第101話 エルフの弓作り
大きくなった霊樹の枝を切って、弓の芯材にした。
これに神樹の森で伐採した木を、さらに二種類ほど貼り合わせる。
弓を引いたときに伸びる外側には、よくしなる木を。内側には、硬いものを使う。
エルフは複数の木材を、魔獣の骨や皮から取った魔法薬で貼り合わせて作るらしい。
木材はエルフ流だと、伐採してから七年くらいは乾燥させるらしいが、
「効率重視。ソウジロウが伐った木なら大丈夫」
と、イルェリーは手順をいろいろ省略させた。
「これだからダークエルフは」
「これは急ぎの仕事なのよ」
また睨み合っていた。
イルェリーには一理ある。これは、魔獣の襲来に対抗するための弓作りだ。七年とかは、ちょっと長すぎる。
でも、ミスティアの気持ちも分かる。
日本刀も昔の刀工は十回以上は折り返し鍛錬をしたそうだが、科学的には二回で十分だという話がある。
古来の伝統あるやり方を否定するのは、なんだか微妙な気分になる。
ともあれ、今は時短をするしかない。
弓の木材を貼り合わせるのにも膠などを使わず、〈クラフトギア〉で『固定』してしまう。
この神器を作った神様は、時間短縮のためにこの力をつけたらしいし、本来の使い方なのかもしれない。
貼り合わせた木材を弓の形にするために、両端を沸騰した鍋で煮て柔らかくして、少し曲げておく。
ちなみに、よく想像する弓の形は弦を張った時だが、弦を張ってない弓は引く方とは逆方向に曲げる。
こうやって見ると、弓というよりちょっと両端が反り返った棒だ。
曲げたまま一年ほど保管して形を覚えさせる──こともなく、なにやら魔法をかけたりして、三日ほどで次の手順へ。
両端に小さな木片をくっつけてから、全体を薄く削ってヤスリがけして、端には弦を取り付けるための溝を彫っておく。
ここで試しに弦を張って、引いてみる。強さの調整をするためだが、
「そうね、五人張りくらいかな」
ミスティアの注文は、なんか独特だった。
これは〈クラフトギア〉にお願いしよう。
良い感じに弓を削り、薄くする。
ミスティアに引かせて強さを確認すると、
「んんっ、思ったより強いかも。でも、これくらいが良いかな。やるわね」
なにやら気に入っていた。
なので、あとは仕上げる。
持ち手のところを握りやすくしてから、全体をヤスリがけして滑らかに。
あとは弦だが、これはミスティアが手作りしていた。
ミスティアが作っていた
そして、一組ずつ逆向きに捩りつつ、くるくるとらせん状に合わせていく。
「ミスティアが作ってた糸は、一メートルもなかった気がするけど」
「あれだけじゃなくて、月の深い夜には、少しずつ作ってたのです。つなげたの」
つながるらしい。不思議だ……。
「ミスティアが髪をすぱすぱ切ってたから、一晩でこんなに作ったらショートヘアになっちゃうな」
「ソウジロウは、長い方が好き?」
訊かれて、ちょっと想像してみる。ショートヘアのミスティア。
「うーん……ミスティアなら、どっちも似合うと思う」
なにしろ素材が良い。
「もー、ソウジロウは口がうまいんだから」
ミスティアは、笑って肩をぐりぐり寄せてくる。
と、
「そう。一晩で作ってたのね」
「むっ」
イルェリーが、それを聞きつけて意味深な目つきになった。ミスティアが唇を尖らせる。
「月の満ちる夜に、三夜かけて作る
「この森は神性が満ちてるから、一夜でも作れたの。悪い?」
「そう。良いと思う。効率重視にしたら、ハイエルフから悪く言われちゃうけど、貴女も一緒に言われてくれるなら」
「うっ……」
どうやらミスティアの分が悪いようだ。
やはり、もの作りの分野では職人の方が強いらしい。
そんなイルェリーは、樹液から作ったという塗料を、弓に塗っていた。
なんだかんだで、ミスティアの弓作りに意欲的だ。別に、本当に仲が悪いとかではないと思う。
同族同士で、小突きあって遊んでいるんだろう。
そんなことをしながら
これで弦も準備できた。
「あとは、お任せで」
「任されるわ」
弓に施す装飾とかその他の仕上げは、イルェリーにお願いした。
どんな風に弓を引いても、たとえ指や耳を引っかけても、するりと霧のように通過してしまう。
弦で首に引っかけていた弓を、そのまま前にすぽんと抜いてしまうことすらできるという。
「こういうことができないから、人間の弓を買って使うの、不便なのよね」
それはエルフの弓が便利すぎるのでは。
イルェリーのクロスボウなど、一度装填するとなぜか七回くらい撃てるとか。弓について、エルフはいろいろ非常識だ。
ともあれ、そんなエルフの弓だ。
矢はどうするのかと思ったら、魔法で木の矢を召喚するとか、魔法を付与した鏃だけ作っておいて、使うときに矢柄を魔法でつける、などなどやり方はいくらでもあるらしい。
もちろん普通に森の木で作った矢筒も持っていくし、なんでもありだ。この種族。
「ソウジロウ、イルェリー、ありがとう!」
できあがった弓を渡したミスティアは、さっそくそれを持って森に入り、半日と経たずに真っ黒なトカゲを仕留めて帰ってきた。
「ほらこれ、金属の鱗を持ってる魔獣なのよ。鉄より硬いから魔法で焼くしかなかったけど、やっぱり弓があると違うわね」
上機嫌でそんなことを言うミスティアである。
よく分からないが、
「気に入ってくれて、嬉しいよ」
「精霊のノリがすごく良いし、強くてちょっとやそっとじゃ傷まないの。霊樹と神代樹の、良いところ取りって感じ。もうこれなら、一矢で船も沈めちゃうんだから!」
わーい、と弓を抱いてそんなことを言ってくれる。沈めなくていい。
にしても、強さが価値の高さにつながるの、やっぱりそういう世界なんだなあ。
「なにが来ても、ソウジロウは私が守ってあげるからね!」
「ありがとう……?」
で、いいんだろうか。
まあいいか。ミスティアがにっこにこだし。
「私は?」
イルェリーが首をかしげる。
「ソウジロウとチグサの次あたりならね」
「えこひいき」
「そうよー?」
あはは、と笑って言うミスティア。
俺は狩りの成果を褒めてと寄ってくるマツカゼとハマカゼを抱っこしつつ、語りかけた。
「賑やかになったなぁ」
ウォウ、とマツカゼが肯定してくれた。
弓を持ったミスティアは、もともと明るい性格にハイテンションがプラスされた感じだ。
日本人が日本刀を持ったのと同じなのかもしれない。
いや、ミスティアはバリバリ現役の弓使いで猟もしてるので、侍に弓と日本刀が揃ったのかも。
「マツカゼ、ハマカゼ、がんばれよ」
たぶん今までより、強い魔獣を狩りに行くに違いない。
犬たちを励ますと、嬉しげに尻尾を振って顔を舐められた。分かってくれるんだ、みたいな感じで。
がんばれ。
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