第3話
「——
彼女たちに聞こえないように、小さな声で。
教室の扉の前に立っていた俺は、愕然とした表情のままそう呟いた。
聞き間違いなどではない。
この耳で今、ハッキリと聞いたのだ。
あの幼馴染が、俺に恋心を抱いているのだと。
「そんなわけ…………」
だって——あの真希だぞ?
いつも俺のことを睨んできて、偉そうにグチグチと嫌味を言ってきて、可愛げなんて微塵もないあの真希が、俺のことを好きだと?
馬鹿も休み休み言えと、そう思ってしまう。
毎日のように喧嘩をしてきた俺たちの間に、恋愛感情なんて生まれるわけがない。
アイツにそんな素振りなんて全くなかった筈だ。
だけど……今の真希の言葉には、隠しようのない大切な本心が込められているように感じた。
『つい素直になれない、か……はぁ〜、難儀な性格してるな〜』
『あ、呆れないでよ……情けないのは分かってるんだから』
『まあ、私に言われたぐらいで素直になれるなら最初から苦労してないよね。真希ちゃんのツンデレ具合を舐めてたよ』
なかば放心した状態にある俺の耳に、彼女たちの会話が入ってくる。
真希の言葉があまりに信じられなくて、俺は思わず仰け反った。
——その時。
肩に提げていたスクールバッグが扉にぶつかり、ガタッと鈍い音が鳴り響いた。
「やっべ……!?」
『っ!?』
『え、何今の。誰かそこにいるの!』
それほど大きくはない音だが、人気の少ない静かな放課後ではよく目立つ。
教室の中の彼女たちが色めき立つ中、俺は思わぬトラブルに焦り散らかしていた。
そして、この場を凌ぐために俺が慌ててとった行動は——。
「に、ニャー」
『なんだ猫か……』
『いや、学校の中に猫がいるわけないでしょ! 真希ちゃん単純すぎ!』
なぜか騙されてくれた真希だったが、友達の方はそうではなかったらしい。そりゃそうだ。
ガタリと席から立ち上がる音が聞こえる。
どうやら廊下を確認しに来るみたいだ。
このまま扉を開けられたら、俺が会話を盗み聞きしていたことがバレてしまう。
慌ててキョロキョロ周りを見回す俺。
そうしているうちに、教室の方から足音が近づいてきて——。
そして、ガラリと扉が開かれる。
「……あ、あれ? 誰もいない……」
廊下には誰もおらず、シンとした空気に包まれていた。
それを見て不思議そうに呟く友達。
「何? 何だったの?」
「いや……分かんない。気のせいだったのかも?」
「危なかった……! すぐに逃げて正解だったな……!」
昇降口から出て、俺は校門へと駆け抜ける。
真希たちに見つからなくてよかった。見つかってたらお互い色々とヤバかっただろうからな。
校舎を後にした俺は、帰り道を急ぎ足で進む。
だがその間も、真希の言葉が頭の中で何度も思い起こされていた。
『——本当は好きなのに……
図らずも聞いてしまった真希の本音。
それを自分の中でどう処理していいか分からず、グルグルと渦巻く思考を振り切るように、俺は更に進むスピードを早くした。
「くっそ……何なんだよマジで……!」
今もドキドキと鳴り響いている鼓動は、走っているせいなのか、それとも。
胸をギュッと抑えながら、俺は歯を食いしばった。
◆◆
家に着いた後も、俺の頭は混乱していた。
母さんへ「ただいま!」と急ぎ気味に言うと、返事も聞かずに階段を駆け上がり自分の部屋に駆け込む。
鞄を適当な所に放り置き、ベッドの上にボスンと体を投げ出した。
しばらく息を落ち着けようと、深呼吸。
だがそうしても胸の鼓動は鳴り止んでくれず、耳障りな音に顔を顰める。
「……真希が、俺のことを、好きだと……」
壊れたロボットのように真希の言葉を反芻する。
先ほど聞いてしまった彼女たちの会話が、耳に焼き付いて離れなかった。
それほどまでに、あの幼馴染の本音は衝撃的で、信じられないものだったからだ。
「いやいや、ないって……アイツが俺のことをそんな風に思ってるわけないだろ」
今思い返しても、嘘としか思えない。
赤ん坊の頃から家族同然で育った幼馴染に、いつからか生意気な妹にしか見えなくなった相手に、恋愛感情を向けられているなど。
……しかし、そうは言っても本当は気づいている。
あの状況でそんなくだらない嘘をつく筈がない。
恐らく、あの時彼女たちは恋愛相談の話をしていたのだ。
人気の少ない放課後の教室。
秘密の話をするにはもってこいの条件だ。
今まで真希は特に仲の良い女友達に、俺に関する恋愛相談を度々行っていたのだろう。
幼馴染に対する密かな恋心。
どうやって気持ちを伝えるべきか。
どうすれば素直になれるのか——。
「本当は好きなのに、素直になれない……か」
真希が言っていた言葉だ。
俺と話していると、恥ずかしかったり照れを感じたりでついムキになってしまい、心にもない嫌味を口にしてしまうと。
ということは——今までの生意気な態度も、実はそういうことだったのか?
