第110話 非常食にも美味しさを

 石を焼いておいた。夜のテントでは思いのほか熱かったが、今はその熱さがほしい。


 焼いた石を船の上に置いて、水をかける。


「あったかい……」


 泳いで冷えた体を、スチームで温めている千種がいる。

 泳ぐと冷えるよね。


 まあ一番泳いでないはずなんだが。


 その姿を見て、思うところがある。


「湖上サウナは……ありだな」


 湖の上にサウナ小屋を浮かべて、その中であったまる。そして外に出て飛び込む。


 絶対に良い。必ず造ろう。


 というか、


「まずは鬼族のために作ってみるか、サウナ」


 俺は気に入っているが、鬼族には無用かもしれない。


 そういう遠慮があって、こっちの村には作らなかった。だが、湖の上で造ってみたいから、お試しで入れる人は使ってくれと言う感じで。


 作るとしたら、乾式で高温のサウナにしないとな。鬼族は熱に強いので、ちょっとやそっとではサウナらしさを感じ取れないだろう。


「おにーさん」


 勝手な計画を立てる俺に、千種が言った。


「ラーメン食べたい」


 なんかすごい唐突だった。


「いいけど、なんでそんな、急に?」


 ちょっと動揺する俺に、千種は目をぱちくりさせて言った。


「海の家は、ヌードルだから?」


 そんな当然みたいに言う。

 まあ、いいけれども。





 というわけで、ラーメンを作ることになった。


 まずは麺を打つところから。


 ぬるま湯に塩を溶かし、卵黄と炭酸カリウムを加えて混ぜる。


 炭酸カリウムは、植物の灰を煮出して濾して蒸留すると得られる。これはイルェリーに頼んだ。


 強力粉と薄力粉を合わせたものに、最初に作った液体を加えて混ぜる。

 ぼそぼそしてきたら、小麦粉をぎゅっと押して塊にしていく。踏んでやってもいい。畳んでまた押して、をくり返していくうちに、しっとりしたらよし。


 少し生地を寝かせて、熟成する。


 熟成したら、生地を伸ばしていく。伸ばし棒を使って、薄く大きくしていく。

 茹で上がりには水を吸ってかなり膨らむので、きちんと薄くしてやらないとものすごく太くなる。

 しかし、力ずくで伸ばすと千切れる。


 何度も伸ばし棒を転がして、ゆっくり確実に伸ばし広げる。

 打ち粉をして折りたたみ、袋に入れて寝かせる。

 あとは、切って茹でればいい。


 これで麺はいい。


 そして、スープ。


 醤油が無いので、必然的に塩ラーメンにしてしまうしかない。


 鳥の出汁を作って、昆布の出汁も引く。


 出汁の旨味はアミノ酸だが、動物性のイノシン酸に植物性のグルタミン酸をプラスすると、相乗効果でもっと美味しくなるはずだ。


 あとは、この出汁にごま油と塩を足せば、塩ラーメンのスープができあがりだ。


 とはいえ、いきなりできあがるものでもないので、ラーメンを食べさせてあげられたのは、後日になったけど。


「わ、ラーメン! すっご!」


 ご飯として出されたラーメンに、千種はわーいと喜んで、


「美味しかった~。ヌードルじゃないけど」


 とか、余計な感想を付け加えてきた。俺は怒った。


 怒ったので、千種に手伝わせた。


 魔法でラーメンを凍らせる。凍らせたものを、さらに密閉容器の中で真空に晒す。


「千種影操咒法──〈六鍵ろっけん〉」


 密室の中を宇宙空間にするとかいう魔法らしい。


「うぅ、必殺魔法なのに……対象がラーメンて……」


 ラーメンでいいだろ。物騒だよ。


 嫌がる千種を働かせて、それはできあがった。


「ほら、千種。ヌードルだよ」


「わ、わぁ~い……いえ~い!」


 ヤケクソみたいな、白々しい喜び方だった。

 演技力は100点満点中の20点くらいかな。


 千種の目の前に置いたしなしなに縮んだラーメンに、お湯を注いで蓋をした。


「あっ、これ、もしかして、カップ麺……!?」


 そこでようやく気づく千種。


「フリーズドライ食品だよ。聞いたことはあるだろ」


「あっ、えっと……?」


 無かったらしい。


 水は標高の高い山では、低い温度で沸騰する。これは気圧が下がると、水の沸点が下がることが原因だ。

 凍らせた食品を真空に晒すと、凍結している水分は0度で蒸発する。


 だから凍結乾燥フリーズドライという。


「俺も湖上キャンプしてた時に、非常食の重要さを思い知ったから。ちょうど試そうと思ってたよ」


 トラブルが起きたときに、満足のいく食事を用意することは難しい。

 こういうお手軽な非常食は、普段からいくつか作っておくべきだ。


「あっ、たしかにですね。わたしがやばいの作っちゃった時とか、なに食べればいいんだろってなりましたし……」


「それ、なに作ろうとしたんだ?」


「あー、パンケーキを」


 ホイップクリームも手作りしないといけない環境で、いきなりそれはけっこう冒険だ。


「イメージが曖昧だったせいで、魔法に失敗しちゃって。プラズマを乱射する細長い羊が踊ってタコと乱闘をやり始めて」


「なにを作ろうとしたんだ?」


「パンケーキです」


 どうしたら、パンケーキ作りが魑魅魍魎の大乱闘になるんだ? どういうことだ?


「……千種、料理がしたいなら、教えてあげるから。一人でやらないでくれ」


「あっ、はい。ヌードル美味しいです」


 それはさておき、フリーズドライ製法の保存食。これは大成功だ。


 千種の魔法以外でも、できないだろうか。

 誰かに相談してみよう。


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