第106話 無我夢中の罠
トラブルもあったが、水上キャンプで計画していた遊びをしていこう。
もちろん、釣りだ。
自作したロッドとリールを取り出して、組み立てる。
釣りの腕前は? と聞かれると困る。やり込んではいないが、小さい頃はよく獲物を釣っていた記憶がある。
とりあえず、準備をしよう。
岸辺に上がって、手頃な枝を選んで皮を剥く。沸騰した鍋に突っ込んで、端から曲げていく。ぐるっと輪っかを作ったら、持ってきた網をつける。
持ち手をつければ、タモ網の完成だ。
「……本当は、ボートを作るべきなのでは」
浮かべた土台を眺めつつ、そんなことをつぶやく。
ついテントを優先して考えてしまったから、樽の上に板を渡した感じになってしまった。
ボートなら、
湖は海や川と違って、魚がいるポイントを探るのが見た目では難しい。
魚探付きのボートで行くか、ルアーを投げ入れたまま船を走らせて魚を誘うのが良い。
いっそ本当に、三胴船でも良かったかもしれない。それならそのまま漕ぎ出せばいい。
いや、でも船体が重いな。そんなでかい船を櫂で動かすのは、正直ちょっと大変すぎる。
ということは、やはりボートを作るのが一番か。もしくは、ヒナセ釣りで粘るとか。
「ルアーも針も、一応作ってきたけど……」
まあ、絶対に釣らないといけないわけじゃないし。いろいろと試すか。
樽の舳先を流線型にするカバーを取り付けて、即席の三胴船風味にした。
あとは、どうやって船を動かすか。
櫂をつけて漕ぐしかないか。いや、待てよ。
「……〈クラフトギア〉」
ロープをつけた神器を投げる。 ロープは船に『固定』しておく。
正直なところ、〈クラフトギア〉は俺の力だけでは説明がつかない勢いで飛ぶ。
これに引っ張ってもらえば、
「うわっ」
船(もはや船だ)の上で、転びかけた。慌てて動力源を呼び戻す。
これは手加減を間違えるとやばい。
しかし、これでメドは立った。船を動かして、あちこちで投げよう。
当てずっぽうだが、運が良ければ釣れるし、悪ければ釣れない。
一カ所で投げ続けるよりは、よっぽど良いだろう。
テントや椅子を船に『固定』して、何かに使えるかもしれないので木材も一緒に積んでおく。
船が引っ張られるための、ロープを結べる出っ張りを両舷に作っておく。
そこにしっかりともやい結びをしたロープを、神器にくっつける。これでいけるはず。
「よし、出発だ」
俺が宣言すると、マツカゼが勇ましく吠えた。
「〈クラフトギア〉」
慎重に投げた神器が、緩く飛ぶ。
寝かせた丸太を運ぶときに〈クラフトギア〉を使うと、重さを感じない。
その時と同じで、重さも抵抗も感じていないように、神器は緩い感じで飛んでいるのに、船を引っ張ってずどんと動かした。
引っ張られるこちらとしては、結構なスピードに感じる。
マツカゼが落ちないように毛を掴んだが、当のマツカゼは楽しそうに体を上下させていた。
改めて、自分がいかに非常識な者を振り回しているのかを、実感させられた。
湖に落ちる前に、〈クラフトギア〉を手元に呼び戻す。
「おおー、けっこう進んだな……」
惰性で進んでいく船の上で立ち上がると、思ったより岸から離れていた。
「さて、釣れるかな?」
置いていた釣り竿を持って、立ち上がった。
竿先に付いているのは、自作の
まずは水深を測ってから、ちょっとだけ深めのところを探っていこう。
水が綺麗で澄んでいるから、魚がいるのは光が陰る程度には暗いところだろうとあたりをつける。
魚釣りというのは、最初は魚との知恵比べだ。
あてずっぽうでも仮説を立てて、それを試す。間違っていたら、修正する。その繰り返しで、魚がいるポイントを探っていくのだ。
「……いっそ、風があったら帆を立てて、トローリングするのも悪くないかもなぁ」
念のために積み込んだ木材がある。そして、帆布になりそうなテントもある。
しばらくジギングをして、釣れなかったらトローリングにチャレンジしてみよう。
とか思ってたら、
「お、おおおっ……!?」
投げて三回目くらいで、いきなりヒットがあった。しかも、重い。
「う、嘘だろう?」
慌てて竿を立てる。いや、相手は淡水魚だ。口が柔らかいかもしれない。寝かせるか?
