第112話 ダメホームズとぼんやりワトソン


 イルェリーのスパイ疑惑。

 ミスティアのことを微に入り細にわたるまで聞き出すダークエルフを、千種が調査し始めた。


 果たして千種にホームズ探偵役が務まるのだろうか。


「あっ、ミスティアさん、あのっ、変なことはありませんでしたか?」


 ワトソン助手役としては、聞き方も聞く相手も間違えているのでは、と言うべきなのかもしれない。


 ミスティアは首をかしげた。


「うーん、そうね。チグサにそんなこと聞かれるのは、珍しいかな?」


 確かに。


「なあに? チグサも私に興味持ってくれたの? 嬉しいなー」


 しゅばばっ、と千種を捕獲するミスティア。あっけなく捕まったJKがうろたえる。


「えっ、とえっ、きょきょ興味ないわけじゃっ! い、いろいろ聞くのは失礼かもって……! 良い匂い……!」


「失礼なんて、ないない。ありえない。チグサは、私に聞かれるのは嫌だったかしら?」


「あっ、そんなことはないですけどふへへ……」


 スタート地点で挫折し始めた。

 千種はホームズには、なれないな……。


 聞き取り対象に逆襲されて、二秒で陥落している。


「すまない。千種はちょっと、暇を持て余してて」


「あらそうなの? 一緒に村に行く? あそこは畑が大きいから、お仕事はいくらでもあるわよー」


「む、むりですゥ……」


 捕まえた千種の顎を撫でてあやしながら言うミスティア。


 翻弄されつつもか細い声で抗う千草。

 畑仕事か。それもいいかもしれない。


 今年の鬼族は、米も豆もたくさん飢えているらしい。

 初めての土地で収量が未知数なので、できる限りのことをしているという。


 クロワニを見つけたおかげで、田んぼの世話が減った分を、畑に労力を割いて増やしているとか。


「あっ、そういうのは、あのっ、いったん脇に置いて! 置いて!」


 千種が必死の形相で、脇に置くジェスチャーをする。


 やり始めてしまえば、なんだかんだと真面目にのめりこむ。でもやり始めるまでは、かなり手強い。それが千種だ。

 仕方ない。


「イルェリーさんに、なにか言われたりしてませんかっ?」


 もう直球で聞いたな千種。


「イルェリーに? なあに、身辺調査でもしてるの~?」


「そそそそ、そうではないですがっ」


 嘘である。一瞬で見抜かれている。

 なぜわかった。


「怒らないわよ。いろいろと調べられてるって、私も思うもの」


「そうなのか?」


 意外だった。

 千種はともかく、ミスティアまでそう感じていたとは。


「この前ね、チグサに聞いたっていう話を持ち出されたのよ。でも、チグサが自分からあんなに話すなんて、思えないもの」


 そんなところで判断されているとは。


「ほらほらっ。当てずっぽうじゃないんですよ」


 おっと、千種が勢いを取り戻してしまった。

 このまましおしおになってくれれば、すぐに諦めてくれてただろうに。


「ミスティアは、イルェリーがなんで、そんなことをしてると思う?」


「うーん、わかんないかな。今のところ、ちょっとした小言を言われるくらいだし」


「まあ、確かに突っかかり気味ではあるよな」


 思わずうなずくと。ミスティアは困ったように笑った。


「ハイエルフと、ダークエルフだからね。私とは二十年くらいしか歳が離れてないけど、未熟者だと思われてるのかも」


 仕方ないよねーと、ミスティアはそんなことを言った。

 二十年。とても年が近いと言っていたが、人間で言えばかなり離れている。


 ダークエルフは、ハイエルフのように時間の感覚は長くないと言っていた。

 一理はある。


 とはいえ、


「いや、結論はまだ早いよな」


 千種の見張りでついてきたが、なんだか違う流れになってしまった。ミスティアが気にしてるなら、話は別になる。


「でも、別に困ってないからね」


 ミスティアにそう言われてしまった。

 これは『放っておいてもいいことだ』という意味だろう。


 とはいえ、こういうことを中途半端にほじって放置するのも、無責任だろう。仕方ない。


「凝り性~」


「これは千種が始めた話だからな?」


 その反応はどうかと思うぞ。





「なんだい、突然来て。出来上がったブツは渡しただろ?」


 フリンダさんは、急に来訪した俺たちを困惑した様子で見ていた。


「調理道具は、イルェリーから確かに受け取りました。鬼族のみんなも、すごく喜んでます。とても良い仕上がりだって」


「当たり前さね」


 ふふん、と得意げにうなずく。


「追加注文にでも来たのかい? それは歓迎するよ」


「そうですね、俺としては。村でも魔獣の襲来が増えたので、武器の方も相談をしていたいと思ってて──」


「おにーさん……」


 千種が俺の裾を引っ張ってくる。


 おっといけない。わざわざアイレスに頼んで飛んできたのに、仕事の話になってしまった。


 いや、むしろそっちの方が正しいのでは。そんな気持ちも、なくはないが。


 それでも、今日は別件だ。やりかけのことを終わらせよう。


 こほん、と咳払いを一つ挟んで。


「実は、イルェリーに迷惑をかけないようにしたくて。前の職場だと、どういうお仕事をしてたんですか?」


「あ? アタシだって、特別に親しいわけじゃないサ。ダークエルフだろう? 話は分かる奴だし、頭だって良いけど、一緒に酒飲んで素っ裸になれる仲には、なれないサ」


 それがドワーフ流なのは、なんとなく分かる。以前に見たドワーフ族たちを思い出せば。


「頭がいいから、こっちの道理を理解してくれる。仕事仲間としては最高だよ? ただ。エルフはエルフの流儀を崩さないのサ」


 なるほど。なるほど?

 ミスティアは、そんなことなかったように見える。


 気さくでたくましくて、仲良くなろうとしてくれた。


 いや、でもエルフの流儀というか、構えを崩さないのは確かにそうか。

 狩猟は欠かさないし、鍛錬をサボることはしない。綺麗好きだし、自然を愛していて、森をよく見回っている。


 まあ、深酒しまくって裸踊りをするタイプではない。


 ……あれ、つまりドワーフの流儀と合わないだけでは?

 そのうえで仕事仲間としての評価が高いなら、本当に良い人なのでは?


「ただ、媚薬なんかを売ったりする、アコギな商売もする奴サ。気をつけなよ」


 そういえばそれがあった。


「媚薬……? やらしい……」


 千種が目を見開いていた。なんでちょっと笑ってるんだ。


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