第94話 秘密の相談

 イルェリーのおかげで、解決したことがいくつかある。


 まずは、拠点が襲われること。ミスティアは森の中に毎日狩りに行くが、イルェリーは拠点の近傍で見回りをしてくれる。


 近づく魔獣はなにやら結界で察知できるということなので、内と外の猟師が揃ったということになる。


「ミスティアほど強くはないわ。でも、少しなら」


「魔石がいっぱいあるから、矢にも得物にも付与魔法を使ってよ」


 エルフ同士でわいわいと、そんな会話をしていた。


 次に、塗料や染料など。

 イルェリーは錬金術師で、魔法の薬などを作っていたとのこと。ドリュアデスの作る植物油や、森の中で採れる稀少な薬草を加工してくれるらしい。


 俺にはよく分からないが、ミスティアは喜んでいた。鬼族にとっても有用な薬が作れるだろう、とのことだ。


「神代樹で作る炭も、薬を使って作ればちゃんとした火力が出るわ。フリンダに頼まれてるから、口を出させてもらえないかしら?」


 そういえば、フリンダには炭のこと言われていたような気がする。鉄製品などはドワーフに任せているので、製鉄のために良質な燃料を渡すのは、こちらにとってもためになる。


「ぜひよろしく」


 そして、意外なことにイルェリーは味噌に興味を示した。


「すごく変わった匂いがする」


「鼻が良いな」


 まだまだ仕込んで日が浅い。しかし、


「妖精の気配がするわ」


 と言って、味噌樽を見つめていた。それが熟成中の調味料であることや、どんな作り方をしているのかを説明する。


「とても気の長い料理ね……」


 などと言っていたイルェリーだが、ヒナの作ったご飯を食べて目をキラキラさせていた。

 ミスティアのようにリアクションをめいっぱいしてくれるわけではなかったが、黙々と美味しさを噛み締めるような顔だった。


 だから、


「時間と手間が、かかっているのね。目の裏がしびれるほどの美味しさには」


 独特な表現で、味噌樽を評してくれた。どうやら、納得の味だったらしい。


「他にも、同じように作りたいものがあるのでしょう」


 そんな指摘までされる。鋭い。


 味噌と似たような作り方で、小麦麹と大豆で作れば醤油ができる。

 酒を造れば、焼酎やみりんにも派生できる。


 しかし、


「あるけど、今ちょっと人手が足りなくて」


 鬼族にも作ってあげたいが、数十人分となると失敗した時が怖い。


 この森は豊かで、採集に精を出せば食いつなげるという感じもある。とはいえ、試作段階の現在で、小麦や大豆をどこまで使っていいのか。


「豆と、それに麦が必要なのね。ちょうどブラウンウォルスでは収穫期だから、麦の価格は安いわ。証文を預けてくれれば、仕入れてくる」


 意外とてきぱき。しかし、森を往復して大量の麦を運ぶのは、天龍と千種にお願いしないと難しい。


「飛竜を飼っているのでしょう。私が飛んで行って、この鞄に仕入れてくるわ」


 イルェリーは、魔法の鞄を持っていた。魔石を使うが、これなら大量の麦を運ぶことができるという。

 もっとも、魔石が高価なので、麦を運ぶことくらいに使うのは、普通はもったいないそうだ。


 千種みたいに、ぽいぽいと影になんでも突っ込む、みたいな使い方はできないか。


 ひょっとして、千種は相当おかしいことをやっているのでは。


「……ところでヒリィは、人を乗せて飛べるのか?」


「なんのために、飛竜を飼っていたの?」


 逆に聞かれてしまった。


「かわいいし。ミスティアが拾ってきたから」


「……神樹の森の、奥地でやることではないわ」


 呆れられてしまった。でもなぜだろう。イルェリーの方が、正しい気がする。


「少し訓練すれば、飛んでくれると思うわ。天龍族と日常的に触れていたなら、多少の事では驚かない」


 なんだって。ラッセルやアイレスがたまに猫カフェ同然に使っていたのは、実はそんな思惑が。


 いや、無いな。あの様子だと無い。


 イルェリーは、見回りや買い出しなど、エルフがもう一人いないとできない仕事を埋めてくれるようである。

 一家に一台では足りないエルフ。


