第113話 屋台の若者たち

「わざわざ町まで飛んできたけど、結局なんにもならなかったか」


「疑惑は深まりましたよ……」


 もったいぶった感じで言われて、首をかしげる。

 イルェリーさんの話をできたのは、フリンダさんしかいない。


 当たり前だ。この町のエルフといえばミスティアの方である。


「そうかな? なんか普通の話しかしなかったけど」


「でも媚薬……!」


 千種の食いつきポイントそこかー。


「あれは本人から話を聞いたけど、エナドリだったよ」


「えっ」


「最近コーヒー淹れてるだろ? カフェインと砂糖を濃縮したのを、媚薬って言って、売ってたらしい」


「あー……あ? なるほど」


 納得した。


「ちょっと飲みたいかも」


 そんなことまで言う。俺は首を横に振った。


「たぶん普通のエナドリを思い浮かべてるだろ。でも、この世界に炭酸飲料はないぞ」


「あっ、そっか。ああー……」


 悲しそうな顔で萎んでいく千種。つまり、ただのめちゃめちゃ甘苦いコーヒーだ。


 うーん、しかし炭酸か。

 これが終わったら、イルェリーに重曹を抽出してもらえないか、相談してみよう。


「ねー、なんかやってる」


 ぷらぷら歩いてたアイレスが、何かを見つけたらしい。

 指差す方を見ると、


「屋台だ」


 前は無かったと思う。


 やっているのは二人の青年だ。


 一人はブラウンの髪をした、気怠そうな細身の青年。

 もう一人は、獰猛そうな険のある眉をした骨太の青年。


 気怠そうな方は、地面に置いた竈で鍋を前にしていた。もう一人が、立ったまま商品を包んだり客に売ったりしている。


 いかにも不慣れな手つきで、二人とも始めたてという感じである。

 だが、周りの人は商品を買っている。美味しいのかもしれない。


 面白い。買っていこう。


 ちょうどできあがりを待っていたらしい数人が包みを受け取って、食べながら去って行った。


 屋台の前に立つ。


「すみません」


「はいよはいよ、いらっしゃぁぁああ!?」


 俺を見るなり、屋台の青年が大声をあげた。


「森のあるじ様が! なんで! 聞いてねえ!」


 そんなことを言ってる。あれ、おかしいな。


「会ったこと、ありますか……?」


 覚えが無い。


「〈黒き海〉のイオノと、真っ白な暴風乙女! を連れ歩いてる人間が、他にいるわけもないですよねぇえ!」


 あ、千種とアイレスが原因か。


「意外と有名人だな、二人とも」


「ギルドでアイレスが暴れるから」「チグサが気色悪い魔法使うから」


 お互いを指差し合っている。仲良いな。


「まあいいや。三つください」


「いやっ、いやいやいやっ、これはまだ売り物じゃなくてっ! 知り合いに味見してもらってるだけのやつで!」


 そうだったのか。


「いいよ。食ってもらった方がいい」


「セヴリアス!? 本気かよ!?」


 気怠そうな青年が立ち上がって、お玉を持ったまま一礼した。


「お初にお目にかかります、森のあるじ様。私の名はセヴリアス。セデク・ブラウンウォルス子爵の長子となります。このような出で立ちで、失礼します」


「あ、わわわ私はカルバート! 参事会の会長ドラロの息子です!」


 ちょっと抜けてそうなわりにきちんと挨拶してくるのが、セデクさんの息子のセヴリアス。

 厳つい顔つきで騒がしいのが、ドラロさんの息子のカルバート。


 ……見た目はあんまり似てないけど、性質は似てる気がする。


「桧室総次郎。仰々しく呼ばなくていいよ。息子さんたちがやってたんだね」


 友人の息子さんたちに畏まられても、ちょっと切ない。


 そもそも、


「見た目だと、おにーさんはむしろこっちが近いですよね……」


 俺が若返ってるせいで、セデクさんたちほど威厳を持ち合わせてない。

 傍目には何歳か年下、くらいにしか見えないだろう。


「森王様とか……?」


「いやなんか他にあるだろう。……あれ、ない?」


「無いっすねぇ! 村だったら村長とか、国だったら国王様とか、言えるんすけど」


 なるほど。


 ん? その理論だと、あの森が全部俺の領地だと思われてる?


 俺が行く先々で、大げさな名前を勝手に付けられたり、呼ばれたりする理由が判明した。

 俺はずっと開拓したところを拠点、などと呼んでいた。


 しかし、どういう単位なのかが相手には分からない。

 そして、そこに属する俺はどこの立ち位置で呼べば反応するのかも分からない。


 ラスリューは新天村を”村”と名付けた。村長、とか言ってもラスリューを差してると分かる。


「俺も、そろそろ名前をつけないといけないな」


 あれだけ開拓したので、遅まきながら村長とか名乗ってもいいだろうか?

 でも、あそこが村だと言われるとそうでもないような。


「わかった、考えておくよ。それより、売ってくれるの?」


「売れるほどのものじゃないんで。もらってください」


 揚げたてのものを包んで、渡される。

 まあ、ありがたくいただいておこう。


「むぐ、んー……なんかちがう……」


 さっそくかじりついた千種が、微妙な顔をしていた。

 こら、正直な感想やめなさい。


「そこそこ評判良いんすけどねぇ。足りないみたいなんすよ、親爺どもには! つまり、最初の本物を食べた人には!」


 フィッシュ&チップスみたいなもの。白身魚と芋を揚げた、シンプルなものだ。

 俺が前に作ったやつ。


 すまない、それ俺が知ってる”本場の人”からしたら、たぶん偽物だ。


 こうやって、自称”本格派”の店は増えていくんだろうな。


 しかし、小さいのを選んで渡してくれたのは、そういうことか。味が物足りないと言われるのを、見越してたと。


 気怠そうな顔つきのわりに、察しが良くて先回りが利かせられる。さすがセデクさんの息子である。


「どうですか?」


「よく揚がってるよ。火加減うまいね。才能ある」


「これを売っていくつもりなんすよ。正直なとこ聞きたいっす」


 カルバートくんがじっと見つめてきた。そんな誠実な商売をしようとして。血ですか。


「……ちょっと、魚の下処理がまずいかも。内臓を抜く時とか、包丁やまな板をこまめに洗おう。切り身に塩を振って、臭み抜きとかやろう。あと、衣がダマになってるせいで、口当たりが悪くなってる」


 うわー! って言いながらメモしてるのがカルバード。やっぱりうまくいってないか、と魚を見つめるセヴリアス。


「あと四つか六つくらい言うけど、いい?」


「「お願いします!」」


 頭を下げられた。


 どう考えても屋台で働く必要が無い若者たちが、なんでこんなことをしてるのかは知らないけど、まあそれはドラロさんにでも聞こう。


「あ、そうだ屋台向きのメニューがあるんだ。ラーメンっていうんだけど、今度レシピを書いて渡すね。あと、これは保存食だけど、お湯を入れたらラーメンになるから」


 千種が持っていたフリーズドライのヌードルをあげると、青年二人は大喜びだった。


「これ食べたことないんですよね、父は?」


「これで親爺たちの自慢話に対抗できるっす!」


 理由がだいぶ不純。なにやってるんだあの人たちは。


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