第100話 暴かれた関係
そこは、薄暗い部屋だった。
「もう、ミスティアに隠しておくのは無理なんじゃないかな」
「ええ。とっくに気づいてると思うわ」
イルェリーと俺は、ほとんど裸のあられもない格好で、そんなことを話していた。
ダークエルフはクールな表情を崩さない。けれど、褐色の艶めいた肌に、たくさんの汗の珠を浮かせている。
その表情も、どこか赤みがかっていた。
「ハイエルフがこんなことに気づかないはず、ないもの。私と貴方が、隠れて会っているのも、ね」
心臓がちょっとドキリとした。
「そんな……じゃあどうして、」
「貴方が話してくれるのを、待っているのよ。ふぅ……可愛らしくなったものね、ハイエルフも……」
薄暗がりの中で、イルェリーは目を細めてそうつぶやいた。
「いや、気づかれてる霊樹の話をするのに、どうしてサウナにしたのかなって」
「驚かせたかったのに、勝手に気づくんだもの。あの子」
ちょっとだけ不機嫌そうに言うダークエルフだった。
俺の家の裏庭に植えたエルフの霊樹だが、その後、どんどん成長してすでに俺の背丈も超えて、見上げる程度はある。
成長が早い。
そろそろ弓を作れるかもということで、ミスティアに弓を作る話を持ちかけたかったイルェリー。
だが、俺は気づいてしまった。裏庭の霊樹を、ちらりと覗いているミスティアの姿に。
それをダークエルフに相談すると、なにやら彼女の方でも心当たりがあったらしい。
そのことについて、ミスティアの来ない場所で話したい。
そう提案されて、指定されたのがサウナだった。
エルフ的に、ここで話すのはアウトなのではないか。そう思ったが、ダークエルフは特に気にした様子はなかった。
これについても違いがあるんだろう。
そう結論付けて、サウナに入って話し合いをしている。
フィンランド式のサウナは、交流の場としても使われるものだ。
中で静かに話し合うのは、マナー違反でもない。
「それにしても、サウナまで作るなんて」
「好きなんだ、サウナ」
わざわざサウナのすぐ外に、バケツシャワーまで作ってしまった。
汗が不快になったら、そこで軽く洗い流すことができる。
「ミスティアと千種には好評だよ」
千種はすみっこで、じりじりと温まっていることが多い。暗い空間が好みらしく、気づいたら小窓すら闇に塞がれて真っ暗にされていたりする。
ミスティアは、よく俺が使った後に入っている。
出てきたら、必ず川に飛び込んでいる姿を見かける。
サウナ仲間としては、その二人だろう。
「私にも、好評」
様子を見るに、イルェリーがそこに加わりそうだ。
「ドワーフの砂風呂に似てるようで、似てない、わね」
「砂風呂……そういうのもあるか……」
洞窟暮らしをするというドワーフ族。ダークエルフは、そんな彼らと、暮らしを共にすることがあるといっていた。
「イルェリーは、ドワーフ族と一緒に暮らしてたのか?」
「したこともあるわ。けれど、ここに来る前の話なら、魔王国のお抱え職人として、働いていた」
「錬金術師をしていたって、言ってたな。やっぱり、薬を作っていたのか?」
そう訊ねると、イルェリーは肩をすくめた。
「そう。大変だったわ。けれど、人気商品を作る方法を、知っていたから。儲かっていたのよ」
人気商品。
「それは?」
「知りたい?」
興味をそそられて訊ねると、イルェリーは妖しい笑みを浮かべて、指で招く。
俺が顔を近づけると、ダークエルフが耳元でささやいた。
「媚薬よ」
媚薬。
「欲しい?」
続いたその言葉に、苦笑いをする。
「いや、いらないな。でも、どうやって作ったのかは、ちょっと興味がある」
本当にただの興味本位だ。
イルェリーは、小さく首を横に振った。
「本当に本物なら、特殊な魔物の体液が必要よ。けれど、売っていたのは、それとは別。木の実の種を煎じた苦い汁と、特殊な野菜に、たっぷりの砂糖を入れただけよ」
「それだけで、媚薬なんて言えるのか?」
首をかしげると、イルェリーは小さく頷いた。
「その汁は、苦いけれど眠れなくなるくらいの、興奮作用があるのよ。一晩中だって起きていられるわ」
エナドリだそれ。
「それはたぶん、俺も飲んだことあるな……」
「そう。えっちなのね」
「違う。むしろ封印したい記憶だ」
社畜の時にお世話になった。むしろなりすぎた。
シュガーゼロでも甘ったるい、あの化学合成された味。
やたらと鮮明に思い出してしまう。
「あら、思ったより、辛そうな顔。……変ね。この話題を振ると、人間はみんな喜んでいるのだけれど」
下ネタを鉄板持ちネタにするな。
「この話はやめよう」
と言って、ふと、
「いや待った。木の実の汁って、どんなのだ?」
「え? そうね。小さくて赤い実の、豆だけを取り出して乾燥させたものよ。粉に挽いてから、煎じるの」
コーヒー豆だ。
「その豆だけを手に入れられないか?」
「できるわ。豆じゃなくて、種だけれど」
そのとおりだけど、つい豆と言ってしまう。
「それが欲しい」
「そう。わかったわ」
思わぬところで、良い物が見つかった。
キャンプに行って、起き抜けに一杯やりたい。
「ところで、最初の話に戻していいかしら」
「ああ、それか」
二人でこっそり霊樹を育てていることは、ミスティアにダダ漏れだったという話。
「ミスティアのこと、どう思ってる?」
「んん?」
いや違う話題になってる。
「ここに、本物の方の媚薬があるわ。もしも、この石に垂らしたら……サウナに充満しちゃうと、思うの」
サウナストーンに、どこからか取り出した薬瓶を振りかけるフリをするイルェリー。
「試してみましょう」
ぽいっと、軽い仕草でダークエルフが薬を投げた。
バンッ! と激しくサウナの入り口が開いて、飛び込んできた人影が薬瓶をキャッチした。
「なんてことするの!」
「ずっとそこにいるのに、入ってこないから。ハイエルフって雅なフリして実は陰湿だから、いつも人の粗探しで耳を立ててるのよね」
「ダークエルフみたいに喧嘩っ早いと、気遣いが陰湿に思って思ってしまうのよね!」
ミスティアだ。
いつもの水浴びで使う浴着の姿で、極力俺を見ないようにしながらも歩み寄ってきた。
そして、ずいっとイルェリーと俺の間に腕ずくで割り込み、隣にすとんと座り込む。
「……ふ、二人きりじゃないから。これは、その、そうじゃないから。平気よね」
まるで自分に言い聞かせるように、そんなことを言っている。
せめて、ものすごく恥ずかしそうに、もじもじするのはやめてほしい。
無理をしているのが、一目で分かってしまう。いや、見なくても分かってしまう。
「言ったでしょう、気づいてるって」
ミスティアの向こうから、イルェリーがそんなことを言う。
そういえば、会っていることも気づかれてるって、最初に教えてもらってた。
ずっといたんだろうか。
「弓は! 強いのが良いです!」
ミスティアが語調強めにそう言った。
「了解です」
俺はそれだけ答えた。
イルェリーは、ミスティアの隣から無言でハイエルフの様子をじっと見ていた。
ふむ。
その後、みんなで少し弓のことを話した後に、川に飛び込むところまでご一緒した。
ものすごく気持ち良かった。これ、やっぱり良いよなぁ。
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