第97話 魔法の杖をみんなで

 釣り竿を作った。木製だが、強度は十分だ。


 竿を曲げたりして、たわませて試す。折れない。折れる気配も無い。


「弓作りの試作?」


「釣り竿だよ」


 イルェリーがヒリィと共に現れた。飛竜に乗って、拠点の中を闊歩している。

 魔獣の見回りついでの訓練だそうだ。


「好きな人は好きよね、釣り」


「その口ぶりだと、イルェリーはそうじゃないな?」


これ・・の方が、早いわ」


 肩から提げたクロスボウを叩いて言うイルェリー。

 どうやら、水中にいる魚も矢で狙い撃つらしい。エルフは怖いものだ。


「でも、嫌いではないわ。大きな魚を釣って食べる話なら」


 食べたいだけだなそれ。


「自慢話ができるように、がんばるよ」


 作ったばかりの釣り竿を振って答える。


「防水用の塗料を作るわ。使って」


「それは助かる。ありがとう」


「大したものじゃないわ」


 これはエルフ用語で『どういたしまして』だ。

 イルェリーはヒリィに揺られながら、去って行った。


 いいな。

 乗せてもらえるなら、俺も乗せてもらおう。飛竜。





 さて、竿はできたけど、糸を作らないとならない。

 糸というか、糸を扱う部品。リールだ。


 構造的に簡単なものなら、それほど難しくはない。


 いわゆる現代的なスピニングリール──糸を巻き取りながらアームがくるくる回転するタイプだと、ちょっと部品が増えそうだ。


 ここはシンプルに、ベイトリールの形にする。


 真ん中に『スプール』という筒状の部品を置いて、筒をぐるぐる回して巻き取るリールだ。

 スプールの側面に、軸受けとハンドルをつければいい。


 少し考えるべきなのは、側板の中に作る機械装置。


 回転する軸に直結したハンドルだと、ハンドルを一回転させるとスプールも一回転する。

 これだと直径十センチもないスプールを回して、何メートルもの糸を巻き取ることになる。


 なので、ギア歯車を使ってハンドルよりも多く回るように、ギアシステムをボディに入れて、使いやすいリールにしていこう。


 なので、ボディは八枚の板で作る。小判のような、楕円形の板だ。


 上から見て右側に、土台になる一枚目を置く。作業中はこの一枚が一番下だ。これはただの蓋だ。


 次に、同じサイズの二枚目をその上に重ねる。これには穴が空けてあるので、四本の棒を差し込んで柱のように立てる。

 柱はいずれも外縁部だ。


 中央部に近い位置にある穴に、ボールベアリングを入れる。直径数ミリ程度のボールベアリングだ。ボールを作って組み立てるのは、なかなか神経を使った。

 それがスプールの軸受けだ。


 スプールは、糸巻きの中央に軸を刺したような形をしている。

 軸をベアリングの中央に差す。スプールが暴れないように、革紐を土台に丸く置いて、そこに糸巻き部分がはまるようにする。


 そして、柱にした四本の棒に、柱より一回りだけ太い円筒をはめる。その円筒の上に、三枚目のボディ板を置く。

 スプールの軸と柱が、板に空けた穴から飛び出た。


 しかし、柱に付けた円筒により、ボディ板がスプールを押さえてしまうことを防いでいる。


 三~八枚の板は、残り二枚より大きめに作ってある。これがギアシステムを収めるボディになるからだ。


 四枚目を重ねて、スプールの軸を通す穴にベアリングをはめたら、いよいよギアを置く。


 スプールには小さなギアをかぶせる。そして、その横にハンドル用の軸受けと、スプールの物より大きなギアを噛み合わせる。


 ちなみにギアは歯の数を数えるのが大変だったので、手に任せた。

 〈クラフトギア〉を無心で動かしてから、噛み合わせてくるくる回すと、ギア比は願いどおり六になっていた。


 ありがとう、女神様。感謝の祈りを捧げると、胸の中になんだかやれやれみたいな念があった気がする。

 神器さん? いや、俺自身が楽をしすぎた自覚のせいで、自嘲してるだけだろうけども。


 ともあれ、スプールのギアと、ハンドルのギアがここでくっついた。

 ギアの形に合わせて、雪だるまのシルエットみたいな穴を空けた、五枚目の板を重ねる。


 ハンドルの軸がここから上に伸びる。


 五枚目とまったく同じような六枚目を重ねる。そして、柱とスプール軸とハンドル軸が通る穴だけの、七枚目。

 この七枚目に、ちょうど柱とスプール軸は長さがここまでで収まるようになっている。


 五枚目と六枚目で、ギアが少しズレるためだけの空間ができる。

 この空間があると、ハンドル軸を引っ張るとギアが噛み合わせを外すので、スプールの軸がフリーになる。


 ハンドルが回らなくても、スプールだけは回る仕掛けができるわけだ。もちろん逆もしかり。

 