「あ゜っ────き、きれいな人が! 増えてて! おにーさん、私はどうしたらいいですか!?」


 どうもしなくていいので、落ち着いて欲しい。


「だって陽キャの代表エルフ族が!」


「でもほら、ダークエルフだし。ミスティアと違って、落ち着いた感じだし、千種も怖がらなくていいかもと」


 俺が諭すと、千種はぐぎぎと嫌そうな顔をした。


「見てわからないんですかお兄さん? あれは超美人のクール系ですよ。わたしみたいなのと違います」


 なにやらこだわりがあるらしい。

 美人なエルフを怖がる割に、彼女たちのことをご本人たちよりも語る千種である。


 これははたして、苦手なのかそれとも実は好きなのか。


「あの呪われた子はいったい……?」


「大丈夫よー。千種は危なくないわよー……たぶん」


 エルフ同士でも、千種の取り扱いを打ち合わせしていた。





「木の滑らかな肌触り……むねいっぱいの香り……なんてぜいたくなおふろなの……」


 イルェリーが、


「貴方がエルフじゃないのが、残念」


「エルフだったら、もっと褒めてくれたのか?」


「エルフだったら、こんなに素直に褒めなくても、回りくどい言葉で照れ隠しできたわ」


 なるほど。と言っていいものやら。

 イルェリーと俺は、一緒にお風呂に入っていた。


「では、本題なのだけれど」


 横からじりりとにじり寄ってくる。

 近い。


「ミスティアに、弓を作ってあげたいの」


 弓。

 ミスティアは特にこだわってなさそうな様子だが、ずっと二本の短剣だけで狩りをしている。


 魔法も使っているし、良い修行になると本人は言っていたが。


「それはいいな。俺も気になってた。最初に会った時に、魔獣に食べられてしまったらしくて」


妖精銀ミスリルの弓弦を狙われたのね」


 こくりとうなずいている。


「作るのはいいけど、俺が作っていいのか?」


「いいえ、貴方じゃないと、ダメなの」


 ちょっと深刻そうな口ぶりで、イルェリーは言った。


「私はエルフが受け継いできた霊樹を、持ってきたの。けれど、根付きが難しくて、今は休眠させてある」


 ふむ。


「だから……この森で、接ぎ木をしてほしい」


 接ぎ木とは、二つの植物を接着して新しい個体としてくっつけてしまうことだ。

 根っこ部分の台木をカットして、その断面にぴったりと合わさるように枝や芽をカットし、接着しておく。

 すると、台木の養分や水分を、接着された穂木が受け取って成長していく。


 果樹なんかは、そうやって増やしていくことも多い。


 しかし、みかんの木にレモンを接ぐくらいならともかく、なにやら大事そうな木である。


「もしも枯らしてしまった時に、俺には責任が取れないけど……」


「いくつかある枝の一つだから、いいわ。その枝が神璽レガリアの手でダメになるなら、そういう運命」


 そういうものだろうか。

 この世界の人たちは、運命や神といった目に見えない大きいものに委ねることに慣れている。

 それが文化なのだろう。


 転生者は厄介者。そんなことを思うのは、俺だけなのかもしれない。


 女神様が送り出した自分自身の縁は、厄介なものじゃない。歓ぶべき大きな流れだ。そう思っておこう。


「了解。ちなみにミスティアには、相談していいのか?」


 これは言葉どおりではなく、黙っていて欲しいのかの確認だ。


「……霊樹が育って、弓を作れるようになってから、なら」


 イルェリーは、こくんとうなずいた。


 エルフ族にとって大事な樹木なら、前もって言ってしまうと、失敗したときにミスティアも落ち込むかもしれない。


 それに──サプライズで、ミスティアを喜ばせたいのかもしれない。


 わざわざ改まって、二人きりで風呂で相談されたのだ。そういうことなんだろう。


「貴方は良い人ね、ソウジロウ」


 ダークエルフはそう言って微笑んだ。


 ちなみに意外なことに、イルェリーはお風呂上りに川にはいかなかった。

 ミスティアなら、しょっちゅう行ってる。


 これもダークエルフとハイエルフの違いなのだろうか。

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