好意の裏返し、という言葉がある。
例えば小学生だと、好きな女の子にイタズラをしたりすることがある。相手に構って欲しいからちょっかいをかけて、意識を自分に向けさせるのだ。
真希の場合もそれと同じなのか?
俺に構って欲しいから愛情の裏返しをするのか。
俺に好意を寄せているから素直に近づけなかったり、照れ隠しとしてわざと嫌味な言動を見せてしまったり。
今日も些細なことで、真希が何度も俺に突っかかってきていた。
改めて思えば取るに足らないくだらない理由だ。
そんなことでいちいち文句を言うなと、俺も腹が立って彼女と口論を繰り返していた。
だが——あれら全てが、ただ単に真希が素直になれないだけだとすると。
「…………マジかよ」
両手で顔を覆い、はぁぁと息が溢れてしまう。
顔が妙に熱く、多分耳まで赤くなっている。
幼馴染の恋心を知った途端、今までの彼女の言動が全て気恥ずかしく思えてきたのだ。
「あのいつも生意気な幼馴染が、ただのツンデレだと……? 信じられねぇ……」
物語の中ではよくある性格のキャラだ。
主人公のことが実は大好きだけど、素直になれなくてキツく当たってしまう女の子。
大体がツインテールなんだよな。まあうちの幼馴染はオシャレにアレンジしたセミロングヘアーなんだが。
それで、主人公が他の女の子と仲良くしてるのを見ると陰で悔しそうな顔をするのだ。
普段は高圧的な態度でツンケンしているくせに、そういう時だけ嫉妬して可愛い姿を見せるんだよな。あるあるだ。
……ダメだ。現実逃避をしてる場合じゃない。
「はぁ……これからどんな顔して会えばいいんだよ」
正直、これまで通りの態度で接する自信がない。
真希の方は恋心がバレていると知らないのでいつも通りだろうが、俺は彼女の恋心を知ってしまっているので、顔を合わせれば絶対に動揺する。
アイツはただの幼馴染。
そう自分に言い聞かせるも、胸のドキドキは止まってくれない。
まとまりのない考えが頭の中を行ったり来たりして、思考が整理できないでいる。
そんな風に、俺はベッドの上で寝転がりながら自分の気持ちを受け止めかねていた。
——そうして、しばらく経った後。
ピンポーンと玄関先からインターホンの音が鳴り響いた。
「っ!?」
この時間帯で家に来る者は限られている。
宅急便が来る予定はなかったし、父親が仕事から帰ってくるには早すぎる時間だ。
ベッドの上で固まっていると、一階から母さんの声が聞こえてきた。
『賢斗〜? 真希ちゃん来てるわよ〜』
「……マジかよ」
来客はやはり幼馴染だった。
昔は学校が終わった後、よく俺の家に真希が遊びに来ていたものだが、今は二人で集まることは少なくなっている。
そのため、今彼女が俺の家に来ているのは結構珍しいことなので、二重の意味で驚いた。
一体何しに来たんだ?
しかも、まさかこんなに早くアイツと顔を合わせることになるとは思っていなかったので、思わず頬が引きつってしまう。
待たせるわけにもいかないので、すぐに部屋を出て一階へ降りる。
しかし、今から真希に会うと思うと、胸の鼓動が更に早くなった。
「いつも通り、いつも通りの感じで……」
やや緊張に身を硬くしながら玄関へ向かう。
彼女の本音に対する考えがまとまらないまま、俺は家の扉をガチャリと開けた。
「…………真希」
「……こんばんわ」
玄関先に佇んでいた、制服姿の少女。
どこか気まずそうに目を逸らしながら挨拶をする彼女からは、素直になれない性格が滲み出ているようで。
夕陽の下にボンヤリと照らされた真希の姿が、俺はなぜか妙に愛おしく見えたのだった。
生意気なツンデレ幼馴染が「好きなのに素直になれない」と話しているのを聞いてしまった件 松之助 @mtnsk999
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