第134話 お弁当

 お重を広げると、歓声が上がった。


「わあー、綺麗!」


「美味しそう!」


「豪華だ!」


 大きな箱は塩にぎりを入れたもの。それ以外は全ておかずであり、重箱に詰めた。


 ブリの塩麹焼きと、アジ団子の甘酢あんかけ。

 煮干しとごぼうのきんぴらに、野菜の肉巻き。

 卵焼きとコールスローサラダ。

 最後はシンプルに唐揚げを山盛りにしてある。


「ちょっと達成感あるよね。重箱の四段重ね」


 しかもそれを四セットも作ったのである。余ったら誰かが持って帰ればいいという気持ちで。

 前日から仕込んでおいたものもたくさんあるが、これだけ作ったのはやりがいがあった。


 さすがに一箇所には集まれないので、わらわらと散らばりながらあちこちで車座になる。

 用意された取り皿が、人から人へと伝わり運ばれていく。


「お味噌汁はこっちでーす」


 と、鍋ごと持ってきた味噌汁を温めたヒナが、炉に置いた鍋の前で手を振る。みんな興味津々で取りに行った。

 やがて、


「みんな行き渡ってるみたい」


「じゃあ、いただきます」


 俺達の場所では準備ができた。


「「「いただきます!」」」


 全ての重箱へ、たくさんの箸が伸びる。


「めんつゆ味の唐揚げ……!!」


 千種は感動していた。

 朝に卵かけご飯だけでお腹いっぱいにして味わえなかったものに。


「わあ……すごい唐揚げ味がする……!」


 唐揚げ味の唐揚げになるんだがそれ。


「ねえ、ソウくん!」


「えっ、なに?」


「これ美味しい♡」


「良かったね」


 意外にも、味噌汁を気に入るアイレスがいた。

 本当に意外だ。

 お椀を飲み干して、おかわりを取りに行っている。


 さて、俺はと。

 小さい瓶に入れて持ってきた煮貫を、塩麹焼きに垂らす。


「やっぱり、醤油味だよな」


 甘しょっぱいのが、稲刈りをした体に染みる。

 まあ、まだあんまり疲れてないけど。

 だが美味い。美味いのは良いことだ。


「あっ、わたしも……!」


「かけすぎないようにな」


 千種が煮貫を持っていった。アイレスと奪い合いながら食べている。

 仲良く食べてくれ。


 さて、ここまではお弁当の力だ。

 ここから、俺が企んでいたメインイベントになる。

 炭を熾して、小さな炉に焼き網を置いた。


「えっ、まだなにか作るの?」


「いや、ちょっとしたアレンジだよ」


 ミスティアが、不思議そうに見つめてくる。

 塩むすびを網に乗せて、軽く焼き目をつけていく。


「このおむすびに、味噌汁にも使ったこれを塗るんだ」


 小分けにして持ってきた味噌を取り出した。

 アイレスが好奇心に惹かれて寄ってきて、指摘した。


「それ腐ってる!」


「腐ってはいない」


 塩むすびに味噌を塗って、もう少しだけ焼く。片面を焼いてひっくり返したら、上に大葉を乗せる。


「おにぎりに腐ったの乗せてる!」


「腐ってないって」


 もう一回否定しておく。


「ォ…………!」


 ミスティアが、すごく驚いた顔で固まっていた。腐ってる物を焼いたおむすびに塗る、蛮行に見えたのかもしれない。


 大葉がちょっとしんなりしたら、焼きおにぎりの完成だ。


「匂いは良いかも! いただきまーす」


「アイレスが食べるんかい」


 とか言うのは千種である。

 うん。なんかそんな気はしてた。

 お味噌汁気に入ってたし。


「もう一個焼いてあるから……あったはずだが?」


「いただきまふ」


 もう一つ焼いていたおむすびは、千種がすすっと持っていた。

 ……仕方ない。いっぱいお食べ。


「あっ、美味しーい」


「炭焼きなんて初めてですよ……! 異世界に来て、初めて炭焼きおにぎり食べてるわたし……!」


 千種が変なところに感動している。


 俺はもう一度同じように焼き始める。

 見ていた鬼族や獣人族も、俺の真似をしておにぎりを焼く。中には、自分たちの家から味噌を持ってくる鬼もいた。

 見たことがない味噌を、子どもたちは焼いて食べるおにぎりという新しさでパクパクと口に運んでいく。


 初めての食材や味を、働いた空腹と楽しさで味わってもらうという作戦だった。

 ここまでは成功している。

 あとは、


「む、むー……でも、唐揚げにも使ってるって……」


 ミスティアが少し悩んでいた。


「食べる?」


 焼きたてのおにぎりを、手元の皿に置いてあげる。


「う……」


