第121話 侯爵令嬢
ブラウンウォルスにて、セヴリアスとカルバートに会っていた。
酒場で席を借りて、お茶を飲みながら膝を突き合わせている。屋台が順調なことや便乗商法がずるいとか、ひととおり近況を聞いていた。
その中で、
「侯爵令嬢が来る?」
「そうなんだ。おかげで親父がピリピリしてて困る」
「うちの親も、面倒そうな顔してたな~」
そんな話題が出た。
料理を教えているうちに、二人の態度はだんだん親しみのあるものになってくれた。
俺としては畏まられるよりは、これくらいの方が嬉しい。おじさんは若い子に受け入れられると、喜ぶものなのだ。
それはさておき、侯爵令嬢というホットワードが気になる。
「その侯爵令嬢が来るっていうのは、悪い話なのか?」
「いや、良い話ではある。あるんだけど、個人的に大変そうで」
セヴリアスが、珍しく気難しげな顔をする。
「なあ、なにかあるのか?」
カルバートの方に訊くと、骨太商人はお茶を一口飲んでから答えた。
「まず、郷長はブラウンウォルス家が成り上がりの子爵家ってのは、知ってたよな?」
「武功で王家の覚えがめでたくて、半分くらい放棄してたこの領地をもらった」
以前に聞いた、ブラウンウォルス家の話を口にする。
「そうだ。でも、そのへんの傭兵に、領地をぽいっとやるわけにはいかない。だから貴族にする手続きがあった」
「手続き」
「王は領地を与えると言って、侯爵はそれをやらされて、伯爵に傭兵セデクを養子にさせてから、領地を受け取らせたんだ」
王家→侯爵→伯爵という仕事のバトンリレーが起きていた。
なぜそんなことが起きるのか。なんとなく予想はつく。
「派閥問題のためか?」
「大正解。察しが良い」
カルバートはうなずいた。セヴリアスは、黙ってかくんとうなずいている。説明を面倒くさがって、友人に丸投げしている顔だ。
前世で転職した、親族経営のブラック企業で体験したことだ。社長と専務が派閥争いをしていて、それ以下の部長や係長はどちらかの派閥に抱き込まないと安心しない。
少なくとも派閥の関係者にした、という焼き印を押してからでないと、役職を与えられない。
どちらにも与さない自由な輩は、どちらからも攻撃されて勧誘される。
「つまり、派閥の上司が視察に来るようなものか。しかし、なんで急に?」
「神殿の建立は、一大事だぜ。しかも、領地を寄進してないのに、費用を教会持ちで建てるんだ。そのへんの行商人だって、何事だって思うね」
「はあー、そうか。あれかぁ」
ラフィが代行権限とやらで、神殿をこの街にどっしり建てる。
その余波がこんなところに。
「侯爵はこの街が教会に骨抜きにされないように、セデク子爵を伯爵にするつもりだろうって噂だ。と言っても、王家からはもともと伯爵位で叙する予定があって──」
「いや、ごめん。もう覚えきれない。やばいくらいシンプルにして」
「侯爵家は『今度は本当に出世させる。嘘じゃない証拠に、娘を遊びに行かせるぞ』って言ってる。主に、周りの貴族に」
なるほど、わかりやすい。
「で、出世は良い話だけど、接待役のセヴリアスは侯爵令嬢が苦手だ」
「へえ、意外だ」
まだ知り合って間もないが、セヴリアスは人付き合いが苦手なタイプではない。
「なんか、俺ってあの子に嫌われてるっぽい? から……」
本人がついに口を開いた。不思議そうな顔をしている。
「会ったことあるんだ?」
「昔。貴族社会の交遊を覚えるようにってさ、王都にいたんだ。そこで。なんか嫌われてて」
若者の言う”昔”はどれくらいだろう。
三年か五年か、そのくらいか。
「なにかやった覚えは?」
「……すごく昔のことらしいけど、うちの父が王都で流行ってたスポーツを”ひとり遊びより恥ずかしい行為”って、王に悪口言って」
「うん」
「前まで流行ってたそれが、だんだん人気無くなったんだ。それで興行してた家の子が、彼女のお友達だったとかで」
「一族ごと嫌われた?」
「そういうことらしい」
家同士に引き裂かれる男女の仲。
恋物語なら熱烈に盛り上がるんだが、どうやらそういう運びにはならなかったらしい。
「そのスポーツって、なんだったんだ?」
「獣飛ばしって言って、小さいキツネとかうさぎとかを、高くぶん投げて落として殺す遊び」
「うーん……」
俺には、楽しそうとは思えない。
「ウサギの相手がしたいなら、剣を持ってうちの領地に来ればいいんだ」
それも別に楽しくはないけども。あの一角兎は、普通に人が死ぬ。
「それを真に受けて、ここに来るわけじゃないよな?」
思わずそう言ってしまう。セヴリアスは、笑って首を横に振った。
「まさか。気になるのは三つだと思う」
三つかぁ。
「一つは、ブラウンウォルス家だよな」
セヴリアスを向く。
「二つ、もちろん郷長のこと」
カルバートが俺を向く。
「三つ、〈黒き海〉のイオノ」
そしてセヴリアスも俺も向いた。三つのうち、二つがこっちだった。
「千種が?」
「話題になってるぜ。王宮から出奔して、神樹の森に隠遁して、王からの書状も破って燃やしたとか」
面白そうに言うカルバートだ。
「たぶん、いくつか誇張されてるけど」
千種から言わせれば、たぶんぜんぜん違う話が出る。少なくとも、破って燃やしてないのは確かだ。
「ダンジョンを土地ごと潰したり、王宮では貴族子弟の頭をおしゃかにしたり、えぐい話には事欠かない魔法使いだしな」
その話はちょっと初耳かもしれない。
「千種は、悪気があってやらかすわけじゃないんだ」
「”やらない”とは、言わないんだな……」
呆れ顔の青年たちに見つめられて、目をそらす。
「前向きに考えよう。逆に、侯爵令嬢が味方についたら、神殿も千種も良い噂になるんじゃないか」
侯爵がそれほどの重要人物なら、その令嬢をおもてなしして誤解を解くチャンスなのでは。
俺が提案すると、二人は「おお」と軽く驚いた顔をした。
「ん、なに?」
ちょっと意外な反応だったので、首を傾げる。
「いつも無欲な郷長が、ちょっと欲ばってる」
「期待してるんだな、神殿のこと」
「うっ……」
若者二人にそんなことを見抜かれて、言葉に詰まる。
恥ずかしいが、
「……ちょっとそうかも」
女神アナの回生というあの話が、ちょっとだけ俺の心を浮足立たせていた。
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