第十二章

第111話 その時千種に電流走る

 麦麹、大豆、塩。

 米が麦になるだけで、できあがるものが変わる。

 味噌ではなく、醤油になるのだ。


「あとは、お酒かな」


「わかったわ」


 錬金術師のイルェリーは、発酵させて味噌を造っていることに、強い関心を見せた。


 妖精の力を強く感じる、世にも珍しいものだと言っていた。


 それに、ものをあえて腐らせて、良いものに変える。そのやり方に錬金術師として、興味を引かれたんだとか。


 他にも、似たように仕込みたいものはないのか、と積極的に手伝ってくれる。

 必要なものがあれば、イルェリーの力とツテも使って協力してくれるという。


 そんな提案があったので、味噌と同じように醤油を仕込んだ。そしてさらに、お酒も作ろうとしている。


 醤油や酒は味噌よりも手間がかかる。

 毎日の管理が必要になってくる。


 そうした手間も説明したが、イルェリーはぜひやらせてほしいと言って、引かなかった。


 そうまで言ってもらえるなら、断る理由もない。少量だが、一緒にあれこれと作っていく。


 作りながら、世間話などもした。


「その時にミスティアはどうしてた?」


「かなり頑張って世話をしてたよ。朝から夜までずっと」


 今の話題はヒリィだ。だいぶ自由に乗りこなせるようになった飛竜だが、最初は拾い猫も同然だった。


 ミスティアの献身的なお世話で、ようやく落ち着いたのだ。


「具体的には、どんな風に?」


 という話に、イルェリーはとても食いついてきた。


「ヒリィの警戒心がちょっと強くて。食べるものとかも、慣れた肉以外は食べなくて困ってたな」


「そういうものの見極めも、ミスティアがしたの?」


「そうだよ。いろいろと、手探りでね。ミスティアも飛竜について、勘違いもあったし」


 飛竜は必ず立ったまま寝る、という誤解とか。


「私なら、魔王国に残された文献資料で、少しは飛竜のことも分かったのに」


 ああ、調べたことがあるから、最初から詳しかったのか。納得だ。


「あそこは今も、亜竜を使役する国があるから」


 なるほど。


 ところで、作業中はずっとミスティアの話をさせられている。


 最初は「なれそめは?」なんかから始まっていた。

 そのうち、こちらが適当に話していることでは満足できなかったのか、ものすごく根掘り葉掘り聞きだしてくる。


 俺には前科があるので、どこまで話していいものかも、悩む。


 ミスティア的には、ミスリルの製造工程をバラしたのは良くなかったのかもしれない。

 そういう前科だ。口を滑らせてはいけないが、どこまでがそれに該当するのかも、分からない。


 しかし、


「なんでそんなにミスティアが気になるんだ?」


「悪いかしら?」


「いや、悪いことじゃないけど」


「なら、もっと聞かせてほしいわ」


 そんな感じではぐらかされてしまう。困ったものだ。





 そういうことがあった。そのせいで、千種が妙なことを言い出した時も、強くは止められなくなってしまったのだ。


「あっ、お兄さん。あの、ミスティアさんとイルェリーさんが、また喧嘩してましたよ」


「そんなの、いつもやってるじゃないか」


 ただのじゃれ合いに思うのだが。


「いつもより、ちょっと険悪でした。イルェリーさんが、自分の方が飛竜に詳しいって、言ってて、その……」


「あー」


 ミスティアは伝聞でしか、飛竜を知らなかった。イルェリーは、資料を調べてからやってきた。


 ただそれだけの違いだ。双方共に、ここに来る前に飛竜を飼ったことがあるわけじゃない。


 今はもう二人とも飛竜を実際にお世話してるんだし、そんなに違いはない。はずだ。


 だが、そこでイルェリーからそんな言葉が出たのは、俺のせいかもしれない。


「イルェリーは、ミスティアのことやたらと知りたがるんだよな。だから、仲良くなりたいのかなって、思ったんだけど」


 なにげなく口にしたことに、千種が反応した。


「あっ、わたしといる時も、ミスティアさんの話しかしません」


「そうなんだ」


 はっ、と千種が目を見開いた。

 そして、深刻そうな顔になって言う。


「もしかしたら……魔王国のスパイなのかも……」


 スパイ。


 でんでけでーんでっでっで。頭の中に古典的な曲が流れる。古いか。


「いや、ないだろ」


 こんなところでスパイをして、なにを調べるというんだ。


「むぅ」


 即座に否定すると、千種が唇を尖らせた。秒で却下されたのが悔しかったらしい。


「やれやれお兄さん。自分がいくつ世紀の発明をしたか、わかっていないんですか?」


 ガチャコン足踏み式脱穀機とか、唐箕とかだろうか。いや、ラーメンのことかもしれない。

 いずれにせよ、発明はしてない。再現はしたけど。


 いやいや、そういうことじゃないか。この世界の人にとって、役に立つものがいくつあるのかということだ。


 ……うーん。


「いくつなんだ?」


 実際、よく分からない。


 千種は表情を変えずに言った。


「……いっぱい」


 小学生のさんすうか?


「ここは人間の国の領地だし、宮廷からの使者も、街に来てました。残虐無比って噂の、隣国の魔王なんかが、もう目をつけたのかも」


 千種は興奮して、そんなことを口走っていた。早口になってる。


「喜んでる?」


「そんなまさか。わたしは平穏を守るために、必要なことをしてるだけです。ここを使って」


 額を指差しながら、ふんすと鼻息荒く千種は語った。


 本当か?


「妖精の力とコウジカビが詰まった味噌樽に、興味津々のエルフなんて普通いません」


 なにか味噌に秘められたパワーがあるとでも?

 いや、パワーか。そういえばあったな。


妖精銀ミスリルが作れるから……?」


 ミスティアは甘酒で。時短に使ったとか言っていた。


「あっ、ほら、あるじゃないですか。ぱわー」


 口を滑らせたらしい。

 千種が妙なことを言っている。


「なんで急に、そんなことを」


「わたしたちだけじゃなくて、アイレスも聞かれたって言ってたので。その時から、ぼんやり閃いてたんです」


 それはつまり、暇だから変な考えが浮かんだんじゃないかな。

 正直にそう突っ込むのはためらわれた。


「千種は、もっと働かせておかないとダメか……」


「どうして働かせようとするんですか?」


 責め立てるような顔で言ってくる。

 いや、当然の流れだったと思うよ。俺としては。


「あっ、じゃあデタラメじゃないって証明しますから……!」


「どうやって?」


 反論はしたが、思いついてはない顔で目を泳がせる千種。


「……しっ、調べてきます!」


 千種が駆け出した。

 その後ろ姿を見て。少し考える。


 調べる。なにを。おそらくイルェリーを。

 どうやって?

 尾行する。聞き込みをする。家捜しをする。


 ……千種が。ふむ。


「見張っておいた方がいいか」


 後を追った。

 放っておくと、ちょっと不安だった。


 千種はかつて宮廷にいたので、国際情勢を気にかけてしまうんだろう。人の風聞で物事が動く環境だったから、誰かがやたらと噂を集めているとなると気にせずにいられない。


 まあ、しばらくしたら飽きてくれるだろう。


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