれは何度も撫でていました。


 家主の周りには家主の番と、九人の子供たちが、羨ましそうに家主を見ています。


 私はそれを横目に、家主のあぐらの中で居住まいを正しました。


 そうして再び、眠りに落ちるのです。


 次もまた、誰かのあぐらの中で丸くなることを夢見て。

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