第107話 湖上で顧みる


 マツカゼに運動をさせるために散策して、積み上げていただけの枝から葉を落として、木材として使えそうなものは、すべて船に積み込んだ。


 予定としては、明日の朝にはここを出発し、村の方へ足を運んでラスリューを訪ねるつもりだった。


 しかし、船が動かせることで、なんとなく話は変わった。


 伐採した木の枝。これらは束ねて船に積んだりつなげたりしてしまえば、余さず運べる。


 あとで鬼族や千種に協力してもらえば、これらも運んでいけるだろう。

 しかし、ここまで一人でやれたのに、後始末だけ人の手を借りようというのは、なんとも格好がつかない。


 どうせならこれらの片付けまでやってしまう方が、格好がつく。


 そこで考えたのが、湖から村へアプローチする方法だ。


 船で木材を運びつつ移動して、村へと乗りつける。そこで運んできた木材を、鬼族へ提供する。

 こうすれば、あとがすっきりするということだ。


 来たときよりも、美しく。立つ鳥跡を濁さず。


 ということで、その準備をしておいた。


 船の上と後ろに束ねた木材をセットして、


「よし、行くかマツカゼ」


 船は出発した。湖のさらに奥へと漕ぎ出して、岸辺からどんどん離れていった。


「もうすぐ日が暮れるか。ご飯を作ろう」


 いろいろと予定が狂って、ちゃんとした料理を作って無い気がする。


 最後の晩ごはんくらいは、まともに作ろう。


 と言っても、ボートの上なので固形燃料でできるものの範囲だ。


 森で野草とキノコを取ってきたので、てきとうに切る。

 小鍋にといだお米と水を入れて、そこに魚の切り身と切った具材とバターを上に乗せる。

 あとは、一緒に炊くだけ。


 炊き上がったら、全部をほぐしながら混ぜて、ちょっと置く。

 それで完成だ。


 サケとキノコの炊き込みご飯。

 小さな鍋やスキレット一つでできる料理の中では、炊き込みご飯の類いは、具材とお米を一度に加熱できるので良い。


 揺れる船上で、固形燃料の小さな五徳だけでも作れる。


「美味い」


 現地調達したとは思えないほど、美味しい。


 揺れる船の上で、辺りはすっかり暗くなった。

 夜の水面は、地面より遙かに闇の深い場所に感じてしまう。なにしろ、足下が定かではない。


 ランプの小さな灯りだけでは、まるで自分が暗闇の中に取り残されたようにすら感じる。


 だが、温かいものを食べながら、人心地ついてしまえば、見える景色もなんだか変わる。


「星が、綺麗だな。マツカゼ」


 いろいろと、トラブルが続いた。

 しかし、なんとかそれらを乗り越えてきた。


 準備してきたものはちゃんと役に立ったし、機転を利かせて工夫を凝らし、予定よりも良い船を作れた。


 そのおかげで、村に乗りつけてから、作りたいものもできた。


 沸かしたお茶を飲みながら、空を見上げる。


 そういえば、昔は夜中に眠れずに、キャンプ場でよく星を見上げたな。


 こんな気持ちじゃなかった。明日の仕事が嫌だと思ってた。


 今は、明日が待ち遠しい。


 船で乗りつけたら、ラスリューは驚くだろうか。それに、作りたいものがある。この船に足りないものも、だいたい分かった。


 まだまだ、したいことがある。

 今日の体験を、みんなと話したい。


 一人でサバイバルじみたことをしていたけど、結局、みんなと作ったことを思い出してしまう。


 ずいぶん恵まれた身の上だ。


 おまけに、一人でもない。


「眠いのか、マツカゼ?」


 くわあ、と大きなあくびをしている黒い毛玉を撫でる。

 孤独を感じずにいられたのは、マツカゼのおかげだ。


 温かくて、生の匂いを実感させてくれる相棒。

 マツカゼが湿った鼻を向けてくるので、俺はお茶を飲み干してテントに入った。


 ついてきたマツカゼと同じ毛布に収まって、体から力を抜いて息を吐き出す。


 明日も、作るものがある。


「おやすみ」


 形の良い狼の頭骨をもう一度なぞってから、俺は目を閉じて眠りに落ちていった。





 翌朝。


 船の上で起きた俺は、さっそく新天村へと航路を定めた。

 俺はというか、マツカゼが匂いで探ってくれた方へ向かっている。なので、実際に航路を決めてるのは狼の方とも言える。


 もしかして、俺はせいぜいエンジン兼エンジニアくらいなのでは。


 まあいいか。


「ん、あれ、アタリがきてる」


 船尾に設置していた竿に、反応があった。


 昨日はできなかったトローリングをしていた。といっても、何も期待していない、置き竿くらいの気持ちだったんだが。


 一匹だけ偶然釣れたけど、その後のアタリが無かったので、いっそもっとでかいルアーにしてみよう。

 そう思って持ってきたルアーを、四つほど両側面に貼り付けた木片で、巨大ルアーに改造したのだ。


 これにかかるということは、


「お、おおおおお……!」


 これは相当にでかい。


 釣り上げられれば、鬼族の村に良い土産ができる。


 頑張ろう。


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