 エルフは、じっと視線を注いで考えている。ちらっと焼かれる前の味噌を見て、目を閉じて。そして焼きおにぎりを嗅ぐ。

 うーん、そんなに悩まなくても。

 俺がその珍しい悩み顔を見て面白く思っていると、やがてエルフはかっと目を開けた。


「よし! えいっ!」


 がぶり、と一気にかぶりついた。


「ぇあっ、ちゅちゅっ……!」


 かぶりついて、勢いつけすぎて熱々の部分に舌をやられたらしい。

 口を押さえて、なんとかこらえている。


「ん、んーっ……!?」


 そんなミスティアのことを、ずっと見ていた。俺の視線に気付くと、エルフはさっと頬を赤くした。

 目を泳がせつつもくもくと噛んで、飲んで、


「いまの、その、変な音、無しで……」


 恥ずかしげに主張してきた。食べてる時に音を立ててしまったのが、恥ずかしいらしい。

 耳まで赤い。


 どうしようか。忘れられる自信を、今ので無くした。


「分かってる。なにも聞いてないよ」


 ミスティアはてへへと恥ずかしげに笑っていた。


「かたじけないです」


 心の中の感想とは正反対のことを、きちんと口にできたので俺はえらい。


「で、味はどう?」


「とっても美味しい!」


 にこにこと朗らかに答えたところで、


「美味しいけど、この大葉とか、もっとキツくても良かったわ」


 イルェリーが口を挟む。


「イルェリー?」


 ミスティアが睨むが、ハイエルフの視線などどこ吹く風という感じでダークエルフは続けた。


「もっとクセが強いのも、あるんでしょう? エルフは香草系なら、わりと馴染むわよ」


「山椒の実とか、バジルペーストとか……?」


 今日は子どもが多いので、全体的に甘めの味付けだ。

 エルフとしては、ちょっと不満があったのかもしれない。ふうむ。


「もっと攻めたものも、試してみたらどう? 面白いするかもしれないわよ。そこのエルフから」


 違うわ。からかいたかっただけかも。


「イルェリー、貴女ねぇ!」


他の人間抜きで二人っきり傍点なら、問題ないんじゃないかしら?」

「……そっ、れはそうかもしれないけどぉ」


 ミスティアが勢いを失った。

 なるほど、他の人間がいない。クセの強い食べ物、か。


「実は……獣人族が、すごいもの持ってて」


「え?」


「なに?」


 二人のエルフが、ちょっと興味のある様子で振り返ってくる。


「花椒を持ってたんだ」


 辛味をあまり感じない猛禽系獣人が、ちょっと強い香辛料くらいの気持ちで食べていたらしい。

 激辛で名高い四川料理に使われる香辛料だ。

 これと唐辛子を合わせれば、かなり辛めの中華が作れる。


「顔を真っ赤にする覚悟があるなら、一緒に楽しもう」


「ええっ、意外な一面!?」


「あらぁ……ちょっと気になるかも……」


 ミスティアとイルェリーが、半笑いみたいな顔で身を寄せ合って俺を見る。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだが、


 ……エルフの乱れた顔が、ちょっとまた見たい気持ちがなきにしもあらず……





 みんなで稲刈りをした後は、落ち穂も拾った。

 刈ってる間に散乱した、刈り残しの株や、ぱらぱらと散らばって落ちてしまった稲穂のことだ。


 マツカゼとハマカゼが、一緒に手伝ってくれた。むしろ、二匹がメインだ。俺はほぼ、袋係でしかない。すっきりと刈り取った田んぼの中を、袋を持って歩いて狼についていく。

 走り回る二匹の狼が持ってくる落ち穂を、手にした袋に入れながら練り歩いた。


 鬼族や獣人族と、他の田んぼの様子のことや以前に作った味噌の様子を話したりもした。

 結局、夕方近くまで作業をしてしまい、ラスリューの屋敷に泊めてもらうことになったほどだ。


「ふへぇ~、疲れた~」


 びたんと畳に倒れる千種。ちなみに汗塗れになってヘトヘトだったので、俺が背負って運んだ。


「うーん……俺はまだ元気なんだ。実は」


 そんな千種とは対象的に、女子高生をおぶって運べるくらい、まだ余裕があった。

 たぶんだけど、千種の倍以上は刈り取ったのに。


「くっそー、忌々しい転生者めぇ……」


「そこは一緒だろう」


 一日ずっと収穫してたのに疲れなくて、なんか久しぶりに転生者の自覚をした。

 昔の自分も、収穫を手伝わされた時は、千種と似たようなものだったように思う。

 女神様……この肉体って、ちょっとやりすぎだったのでは?

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