第96話 鬼族と味噌

 新天村での味噌造りは、わいわいと盛り上がった。


 なにしろ、作る量が多いので使う道具が大きい。

 豆を加工する日には大鍋で大量の豆を煮るし、麹の塩切りも大量なので、大勢で集まって山のような米麹と塩を混ぜまくる。


 大きい物を使うだけで、なんだかお祭り気分になるものだ。


「味噌ができたら、芋煮会しても良いかもしれないな」


「いもにかい? な、なんでもします、から」


 ヒナが大鍋を持って微笑む。大きな体で力持ちのヒナが。


「頼りにしてる」


 特大サイズのしゃもじとか似合いそうだ。


 さて、味噌の熟成は各家庭で手分けして置き場所を作ればいいが、仕込みはみんなで集まった。子どももいる。


 麹を作るところからやったので、俺とヒナのように失敗した者と成功した者が別れたり。

 あれをやった、これをやったと話し合いをしていた。


「火に近すぎてもダメだったのよね」


「ヒナはお腹に抱っこしてたって」


「私もそれ。聞いてたから」


 鬼族の子供たちなんかは、米麹をそのままポリポリつまみ食いしていた。

 ちなみにお手伝いに来ていた馬頭鬼のマコも、つまみ食いしていた。


 豆を潰すのも、それを混ぜて練っていくのも、踏み潰すだけでなく棒を使ったり殴り始めたりと、それぞれ思い思いのことを始めている。


 ひととおり作業に区切りをつけて、豆の煮汁で作った野菜の汁を食べながら、湖の畔で一休みなどする。


「傭兵稼業をしている知己がおります。鬼族ではないのですが、この森の豊かさと厳しさならば、迎えることもできまする」


 鬼族の頭領ゼンと俺の話題は、新天村に来るらしい新しい村民のことだ。


「傭兵なのに、いきなり森で土いじり生活になって大丈夫なのか?」


「血に飢えたような奴らでは、ありませぬ」


「略奪しか知らない生まれつきの傭兵、みたいなのではないってことか」


「そうですな。痩せた土地では、暮らしていけなかった者どもですゆえ」


 事情があったタイプか。


「それに、この森で魔獣と戦わずしては、暮らせぬかと」


「それもそうだ」


 そんな感じで、湖の畔で座った俺とゼンは、のほほんとしゃべっている。


 湖の方では、ふんどしだけで泳ぐ子どもたちと、


「遅い遅い! 拙が一番速いですよ、あるじ様!」


 子どもと本気で泳ぐ馬頭鬼のマコの姿があった。こちらもふんどし一丁だ。

 手を振ってくるのに振り返して、ちょっと確認する。


「良いところだけど、湖に魔物っていないか? 大丈夫か?」


 てっきりマコが護衛をしてるかと思ったら、子どもと一緒に遊んでるだけだアレ。


「湖は広くとも、ここはもはや、ラスリュー様の縄張りですからな。危険のありそうな魔獣は、村には近づかぬよう根絶やしにされたそうで」


 うわあ。侵略的外来種がまさにここに。

 やっぱり、人間がもっとも野蛮な生き物だよな。

 ラスリューは天龍族だけど。


「いずれ余裕ができますれば、小舟を一艘出して釣り糸を垂らしますかな」


 ふぅむ。


「それはいいかもしれないな」


 湖は広くて、風があると少し波打つ。

 しかし、海や川よりずっと穏やかで、小舟を置いても静かに浮いているだろう。


「……いいな」


 ボートフィッシング。一度やってみたいと思っていた。


 社畜時代からアウトドアキャンプを趣味にしている俺にとって、湖の近くで泊まるキャンプ場は、夏の名所が多い。


 波が無いので、水遊びも比較的安全。ボートや釣りで遊ぶにしても、比較的穏やかである。

 それに、木陰で休んでいる時も風が冷えていて、涼しく過ごせる。


「……良いんじゃないか?」


 なんだかキャンプ欲が顔を出してきた。


 森の中で生活しているものの、俺が住んでいるのは、もはや普通の家である。

 むしろ普通の家よりも、ちょっと豪勢だ。


 アウトドア感は、もうすっかり無くなっている。


 新天村の方に、キャンプに来るのはいいのでは。


「良いアイデアだ、ゼン」


「は、はあ」


 鬼族の頭領は、首をかしげながらうなずいていた。


 うん、教えに来て良かった。


「よし、じゃあ残りの仕事をして、後片付けをしよう。そろそろ上がってきなさーい!」


 後半は遊んでいる子どもらの方へ向けている。


「押忍! 上がるぞー!」


 マコが全員を引き連れて上がってきた。

 こうして子どもの引率をやってくれるのは、正直ありがたい。


「あるじ様も、泳ぎますか?」


 全力で泳いだ直後らしく息を弾ませながらも、元気な顔で言うマコ。

 清々しいその姿に、ちょっと心が向く。しかし、


「泳ぐのもありだけど、後日で」


「はい! お待ちしております!」


 今日は味噌造りだ。

 しかし、今度はここで遊べるようにいろいろと作ってこよう。


 仕込みを終えたら、それぞれバケツサイズの味噌樽を抱えて、持ち帰ってもらった。


 こうして自分の家に持ち帰り、熟成させた味噌はそれぞれ微妙に風味が異なり、自分の家の味になる。


 味噌造りの面白いところでもある。鬼族も、楽しんでくれるといいな。


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二〇二四年二月に第三巻の刊行を予定しています。


二巻と同じように、巻頭で用語集など作るので「このへんの設定知りたい」というお話がありましたらぜひコメントください。



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