第98話 掴まれた相手は

セヴリアス息子の企みが分かったぞ、ドラロ」


 不敵な笑みで言った領主。


カルバート儂の方のは、まだ分からんぞ、セデク」


 不機嫌な顔で言った商人。


 軍配は、領主の方に上がった。


「おいおいドラロ。おぬしの息子と俺の息子は、幼なじみだぞう? 企みは、もちろん一緒にやっておったわ」


「であろうな。だから嫌なんじゃ。おぬしの息子は、生真面目なわりに親とエルフの教育で、我を通しがちじゃ」


「うむ。ひねてる割りに理想主義な、商人の息子には苦労をかける」


 一通り言い争うが、自分ではなく息子が主体では、お互い気勢も削がれてしまう。


「で?」


「セヴリアスはな、どうやら我が家を改装したいらしい」


「ほう。仕事をずいぶん肩代わりして、なにを要求するかと思えば……存外に、普通だな」


「そうでもない。あやつは『厨房を作り変えて、料理人を雇いたい』と申し出てきた」


 それを聞いて、商人の顔に困惑が浮かぶ。


「あの、戦神に愛されたとしか思えぬ武技を持つ、子息殿が、か?」


「そのとおりだ。なにやらカルバートという友人を通して、ドワーフが調理道具を作っているのを聞きつけたらしい」


「ぬう……とすると……」


 息子の名前を出されたドラロが、渋面になった。


「そうだ。どうやら我らの息子たちは、森のあるじ殿に胃袋を掴まれてしまったらしい。『たとえ貴族の間で飽食は恥と言われても、もう魚のゼリーを食べるのは嫌だ』そうだ」


「……いろいろと、美味い物を置いていったからな。ソウジロウ殿は」


 クッキーを始めとして、次々と新しい料理をもたらす現人神。


 見て見ぬフリをしてきたことに、若者が真正面からぶつかってきたのは確かだ。


 普段から、もっとマシな料理を食べたい。

 その欲求は当然あったが、長いこと粗食に耐えてきた彼らは、総次郎のもたらす美食を、たまに得られる奇跡として心を処理していた。


 総次郎はしかし、当然のように家に持ち帰られる量を持ってきていた。

 それを口にした息子たちは、どうやら団結したらしい。


 厨房からして粗末なこの地に、それならば厨房から作り変えてやるとなったのだ。


 なかなかの情熱である。しかし、


「美食は恥、というだけではない。実利に関わるぞ、セデク」


「であるな。戦神の加護がどう変わるか。それに、王族が来訪しようという予定もある中で、貴族の間にどう風聞が言いふらされるか」


 美食に耽溺して、人間の欲を剥き出しにすることは恥じるべきである。

 それが貴族たちの共通認識だ。暮らし向きの厳しい庶民も、同じように考えている。


 また、戦に関わることは、戦神による加護がある。騎士は力強くなり、魔法の効果も高まる。

 であれば、麦粉の袋を一つや二つ増やすよりも、粗食に耐えて神に加護を授かり、戦って奪う方が楽である。


 飽食に明け暮れることで、戦神から見放された偉人の話がある。この世界では、誰でも知っている故事だ。それは、恥ずべき行為と見なされている。


「だから、まずは却下してやろうと思う」


 セデクは肩をすくめた。息子の申し出は、この町に悪評を呼び込むものだ。とても「はいそうですか」と承諾できるものではない。


「うむ」


 まあ仕方の無いことだろう。ドラロはそう断じた。


「そのうえで、だ。ソウジロウ殿に、どうすれば美味い料理を作る厨房ができるのか。きちんと聞いて、我々で改装しようではないか」


「バカ者が。貴様ならそうすると思ったわ!」


 もはやドラロは、その展開すら予想済みだった。


「バレておったか……!」


「おぬしから調理具の注文があったことは、筒抜けだからなドカ食い領主が! 魚とイモの油茹でを、何度も何度も作って腹まで壊しよって!」


「いや、あれ腹痛は魚ではない。卵だ。黄色のソースを作ったはずが、なぜああなったのか……」


「知るか!」


「厨房が問題と思うか?」


「ソウジロウ殿に聞いてこい。儂が知るか!」


 セデクの思案顔に、ドラロはそう答えるしかない。

 このように真面目くさった顔をするのは、変なことを言うときだけだ、この領主は。


「厨房の改装と料理人を雇うとして、他に問題はあると思うか?」


 セデクが訊ねることに、ドラロは肩をすくめる。


「大ありだ。誰がそんなことをやりたがる?」


 商人はため息を吐く。

 忘れてはいけないのは、それが不人気だということだ。

 かといって、適当な人物に領主の膝元で、働かせることなどできない。


 特に、口に入るものを任せるなど言語道断だ。


「それは道理だな」


「そうだろう」


「道理で若者が止まると思うか?」


「……そうだろうな。止まらないだろう」


 まったく困ったことに、それは容易に想像がついた。


 ドラロはしばらく天を仰いで固まってから、話を聞くことにした。


「そのあたりの計画は持っておったか、息子共は?」


「ソウジロウ殿に、自分が弟子入りしてもいいと」


「さすがに、それはさせられんな」


 どちらの息子も、もはや一人前の年頃である。そして、替えの利かない人材だ。

 不憫には思うが、いまさら料理人などになられては困る。セデクやドラロばかりではなく、領地全体で百人を超える人間が困る。


「そこは俺も止めた。そもそもあいつらは『食べたい』のであって、作りたいわけではないからな」


 二人の男が、眉間にしわを寄せて頭を悩ませている。うなり声で部屋が満たされた。


「……芸術家なら、そのあたり妙案があるのではないか?」


 セデクが言うと、ドラロはとても嫌そうな顔になった。


「いや、わかる。連れ子の進退を話し合うのは、気まずかろう。だからどうだ。俺の息子の話として、妙案を出してもらうというのは?」


 言われて、ドラロは額に手を当ててしばらく机と向き合っていた。


 少し長い逡巡の後に、彼が出した結論は、


「背に腹は代えられん。そうしよう。あれに隠し事をしながら話すのは、昔から大変なのだが」


「まさに、腹の問題であるからなあ!」


 笑う友人の顔にムカつきを覚えながら、ドラロはため息するのだった。


 飛竜が森から飛んでくる、という報告に急いで腰を上げたのは、その日のうちのことだった。


 この町は、本当に忙しなくなってきているな、と感じずにはいられないドラロである。


 また、無理難題が降ってきたのでなければいいが。


 そう思わずにはいられない日々だが──少し、それを受け容れ始めていることを自覚しつつあった。

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