第132話 収穫の日

「おはようございます」


「「「おはようございます!」」」


 お迎えに来たアイレスに乗って、俺達は新天村に到着した。

 稲刈りをするために集まった鬼族と獣人族の面々に混じって、天使もそこにいた。


「お招き感謝いたします、ソウジロウ様」


 にこにこと嬉しそうに、ラフィが笑いかけてくる。

 誘ったのは俺だ。双子の仕事ぶりを確認に来ていたラフィに、稲刈りの話題が出て良かったら来るかと聞いてみた。

 その時は「喜んで」と言っていたが、よく考えたら天龍と仲が悪い。もっと遅く来るかと思ってた。


「……その服でやるの?」


 いつもどおりの、ちょっと汚すのは憚られる格好である。


「はい。お気遣いなく」


 気になる。が、アイレスは地面に転がっても、なぜか立ち上がった時には土一つついていない。

 そういう魔法とかあるのかもしれない。

 まあいいか。





「稲刈りってどうやるんです?」


 千種が手渡された鎌を見つめて、困っている。


「学校の授業とかでも、やったことない?」


「やりませんねえ」


「そうかぁ」


「おにーさんは、学校でやりました?」


「いや、普通に手伝わされた」


「大変でしたねぇ」


「うーん、でも、コンバインに乗せてくれたんだよな。あれが嬉しかったのは、覚えてる」


「あはは」


「まあ、角っことかは手で刈ったから。それを思い出してやろうか」


 もともと、千種には教えないといけないだろうと思っていた。

 のだが、


「ソウジロウ様」


「うん、ラフィも?」


「はい。教えを授けてくださいますか?」


「いいよ。一緒にやろう」


「あ、私もー」


「ミスティアも?」


 意外と集まってきた。

 俺も覚えてることしか言えないんだけどな。


「まず、スガイを腰につけて」


「はーい」


「スガイ……?」


 ミスティアは素直に見様見真似で、俺と同じように動く。千種はぽけっとスガイを見ている。

 ミスティアが手伝って、腰にスガイを装着させた。

 スガイというのは、稲わらを束にしたものだ。後ろ腰に吊り下げて持ち運ぶ。


「じゃあさっそく、やって見せようか」


 作業用の手袋をして、鎌を手にする。

 収穫のために水を抜いて乾いた田んぼに降りて、実演しながら教えていく。


「まず、スガイから何本か藁を抜いて置いておく」


 腰の後ろから稲藁を引き抜いて、地面に置いた。


「稲刈りには、ノコギリ状の鎌を使う。利き手で鎌を、逆の手で稲を握ってから、根本近くを刈る。楽だから逆手で稲を掴みたくなるけど、必ず順手で持つこと。ヘタすると親指が切れるから」


 たわわに実った稲の株を握り、鎌で握ったところより下から刈る。

 バサッ、と一株の稲が揺れて手の中に収まる。


「だいたい片手で無理せず握れる程度を、まとめながら刈っていくんだ」


 切った一株を握ったまま、隣の株を握って刈り取り、それをくり返していく。


「いい具合に束になったら、さっき置いた稲わらの真ん中くらいにちょっと斜めに置く。次の束を置く時には、下の束と交差するように置く。この束を三つ重ねる」


「ふんふん」


 バサバサと稲を刈っていき、束を重ねたら、田んぼに鎌をちょっと刺して置いた。

 置いた稲わらを指でくるくると捻って紐みたいにしつつ、稲束を拾い上げてまとめて縛る。


「束ができたら、最初に置いた藁をひねって締めて、稲束を縛ってまとめる。これで稲束の完成だ」


「ほわー」


 千種がぽかんと口を開けて、束になった稲を見る。


「なんか見たことあるかも」


「千種はなんでもそういうこと言う」


「あっ、そうですね。言ってる気がする」


 開き直られた。


「これで完成……? これで食べられるのですか?」


 ラフィが疑わしそうに言った。その感覚は正しい。


「いや、畔に置いておいて、後ではさがけするんだ。そのために縛ってる」


「はさがけとは?」


「稲を掛けて干す……台というか、物干し竿みたいなのがあるんだ。それが稲架はさ。稲束を稲架に掛けて干すのが、稲架掛け。そうやって刈り取った稲を、乾燥させるんだ」


「あー、そうなんだ」


 千種が感心してうなずく。


「だが、異世界は違う」


「えっ」


「前もって鬼族に確認したら、乾燥は魔法でやるらしい」


「えええっ!?」


 獣人族や鬼族にも、魔法が使える人がいる。

 この世界では、どんな種族も絶対に覚えるべき魔法があるという。乾燥の魔法だ。

 生物には使えないが、洗濯物や収穫物には使えるらしい。

 かなり使い勝手が良くて、干物や干し肉など保存食を作るのにも使われる。

 それで分かった。もしも乾燥機があったら、食料保存は発酵させるより乾燥させた方が早いし失敗も少ない。そして乾燥させたら、煮込んで食べた方が美味い。


 稲架掛けして天日干しにするのは、小鳥などの雑穀を食べる害獣にとっては絶好の狙い時だ。せっかく育てた稲が、無惨にも貪り尽くされてしまうことすらある。

 天候次第で、干した稲が台無しになることもある。雨に濡れたり、風で飛ばされたり。

 それらの問題も、乾燥魔法はかなり解決してくれる。


 そして、


「乾燥魔法を開発した種族が、天使族です。乾燥魔法を教え広めることができるので、教会での地位が上がりました」


「ということらしい」


 意外と納得の理由だった。


「なので、すぐ足踏み式脱穀機ガチャコンにかける。畔に積んでおけばいいよ」


「魔法って便利……」


「だね。俺も使いたい。って千種は使えるじゃないか」


「あっ、収穫なら触手使えば楽かもです」


「俺だけなんにもできないな」


 困った。


「ソウジロウが、開拓して開墾して脱穀機作ったのよ。なんでもやろうとしすぎなんだから」


 ミスティアが笑って諌めてくる。まあ確かに。 


「よし、普通に収穫がんばるか」


「まっかせて! いつも美味しいご飯もらってるから、その分ちゃんと働いてみせるわ。がんばります」


 ミスティアが力こぶを作って胸を張る。頼もしい笑顔だった。

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