 遠くに投げたり仕掛けを沈めたりする時に、これがあるとないとでは、だいぶ違う。


 柱とスプール軸は、七枚目までできっちり収まった。

 七枚目でスプール軸とハンドル軸に軸受けベアリングを入れて、八枚目をかぶせて蓋をする。

 ボディはだいたいここまでで完成している。


 八枚目は、ボディにハンドルを取り付けるためのもの。


 突き出たハンドル軸に、部品を取り付けてハンドルとしての姿にしていく。


 プロペラのように軸先に板を取り付けたら、指でつまめるノブをくっつける。

 ここでもベアリングを使って、ハンドルを強く握ったまま回せるようにしておくのを忘れない。


 あとは、リールの下側に並べた二本の柱に、竿とリールをくっつけるためのリールフットをつける。


 あとは防水の塗装を施して、ロッドとくっつけたら、


「おお……なんとかできた……!」


 釣り竿が完成した。





「えっ、なにそれ?」


「釣り竿だけど」


 川に釣り竿を持って試しに行くと、ミスティアが現れてきょとんとしていた。


 釣り竿は、どこでも普通にあると思うんだが。


 釣り針はいつものように、木で作った。糸はムスビに出してもらったものだ。


「そっちそっち。根元についてるやつ」


 わあー、と顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 相変わらず目が良い。


「糸巻きを竿につけたのね。どうしてこんなに、くるくる回せるの?」


「ギアとベアリングで、あっちもこっちもスムーズに回るようにしてあるんだ」


 簡単にそう説明しながら、目の前で軽く竿を振って仕掛けを投げる。


「これは……釣りの大革新ね。釣り好きの人間に見せたら、強奪されちゃうかも」


「あっはっは。ありがとう」


「ソウジロウ、冗談じゃないのよ?」


「あ、そうなんだ」


 大げさに褒められたと思ったら、本気だった。

 ミスティアは腰に手を当てて、俺に告げる。


「糸と竿の長さ以上に遠くへは届かないのが、普通の釣りだもの。釣れる魚は限られてる。でも、これなら遠くまで届くから、誰も釣れない魚が釣れる・・・・・・・・・・・。その価値は、ソウジロウなら分かるでしょ?」


「うーむ」


 俺は田舎育ちだから、魚釣りは食べ物を捕まえつつ楽しめる遊びだ。それでも、竿を通して味わう魚の引きは、ものすごく手応えがある。


 もしも、他の誰も釣れない魚が釣れる竿を、持っていたら?


 それはもはや、魔法の杖も同然だ。


「フリンダさんに頼んで、量産してもらおうか」


「どうして?」


「いや、なんだかセデクさんが『この街の名物が欲しい』って言ってたから。海も近いし、リール釣り発祥の地としてうまく宣伝できたら、名物になるんじゃないかな」


 何かの分野で初めてそれを流行らせた土地は、聖地として名物を主張するのはよくある話だ。


 日本各地で、えびせんべいの元祖だの本家だのが乱立しているように、そっちがうまくいくかは分からないにせよ。


 俺の目標は、ただ単に、


「釣り竿一つで争いの種になったら、それこそ困る。量産してもらえば、そういうこともないよ。きっと、釣り好きの人間はみんな、その方が嬉しいしね」


 みんなが欲しがる魔法の杖があるなら、欲しがる人に行き渡る数があればいい。


 釣り好き、良いじゃないか。争いごとになるより、ずっと良い。


「ふふふ、そうね。ソウジロウは良い人間だわ」


「大したことじゃない」


 これはエルフ用語の謙遜だ。俺だって、女神様に幸いを贈られた身だ。それにふさわしい、良い人間であろうとすることに自覚はある。


「お、また釣れた」


 魚がスレてないらしく、そんなことを言ってる間にも、普通に良いサイズが釣れる。

 今日の夕飯は、魚で決まりだ。


「ね、私もやっていい?」


「もちろん。指に気をつけて」


 エルフは魚獲りくらい、弓で撃った方が早い。

 ミスティアはそれでも竿を持って、とても楽しげに魚釣りを楽しんでいた。


 俺より大物を釣ってくれたので、ちょっと悔しかった。


「ごめんねー」


「謝らなくていい。いつか超えるから」


「ふふん、受けて立ちます」

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