第十三章

第116話 郷長のお仕事

 異世界において人知の及ばない神の力が宿る森。神樹の森。

 神の加護が宿る地で育つ樹木は堅く大きく、そして何より、神性に満ちていた。

 大自然は人に恵みをもたらすが、同時に大いなる試練にもなりうる。

 自然が強すぎれば人は試練の前に屈服し、ただの獣同然に日々の寝起きだけで命を懸けることになる。


 神の加護が宿った大地は、それを失った人間にとって大いなる脅威にすらなりつつあった。

 しかし、神樹の森を開拓して、神代のように森の恵みを伝えられる人間が現れた。

 神祖アナが遣わした転生者にして神璽レガリア。女神の加護と神器を備えた人間。

 桧室総次郎。

 千年手つかずの森に女神の祝福をもたらすために、彼が神樹の森を切り拓いて設えた小さな郷里──それこそが『ミコトの郷』である。


「っていうところかな。公式には」


「……うーん、そんなにかしこまったところでもないのに」


 エルフのミスティアに説明してもらったミコトの郷は、なんだかとても立派な男が作っていた。


「どんな街も、由来を語る時は立派にするものだからねー。それに実際、すごいことをしてるんだからいいじゃない」


「すごいのはアナ様だし」


「だったら、女神様のためにもこれくらいの語り口でいいと思うわ」


「それはそうか」


 納得のいく話だった。



 ミスティアに、この内容で母にこの郷を紹介するけど良い? という確認をされているところだ。

 ミスティアの住んでいるのが神樹の森だとは知っているが、そこがつい最近になって急速に開拓されて郷を作りあげた。

 公式にどういう郷なのか、というのがエルフ種族的には気になることらしい。


 不肖ながら俺が郷長をしているので、俺の署名とかも必要らしい。不思議なことに。

 ミスティアの用意したその文面に同意して、署名を書いておいた。漢字だけど、いいんだろうかこれ。


「ありがとう。じゃあこういう感じで紹介しておくから」


 ミスティアは気にしてないみたいなので、まあいいか。


 郷長。俺が郷長か。

 昔、そう呼ばれてた人がいた。子供だったので、なんか偉い人なんだろうなくらいにしか覚えていない。

 でも、農家の爺さんが話をしておくみたいなことも言っていた。

 俺も、この郷で相談されることがあるかもしれない。その時はまあ、がんばろう。



 さっそくヒナから相談が来た。


「あるじ様、お野菜が多すぎるのですが、どうしましょう……」


「うん。〈クラフトギア〉で保存はできるけど、食べずにいるのはもったいないよな」


 俺もそれ考えてた。

 がんばろう。

 あんまり郷長っぽい相談じゃないけど、そんなものだ。名ばかり郷長である。


 ミコトの郷には、菜園ゾーンがある。

 そこには今、萌える緑に包まれた畑があった。

 俺は、畑を見ているウカタマに声をかけた。


「今日はどのへんから収穫がある?」


 ウカタマが振り返る。アルマジロめいた顔つきの精霊獣は、爪をふわふわと自分の周囲に生える草に向けてさまよわせた。


「このへんから?」


 うなずくウカタマ。

 薄緑の草の根本を、精霊獣がさくさくと掘り起こす。すると、その太い根っこが頭の方を露出させた。

 人参である。


「これもやっぱりでっかいな」


「うへあ、大根みたいな太さしてる」


 一緒に畑に来ていた千種が、横から覗き込んできて言う。


「普通の二倍くらいでっかい」


「このサイズでも味が良いのは嬉しいけど、ちょっと想像以上にすごすぎたな……」


 神樹の森は神の祝福がある森だ。今までそれは主に、樹木へと向かっていた。この地で成長する木が、鉄のように硬く異常なものへと育つために。


 その木を伐り倒して畑にして、野菜を植えた。地力は当然、野菜の方へ向かったらしい。


 結果、普通より二倍早く成長した野菜が、二倍大きく豊かに実ってしまったらしい。


 そしてそれは、人参だけじゃない。


 精霊獣リドルズと妖精樹ドリュアデス、その二つの存在はどうやらお互いをライバル視したらしい。


 競い合って畑や果実を多種多様に菜園ゾーンで育ててくれた。


 今の菜園には、野菜に果実、薬草に香草、調味料やキノコまで生え育っている。


「野菜ほんとにいっぱい食べないといけないな、これ」


 夏野菜の採れすぎ問題が、発生していた。


「……そういえばあの爺さんも、おすそ分けに困ったら郷長に持っていけって言ってたような」


 一周回って合ってるような気がしてきた。

 がんばろう。

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