第131話 米を刈るため米を炊く

 煮貫がもたらした醤油味のことで脱線したが、仕事に戻ろう。


 朝早くから厨房に立っているのは、千種を泣かせるためではない。

 お弁当を作るためだ。


 たっぷりとつまみ食いをした分、働かなくてはならない。


「おむすびを作ってもらう」


「わー」「おー」


「うへぁ……」


 ホロウとフウラと並べたところに、千種も捕まえて、炊いたご飯が入ったお櫃をどんと置く。


「君たちには今からこれを全部、おむすびにしてもらう」


 お腹いっぱいにご飯を食べたばかりの千種が、気の抜けた顔で俺を見る。


「すごく多いですね……」


「今日は新天村に、お米を収穫しに行くからな。手伝いをお願いしたら、鬼族も獣人もいっぱい来てくれることになった」


 とっくに言っておいたけど、とっくに忘れている顔の千種である。


「ほへー、なんでおむすび? あっちでなんか作ればいいのに」


「収穫する時は、お弁当だろ」


「そうなんですか? なんで?」


「……なんでだろう」


 昔やった時なんかそうしてたし、そういうものなんじゃないか。


「おにーさんが、作らなくてもいいのに」


「普段の田んぼの世話を任せてるし、いま食べてる米も種籾も、鬼族からもらったんだ。これくらいは、させてもらわないと」


 さすがに忍びない。


「開拓も開墾もしたのに~」


「それはそれ。これはこれだろ」 


「これ?」「そーれーそーれー」


 というわけで、三人におむすびを任せた。

 茶碗にふわりと米を盛って、まな板の上で逆さまにひっくり返す。あとは、手で形を整える。

 やることはそれだけだ。


「ぎゅっ」「きゅっ」


「と握っちゃダメだからな。形を整えるだけでいいから」


「こんなもんかな……」


 意外にも、早くコツを掴んだのは千種である。

 塩むすび班は、千種に任せよう。


 俺はおかずを作る方に回る。


「お待たせ。大丈夫?」


「卵焼きをこんなに焼いたの、初めてです」


 卵焼き用の鍋で、ヒナが忙しくくるくる巻いている。

 できあがった卵焼きが、すでにたくさん皿に積まれていた。


「こうやって並べると、最初のは巻くのを失敗してる気がして。あまり見ないようにしていただけると……」


「いやいや、ちゃんと最初から上手だから」


 数をこなすと上手くなるものだ。

 卵焼きを一本取って、すすすと切り分ける。切り口を上にして並べると、


「綺麗に巻けてる。それに、美味いよ」


「ありがとうございます」


 さて、と俺は別の鍋を見る。

 油は良い具合に温まっているので、準備完了。

 切り分けてめんつゆで作った液に漬けておいた肉に、小麦粉と片栗粉をつけて衣をつける。


「ついに定番の唐揚げに……醤油味の下味をつけられるようになったんだな……」


 しみじみと口にする。

 唐揚げの下味なので、めんつゆでもぜんぜん良い。煮貫を少し酒で薄めたものに、にんにくと生姜と胡椒を加えて、肉を漬けてよく揉んでおいた。

 片栗粉と小麦粉を入れて衣にしたら、胡麻を入れてもう一度混ぜる。

 あとはからっと揚げるだけ。


「うん、よし! ほぼ定番の味がする」


 唐揚げは美味い。定番の下味が作れたのだから、鉄板で美味い。

 そして、


「ホロウ、フウラ。おいで」


「はーい」「きました」


「食べてみて」


 双子を呼び寄せて、半分に切った唐揚げを差し出す。

 獣人族に醤油味が受け入れられるか、確認だ。


「どう?」


「「キャ~~~!!!!」」


 二人は叫んでくるくる踊りだした。


「うれしい~!」「おいしい~!」


「喜び方がダイナミック……」


 反応が良すぎる。


「獣人族は、全身で生きていますから」


 ヒナがそんな解説を入れてくれる。

 ともあれ、煮貫の唐揚げはみんな食べられそうでなによりだ。味噌でも醤油でも、唐揚げの下味にはよく合うものだし。


「さて、他にもたくさん作るから、塩むすび全部やってくれ」


「魔法使いが魔法してます」「あれこわいので戻りたくないです」


「魔法?」


 作業台を振り返る。


「にゃるぅ……ふわぁ、ねむい……」


 お腹いっぱいになって満足げな千種が、ぬめぬめと光る触手でおむすびを握らせていた。


「こらー!」


「にゃっ!?」


 千種いわく、玉虫色に見えるのは粘液じゃなくて物質に分類できない何かだから、とのこと。


「それでもやめなさい」


「はい……」


「あるじ様、お早く」


「ごめんごめん」


 お弁当作りは、朝から大わらわだった。

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