第103話第 鍋を白くする
鍋を作りたい。
調理道具的な意味の『鍋』ではなく、料理的な意味の『鍋』の方だ。
気温的にはそういう季節ではないが、固形燃料を作ったことで、それを使いたくなった。
作るとすぐに使いたくなる。悪い癖だ。
ともあれ、鍋を作るのに必要なものがある。
豆腐である。
「お豆腐を、作る……?」
「豆も海もあるのに、なんで疑問形なんだ千種さん」
「海と、豆腐が、どう関係を……?」
ぴんと来ないようである。
「豆腐の原料は二つ。大豆と、にがり。で、にがりは海から採れるんだ」
ダークエルフの錬金術師に抽出してもらった、にがり液を見せてあげる。
「あっ、そうだったんですか」
そうだったんです。
ということで、豆腐を作っていくことにした。
下準備に、大豆は洗って一晩ほど水に浸けておく。
水を加えてすり潰す。これは石臼でごりごりやっていった。
「あっ、また豆を潰すだけの仕事……」
「今度は自分から志願したのに」
作り方を知りたいと言って、自主的に手伝ってくれたはずの千種が、なにやらうろんな顔つきをしていた。
「なんで豆腐を?」
「あっ、その……おにいさんみたいにいろいろ作れたら、今度は宮廷の人に会っても、ドヤ顔できるかなあ、って」
「微妙な下心だなぁ」
「豆腐くらいなら、簡単そうだし。失敗しないと思うし……」
どうして千種は前フリを忘れないんだ。
いつもそう言って失敗してないか。
いやまあ、実際に豆腐を作る手順はそんなに難しいものじゃない。
豆を潰したら、鍋に移して煮る。焦げつかないように、ゆっくりかき混ぜながら火にかけて、沸騰する寸前くらいに火を止める。
ものすごく泡が出るので、沸騰させると絶対に鍋が大変なことになる。
かき混ぜながら弱火で煮て、出てくる泡を取る。
火を止めて、袋状のさらしに入れて絞る。
「あ゛っづぁー!」
「あぶない!」
千種が熱々の豆で手をやられた。
ひっくり返しそうになった豆の袋は、ヒナがキャッチして事なきをえた。
こういうときに、熱に強い鬼の手が頼もしい。
「ほら、井戸水があるから冷やして」
「あっ、はい……うぅ……」
念のために用意しておいたものが役に立った。
熱々の豆を、ヒナが平気な顔でぎゅっと搾る。
「あっ、真っ白ですね」
「豆乳だよ。やっぱり、鬼の大豆は質が良いな」
何度か食べてると、ふくふくした鬼族の豆に感心してしまう。ぶっちゃけ、ブラウンウォルスで買った豆より、こっちの方が良い。
「あっ、そうなんですか? やっぱりって、なんで?」
千種がきょとんとしている。
「ヒナはすごく可愛いから」
ビシャッ!と凄い音がした。
豆乳を搾っているヒナの手が、ぷるぷる震えている。
「袋が破れないように、ゆっくりでいいよ」
「は、はい……!」
声も揺れてた。緊張してる?
千種に向き直って、豆の話に戻す。
「だから、この豆で良質なタンパク質とかビタミンが含まれてるのかなって」
肌つやも健康的。豊富な栄養素が必要だ。
良質な大豆は美容にも健康にも、とても機能的である。
「あっ、そういうこと……」
千種がふんふんとうなずいている。
「…………か、かわいいなんて……わたし、おっきすぎで……」
ものすごく小さな声で、ヒナがなにか言ってた。
聞き取れない。
その手元がとても忙しなく動いていて、いつの間にか、豆はカラカラになるまで搾りきられていた。
豆乳の搾りかすの方が、オカラというやつである。これはこれで調理すると美味しい。
豆腐にするのは、豆乳の方だ。
熱々でも構わず搾れってくれたおかげで、濃厚で真っ白な豆乳ができている。
大豆の油分は冷めると固まってしまい、搾りにくくなるのだ。
鍋に戻した豆乳を適度に温めてから、豆腐の型枠に移して静かに冷ます。
豆乳が適温になった頃合いで、にがりを入れて素早くかき混ぜる。
あとは、固まるのを待てばいい。
固まったものを、水に入れて型枠から取り外せば。
「あっ、なんかどこかで見たことある気がする……水槽に沈んでる豆腐……!」
「水槽じゃないけどね」
鍋に沈めている。これはこれで、人によっては見たことあるものかもしれない。
「絹ごし豆腐だ」
豆乳が濃いし、鍋にするので絹ごしの方を目指してみた。
「試食しよ」
「あっ、わたしも……う゛っ!」
白い豆腐を口に入れた瞬間、千種が眉間にしわを寄せた。
「に゛ー……なんか、微妙……」
「えと……ちょっと、失礼します」
千種の顔を見て、ヒナが同じ豆腐を口に運ぶ。
「ん……苦い、です」
俺を見て言う。なるほど。
「にがり入れすぎたかな、それは」
ちなみに、その豆腐を作ったのは千種だ。
「こっちはいける」
俺が食べてるものは、つるつるとした舌触りで、豆腐の甘みがする。
「い、いいですか?」
「もちろん」
ヒナが真剣な顔で、豆腐を食べ比べていく。
繊細な舌を持つヒナだが、にがりの分量については、さすがに味わって決めるわけにもいかない。
できあがりから逆算して見極めようというその意思は、尊敬に値するものだった。
「……美味しい」
ふにゃりと、味見中にその顔が崩れた。
「はっ、いえ、あの、真面目、です」
慌てて取り繕う。
いや、うん。
「美味しいのが何よりだ」
俺もそう思う。
ともあれ、豆腐はどうにか形になった。文字どおり。
鍋にしよう。
「えーっ、なにこれ!? すごーい!!」
小さな五徳と小さな鍋を、固形燃料で温めながら提供すると、ミスティアが期待どおりに喜んでくれた。
いやあ、いつもながら良い反応をしてくれる。
「白くて四角くて柔らかい!? えっ、こんな食べ物あるの? 食べても大丈夫なの? あっ、これ好きかも!」
「ミスティアは、ドリュアデスの植物系ミルク好きだもんな」
豆乳を固めた豆腐が、意外にもエルフにマッチしたようだ。
イルェリーも、黙々とだが嬉しげに食べている。
俺はといえば、
「……醤油欲しいな」
思った以上にちゃんと豆腐ができてしまったため、冷や奴という季節に合った食べ方に、思いを馳せてしまった。
「わたしお鍋でいいです。肉もくえるし」
千種は平気そうだった。これが若さか。
「みんなに教えないと」
ヒナは鬼族に、新たな豆の食べ方を広めたがっていた。
食べ慣れたものの新しい食べ方って、教えたいよね。分かる。
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