第114話 問い詰める時


「俺が木こりって、名乗ってもいいと思う?」


「無理です」


「やだー」


 最初に思いついた名乗りは、千種とアイレスに一瞬で却下された。なぜだろう。


「やってること、木こりっぽくないし」


 アイレスは直球で言ってくる。

 確かに自分でも、ちょっと違うかなとは思ってた。


 まあ、木を切ること自体を生業にしてるのと、それを加工してるのは、違う職種だよな。


 農家と加工業者は、分けておくというか。


「なんて名乗るべきなんだろうか……」


「唐揚げの神」


「史上最強レガリア暫定王者」


「どっちも嫌だなそれは」


 君たちそんな風に思ってたの?





 拠点に帰ってきて、名付けに悩んでいた。


 この拠点が村を名乗り、自分が村長を自称するのか。


「何かが違うんだよな」


 ここが村という感覚がない。

 村といえばもっと……何かもっと違うような……。


「どうしたの?」


 イルェリーが現れた。


「いろいろあって、拠点に名前を付けようと思ったんだ」


「あらようやく」


 ようやく。とは。


「なんでつけないんだろう、って思ってたわ」


「言ってくれても良かったのに」


「ミスティアに聞いたら、たぶん忘れてるだけだけど、ソウジロウがその気になるまで待ったほうが良い。って言われたの」


 意外なところでそんな配慮が。


「ソウジロウは、欲しいと思ったときの方が、真剣に考えるからって言ってたわ」


「見透かされてる……」


「理解されてるわね」


 イルェリーが腕組みしてそう言ってきた。

 そのとおりですね、はい。


 しかし、ミスティアにまで気を回されていたとは。俺の不徳の致すところ。


「難しいな。自分をなんて呼べばいいのか、か」


 手の方に従えば『職人』だ。ただ、それだけというのも、微妙に違う気がする。

 かといって、仰々しく王とか名乗るのは嫌だ。国とか言えるようなこと、してないと思うし。


「……私は、錬金術師を名乗っているわ」


 イルェリーが、いきなりそんなことを言った。


「大昔の話。魔獣の毒と魔女の薬を、両方とも飲んだことがあるわ。どうして、こんなにひどい味になるんだろうって思ったわ」


 べっ、と舌を見せて指さすイルェリー。


「『どうして』を学んで、自分で薬を作るようになった。毒や石や草をよく集めても、蒐集家とは名乗らない。それを使って錬金術をするから、私は錬金術師」


「それは確かに」


 うなずく。

 よく分かる話だ。


「集めたり作ったものにまとまりがないなら、細分化するよりも、広義にまとめる言葉を探すの。きっと見つかるわ」


 思いのほか。ストレートにアドバイスだった。

 とても助かる。


 イルェリーが言ったことは、まさに俺の悩みの原因だ。

 家を作ったり像を彫ったり、お風呂を作ったり釣り竿を作ったり、まさに節操無しにあれこれと手を出した。


 木こりや木工職人、農民、それともサバイバーか。専門的な言葉にするたびに、別のことが頭をよぎる。


 自分自身をどう説明すれば伝わるのか、ちょっと分からなかった。


「その方向で考えてみるよ。ありがとう」


「そう。良かった」


 イルェリーはそう言って、立ち去ろうとする。


「あ、待った」


「? どうしたの?」


 呼び止めた。そういえば一つ、聞かなければいけないことがあった。


「ミスティアのことを、事細かに聞き回ってるらしいね。何か、思うところがあるのか?」


 本人に、直接確認してしまうことを選んだ。

 俺にも千種にも、探偵じみたことは無理だからだ。


 これは一見して楽な方法に思える。

 だが、一つだけ大事なことがある。


 そうしてしまうと必ず、自分はその関係者になってしまう。一区切りがつくまでは、話し合いをつけなければならなくなる。


 だから、千種はやりたくなかったんだろうなー。


 中途半端に首を突っ込んで何もしない、などとやれば、アイツは興味本位の野次馬で不義理だと思われてしまう。


 でも、


「誰から、そんなことを聞いたの?」


「少し思っただけだよ。ミスティアのエピソードに、ものすごく食いつくなって」


 ちゃんと話して背負う覚悟だけあれば、確実に真実へと近づける方法でもある。


 俺の答えに、ダークエルフはごく小さなため息を吐いた。


「そんなに、露骨だったかしら……」


 ということは、どうやら本当だったようだ。

 そして、遠回しにだけど『本当に聞きたいの?』という意味の答えでもある。


「どうして、そんなことを?」


「それは、ここの管理人としての質問?」


 質問を返された。

 面倒くさいことになるかもよ、と覚悟を問われている。


 管理人か。

 そういえば、俺はイルェリーにそう自己紹介した。


 つまり、俺がこの拠点を管理するための義務で、聞いているのかということだろうか。


「いや、ミスティアの友人として、気になるんだ」


 その言葉は自然と出た。

 千種のように邪推しているわけではない。

 ただ、ミスティアが少し気に病んでいると言っていた。


 そうであるなら、首を突っ込むには十分な理由になる。


 俺の答えに、ダークエルフは少し目を細めた。


「そういうことなら、話してもいいわ」


 イルェリーは美しい顔を近づけて、告げた。

 内密な話をするように、声を潜めて。


「私はあの子を、監視する義務があるわ」


 義務。それはつまり。


「イルェリーは、誰かに言われてやっているのか……?」


 スパイ疑惑。それを思い出す。

 ダークエルフは果たして、ふっと吐息を漏らしてささやいた。


「そのとおりよ。だけど、私は見返りが無くても、ここに来て同じことをしていたかもしれない」


 その宣言はつまり、イルェリーが正しいことと思ってやっている。

 説得することは不可能ということか。


「私には使命がある。必要なのは、ミスティアの情報だけではない。貴方も、それに含まれているわ」


「俺も?」


 驚く。そんな俺に、さらにエルフはにじり寄ってきた。


「そのとおりよ。森のあるじ。古き女神の神璽レガリア。神樹の森の開拓者。ヒムロ・ソウジロウ。……貴方がどんな人間なのか、興味があるの。とても」


 イルェリーは、妖しく微笑んでいた。誘うように。


「貴方は……暗い部屋で、エルフと一緒になりたいと、思うのかしら?」


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