第十一章

第102話 卓上の火

「村では今、いろいろな器を作り始めております。あるじ様に木の椀をいただいたことが、鬼族を刺激したようです」


「食器作りをしてる、ってことか?」


「はい。木を加工するのはこの地では難しいので、土を捏ねて」


 鬼族が陶芸を始めていた。


 イルェリーを乗せて飛び始めたヒリィを見るために、ラスリューが拠点に通い詰めている。


 そんな天龍とお茶をしつつ、世間話をしていた。


「鬼族はもともと、大地の魔力に馴染みやすいですから。炭も、良質なものが作れるようになりましたので」


 イルェリーの助力で、神代樹から作る炭は炭窯や焼き上げを改良したらしい。

 炭焼きの副産物から作れるものがあるそうで、イルェリーは炭の作り方を相談していた。


 俺としても、ドワーフ族に調理道具を作ってもらうために良質な炭は欲しかった。

 と、ラスリューに言ってみたら、すぐに炭焼き小屋が建てられた。


 どうやらそこで作る炭を、陶芸窯に使っているようだ。


「屋根の上に敷く土板を作っていたのですが、そのうちに他にもあれこれと増えまして」


「屋根瓦から派生していったわけだ。なら、ベアリングもっと作ろう。ろくろ回すのに使えると思うし」


 つい、手元でろくろを回すポーズをしてしまう。


「総次郎殿が気を回すことでは」


「まあまあ。作り方を忘れないようにしたいから」


 使う予定のあるものを作るのは、こちらとしても気が楽だ。予備まで作っても無駄にならないし。


「釣り竿がいくつかできたから、そろそろそっちの湖で釣りに行きたいと思ってるし」


「歓迎いたします。こちらで部屋も用意しましょう」


 嬉しげにラスリューが言ってくれる。あのお屋敷に、泊まる部屋を用意してくれるということだろう。


 湖で釣りをして、お屋敷で一泊。ふむ。


「うーん……」


「お嫌ですか?」


「嫌とかではないんだ。でも、なんかそういうのではなく……キャンプに行きたいんだ」


「キャンプに」


 ふむふむ、とうなずいてくれるラスリュー。でもたぶん、伝わってない。

 俺自身が、曖昧な感覚で話してるせいである。言語化が難しい。


「田舎育ちだったから、山や森の中でも、家に泊まると楽してると思いがちで」


 グランピングみたいなのは、確かに楽なんだ。

 楽なんだけど、なんていうか楽をしたいわけではなく。


「どうせなら湖の近くで寝泊まりしたいから、部屋は無くていいよ」


 その辺の木にハンモックとシートだけ張って、そこで寝てるのもありだ。


「お気持ちは分かります。では、護衛をつけましょう」


「そうなっちゃうよな。そこだけどうにかしないと」


 ただし、この神樹の森には魔獣がたくさんいる。

 そのへんで寝泊まりするなら、それへの対策が必要だ。鬼族に不寝番をさせてしまう。


 俺のわがままでそうさせるのは、可哀想だ。


 どこかへ行く途中で、必要があってやるのではない。ただの遊びで寝泊りしに行くだけだ。


 迷惑はかけたくない。


 というよりも、一人で攻略したい。そんな気持ちがある。


 サバイバルな環境に、あえて挑む。その時に、難易度を上げすぎても下げすぎても、行った意味がなくなってしまう。


 ただの感覚でしかないが、俺はそう思っている。


「しかし、さすがに護衛もつけないというわけには」


「それも分かる」


 たとえ猟銃を持っていても、獣に寝込みを襲われる危険は犯すものではない。

 気づけるものだとしても、この森に魔獣はいくらでもいる。小刻みに寝るような夜になるだろう。


 困ったものだ。翌朝に不愉快な気分でいるのはよろしくない。


「どうにかしたいと思ってる」


 シェルターを作って『固定』してしまおうか。もっともシンプルな解決としてはそうなる。


「湖の中なら、天龍の権能で魔獣をまったく寄せ付けないことも可能ですが、そういうわけにも」


 ふむ。湖の中。


「なら、湖の上だとどうなる?」


 目を丸くしたラスリューが、首を縦に振った。その時に、俺のプランは固まった。


 湖上に泊まってしまおう。


 海外では、湖の上で暮らす部族がいる。

 木の土台を浮かべてその上に家を作り、家同士の土台をつなげて漂流しながら生活する。


 そしてこれも動画サイトで見たものだが、海外では湖上キャンプというものがある。


 湖に筏のような土台を浮かべて、その上でテントを張るのだ。


 あれをやってみたかった。


 方針が決まれば、あとは用意するものも決まる。


 筏と、その上に張るテント。


 とはいえ、ただ浮かびながら寝泊りするだけではもったいない。


 魚釣りもしよう。ボートフィッシングに近い。しかし、調理するための道具も持ち込まなければ、食べられない。


 ということは、携帯コンロも必要になる。それにもちろん熱源も。


 イルェリーに頼んで、アルコールをもらう。

 それに木酢液と、卵の殻を使うことにする。


 木酢液は、木を炭にするために焼いたときに出る煙を冷却して作る液体だ。

 樹木の濃縮エキスみたいなもので、酸性だが有用なものである。

 水で薄めて散布すると、農薬として使えるからだ。


 これに卵の殻を入れると、酢酸と卵の殻が反応して、飽和酢酸カルシウム溶液が作れる。


 アルコールと飽和酢酸カルシウム溶液をよく混ぜれば、石けんのように白い固まりができあがる。


「なつい。学校の理科でやったやつだ」


「えっ、こんなの知らない……」


 俺が学生気分に戻ってはしゃいでいたら、千種は眉をしかめていた。

 いまはやらないか……。


 あとは揮発しないようにラップ──は無いので、CNFセルロースナノファイバーあたりで包んで固めておけば、完成だ。


 これでコンロの熱源ができた。

 小さい五徳に小鍋を置いて、点火する。


「あっ、旅館のお鍋とかのやつ」


「そうそう。固形燃料」


 試しに鍋を置いて使ってみると、なんだかそれ系のを食べたくなったきた。


 作っちゃうか。


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