第124話 おもてなしサンプル

「さて、なにを作ればいいと思う?」


「ぇ……わたしに、訊くんですか?」


 ぽかんと口を開けて、沈むようにモスファーで座る千種がいた。

 使っているのは、客室というか客用の小屋だ。


「侯爵令嬢のおもてなしグッズを作ることになって」


「はあ」


「王宮務めだったんだろ? その時にほしかったものとか教えてほしい」


「うわあー」


 千種がしかめっ面をした。


「うわあってなんだ?」


「あっ、いえ、最近それよく掘り返されるなーって思って」


 俺以外にも千種に聞いた人間がいた、ということらしい。


「侯爵令嬢が来るのは、一大事みたいだしなぁ」


「王宮は、まーじでヤなこと多すぎだったんですけどねー……」


 手頃な大きさのクッションを手繰り寄せて、ぎゅうっと抱き潰す千種。クッションの中に埋もれていく。


「うーん……まあほら、千種が当時言えなかった愚痴を、いま言ってもいいチャンスだと思って……」


「えっ? まじですか? めっちゃありますけど」


「ああ、いいぞ。いっぱい言ってくれ」


 ローテーブルにお菓子とお茶をたっぷり置いて、手招きする。


「おかわりもある」


「わあい」


 千種は喜んで寄ってきた。


「まずですね、なにが嫌だったってご飯ですよ。というかパンです。庶民は灰色の硬いパン食べてて。貴族でも茶色。ぜんぜん膨らみ足りないやつ」


「あれ? でも小麦のパンはあるだろ」


「あるけど、白いのはお菓子みたいなものだから、そればっかり食べてると精神が軟弱になるって悪口言われました」


「実体験なんだな、そこ……」


 雑穀などの混ぜものが多いパンや、ふすまのパンだろう。

 確かにふすまパンの方が栄養価は高い。だが、硬さや酸味がある。膨らみ足りないのは、保存のためだろうか。


「クッキーがクッキーじゃなくて乾パン。砂糖めっちゃ多くしたのを作ってもらって持っていったら、明らかにホストよりお金をかけたお菓子で見栄張ったと思われて。食べ物って、マナーとか信仰がうるさすぎません?」


「そうだなあ。日本人が寛容なのもあるけど」


 昔の日本では、肉食禁止令が出ていた。牛馬とは貴重な労働力であるから、それを食べられるのは困るという説もある。

 まあ、食べられないなら禁止令をわざわざ出さないものだが。

 肉のことを『さくら』『ぼたん』『山くじら』『もみじ』などなど、別の名前で呼ぶ文化がある。「肉ではないです」という言い訳を使いつつ、こっそり食べるために生まれたものだ。


 まあつまり、大っぴらに食べるのは避けてたはず。


 千種がやったのは、古代日本で「牛肉どうぞ!」と宣言して相手に差し出すような行為だったのかもしれない。

 現代でも、パスタを折るとイタリア人と戦争になるというし。

 なんてことは、千種には関係無いので言わない。


「自分から招いておいて、相手の食べ物で悪口を言うのは、ちょっとひどいよな」


 相手にどんな事情があろうとも、そこは変わらないからだ。


「そうですよね!!」


 千種が拳を握りしめてうなずいた。

 守ってほしいなら、伝えればいい。千種は相手の都合を知ったら、それをやらなかったはずだ。


 ……あ、内輪ルールがあって、それを守らない新人を攻撃するやつか。


 ブラック企業にもよくあるやつだ。社内ルールだとか言って、実はただの俺ルールだったパターンすらある。

 王宮ってもしや、ブラック企業なのでは?


「そういうのが色々あって、もう食べられるものが全然無かったですね……。みんながよく食べてるのは不味いし……そんなこと言えないし……」


 食事そのものが嫌になってくるやつだなそれ。


「千種は、初めて見た時すごい痩せてたからな」


「あっ、いま太りました?」


 自分の頬をきゅっとつまむ千種。

 俺はそんな千種を見た。


「うーん……前より、可愛くなってると思う」


「ふえっへへえ!?」


 変な声を出す千種。相変わらず褒められに弱い。


「いっぱい食べてくれて良かったなって思う」


 見てて不安になる枯れ木みたいだった腕とか、今はよく食べさせてよく働かせてるので、ちゃんと肉がついてる。

 ほんと、捨て猫みたいな状態だったからな……。

 アイレスと取り合いしてても、強く怒る気になれない。いっぱい食べようとしている姿に、安心してしまうので。


「あっ、あっ、そんなアレのそういう置いといてでゅへへ」


「そうだな。まあ食べ物は、ブラウンウォルスはだんだん美味しいもの増やしてるし。相手の好みとか常識もあるし」


 主にセヴリアスやカルバートが張り切ってる。漁村でも魚の干物とか煮干しとかで、少し交流がある。


「他には?」


「なにが?」


「だから、侯爵令嬢のおもてなしグッズだよ」


「あっ、そういう話でしたっけ」


 忘れてた顔で言う。


「ほら、千種にはいろいろお部屋グッズ作ったと思うけど、王宮に持っていくとしたら何がいいか、とか」


 千種は真顔で即答した。


「なんでも。ぜんぶ」


「ざっくばらんすぎる……」


 千種には全部持っていける魔法があるので、本当に根こそぎ持っていきそうだ。


「一つずついこう」


「クッション。クッションは外せないです」


 ぎゅっとクッションを抱きしめる千種。


「あとムスビさんの作ってくれるシーツとか毛布とか、あれは希少な魔獣の柔毛だけを使ったふわふわのものなので、必須」


「なんか、肌触り中心だな」


「家具って、そういうものですし。おにーさんもマツカゼよく抱っこしてるじゃないですか」


「あれはマツカゼが……いや、うん、そうかも」


 抱っこというか、膝に乗せてることが多い。温かいし柔らかいし撫でたいし。


「あと温泉ですね。毎日広くて綺麗な温泉で、ぬるくならないし最高」


「さすがにそれは無理」


 持ち運べない。


「じゃあ、なんかリンスとか。石鹸で洗うと、頭がきゅうきゅうするので……」


「うちの温泉だと、大丈夫なのか?」


「だいぶ平気です。っていうか、お湯だけでいいです」


 あの温泉の源泉はラスリューからもらった宝珠だ。浄化の力があるので、洗浄力すごいのは分かる。でも、髪が良くなるのはなんでだろう……。

 まあいいか。


「つまりまあ、化粧品だな」


 そういうものはイルェリーが詳しかったはず。頼んでおこう。


「他には?」


「他に? うーん、王宮に持っていくなら……家も欲しいし、寝っ転がれる草の広場も欲しいし、たまにしか構ってくれないけどわんこも欲しい……優しい陽キャのおっ──エルフも欲しい……」


 欲望が千種の口からダダ漏れている。大丈夫か女子高生(偽)。


「全部じゃん」


「だから全部なんですって」


 改めて言う千種。なんてやつだ。

 人選を間違えたかもしれない。イルェリーなどに相談した方が、良かっただろうか……?


「あっ、でも逆に考えてですね」


「うん」


「おにーさんが作ってくれたもの、全部大好きなので、全部喜んでもらえるということではないでしょうか」


 へらり、と笑う千種だった。


「……クッキーお食べ」


「もう食べてますけど」


 でも差し出されたらサクサクかじりつく千種。


「よし分かった。作るもの作っていこう。テストを頼むよ、千種。都落ちの経験を活かして」 


 サクサクとクッキーを頬張りながら、千種はうなずいた。


「任されまふ。二度と戻りたくないですけど」

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