とりあえず巻こう。このリールにはドラグシステムが無いから、それすら不安だが。
バレないでくれよ。
「あっ、やばっ! マツカゼ、タモ取ってタモ!」
準備どころか心構えすらしてなかったので、タモ網を作ったのに、遠くに置いてしまっている。
マツカゼは俺が指差したタモ網を、急いで取ってきてくれた。うわあ、賢い。褒めてやるからな!
思いのほか強い引きだ。船が動いてるほど。
なんとか引き寄せて、その姿が見えてきた。うわあでかい。いや、
「でかすぎてタモに入らないが!?」
焦る。どうしろと。
そうか。〈クラフトギア〉を伸ばして当てて『固定』すれば、くっつけて持ち上げられるか!
せっかく持ってきてくれたのに、すまないマツカゼ。俺がタモ網のサイズを間違えた。
とかなんとかあったが、
「つ、釣れた……」
釣れてしまった。
サケのような顔つきをした、でかいのが。
目測だが、八十センチはありそうな巨大魚だった。
なんでこんなのいるんだ。すごすぎるだろう神樹の森。
正直なところ、食料としてはもはや十分な釣果だ。
でも、
「もう一匹いたら、マツカゼと山分けできるな」
あと一匹ほしい。
役に立たなかったタモ網は、袋状にして口を閉じて魚籠にした。釣り上げたサケモドキを入れて、船にくっつけておく。
こうすれば、生きたまま魚を置いておける。
よし、この釣り方でいける。深さも分かった。もう一匹を手早く釣って、岸に上がって昼飯の準備をしよう。
「はっ?」
気づいたら、陽が高かった。
だいぶ長い間、釣りをしてしまったようだ。
もう一匹。そう思って投げ始めてから、どれくらい経ったのだろうか?
あれからの釣果は、何故かゼロ。
「どうして……」
釣れないまま何度も場所を変えて、ルアーを投げていたらしい。
トローリングに変えることもしないまま、ずっとやっていたというのか。
飽きもせずに。
「久しぶりにやっただけで、こんなことになるとは……」
最初に釣れたせいで、有頂天になっていた。
そうとしか言えない。
恥ずかしい。
俺は、何も食いついていないルアーを回収した。
誰も見ていないから、セーフ。
一人で来ておいてよかった。
ヴォフッ、と、横から不満げな鳴き声が聞こえてくる。
釣行にすっかり飽きているマツカゼが、俺を抗議の眼差しで見ていた。
「分かってるよ……」
一人じゃない。松風を連れてきている。
そして、ずっとほったらかしだった。
「岸に戻ろう」
準備を始めるには大分遅いが、これからご飯を作って食べよう。
幸いにも、食べるぶんの魚は獲れている。
が、
「……元の場所って、どっちかわかる?」
マツカゼに訊くと、前足をふいふいと振って教えてくれた。
ありがたいやら情けないやら。
ちょっと飼い主としての威厳を、減らした気がした。
岸に上がってから、サケモドキの下処理をして、焚き火で炙る。
焼き上がるまでに時間がかかるので、一緒に米を炊く。
シンプルな塩焼きと、白米のご飯だ。
たまにはこんなものでもいいと思う。本当は、もうちょっと凝ったものにしても良かったが。
「ずっとやってたことに気づくと、精神的にくるものがあるよな……」
お昼をとっくに過ぎていた。俺はどれほど、竿を握っていたんだ……。
薪拾いをしている間に襲ってきた魔獣から、魔石を取り出しておいた。
ほったらかしにしたマツカゼへの、お詫びである。
サケモドキは、なんだかクリーミーな甘い匂いと、ジューシーな皮目の脂が滴る、巨大なのに美味い魚だった。
絶対にもう一回釣ってやるからな。覚悟しとけよ。
そんなことを思いつつ、その日の釣りは終わった。
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