第93話 同族相集う
きっかけは、アイレスである。
「あれ、エルフだ。土ぼけてる」
「失礼なこと言うのやめなさい」
鼻をつまんでやるとアイレスは『ふにー』と鳴き声を出して黙った。
しかし、遅かったようで、イルェリーは自分の姿を見下ろしている。
「…………恥ずかしい」
いや、森の中を何日もかけて行軍したら、それはそうなって仕方ないと思うのだが。
ミスティアもよく使っているが、物を乾燥させる魔法があるので、不衛生という感じはしない。それだけでもいいのでは。
「お湯と部屋を貸そう」
施設を増やした結果、ゲストハウスとなった小屋が一つある。
最初にベッドを作った小屋だ。そこで身繕いをしてもらおう。
「そんな、贅沢な」
「ボクを見てわからない? 天龍族がいるんだから、湯水に困ったりはしないさ。露天風呂だってある」
水源も熱源も、金やコストがかかるものだ。温泉地でもない限りは、それは贅沢品である。
というのが、通常の暮らし向きらしい。
それがここでは、ほぼ無制限だ。贅沢と言われると、確かにそうなのかもしれない。
「……天龍族を、従えているの?」
「そうだよ。ボクはソウくんのもの」「違う。よきご近所さんとして付き合ってる」
アイレスと俺の言葉はほぼ同時に重なった。
ともあれ、お風呂、という単語にはイルェリーの綺麗な瞳に、期待と羨望混じりの感情が見えた。
「……まあ、ミスティアに会う前に、どうぞ使ってくれ」
ミスティアにはきれい好きというか、森の中でも泰然としているべき、みたいなこだわりか文化がある。
あれが個人のものかエルフのものか知らないが、イルェリーが『恥』とまで口にしたからには、たぶんそうさせてあげた方が良い。
「エルフのこと、よく分かってるのね」
イルェリーは、意味深な目つきでそう言った。
なんだかんだ、異世界に来て最初に会ってから、ずっと一緒に生活してるからなー。
「ただいま。なにかあったの?」
「おかえり。早かったな」
イルェリーが身支度を終えるより早く、ミスティアが帰ってきていた。
ムスビに呼んでもらったのだ。精霊獣のムスビには、遠くにいるミスティアに意思を伝えるような力があるらしい。
「ミスティアにお客様」
「こんなところに?」
「まったくだ。魔獣に襲われてて、びっくりしたよ」
「うーん、誰かしら?」
首をかしげるミスティア。
どうやら、アポや予定がある相手ではなかったらしい。俺が名前を言っても、いいんだろうか。
「ミスティア。私よ」
タイミング良く、イルェリーが現れてくれた。
たっぷりのお湯を運んであげた甲斐もあって、どこかすっきりしている様子である。
「あらっ、イルェリーじゃない!」
目を丸くして驚くミスティアだ。やっぱり知り合いだったらしい。
「そう。久しぶり」
「そうねー。三十年ぶりくらい?」
三十年……。
どう見ても俺よりうら若い二人が、俺よりずっと長い時間の付き合いをしている会話である。
不思議だ。
「仲が良いのか?」
「うん。歳が二十年しか離れてないエルフなの。すごく珍しいでしょ?」
イルェリーの肩に手を置いて、笑顔でピースするミスティア。
「そうでもないわ。三十年も会ってないのだから」
淡々とそう答えるイルェリー。
あれ、反応が別々だこれ。
「もー、ダークエルフは変に数字にこだわるんだから」
「ハイエルフが一年持たせても”すぐ”とか言うせいよ」
あれ、種族的に違うところがある?
「ええっと、二人は同じ種族じゃないのか?」
思わず聞いてしまう。
「同じだけど、ダークエルフはちょっと感覚が違うのよねー」
「そう。少し違う。ハイエルフは」
カーン、とどこかでゴングが鳴ったように聞こえた。
「同じエルフなんだけど、ダークエルフって洞窟にひきこもるから。ほら、大地の精霊ばかりと仲良くするから、髪が白くなっちゃって」
「ハイエルフはなんでも自分の思いどうりに押し通そうとするから、こんなにムキムキになるの」
「あのね、この森で生きようと思ったら、これくらいの力は必要なの。したいことをするために、自分を高めるのは恥ずかしくありません」
「人間やドワーフとの間に生きるのを『洞窟に引きこもる』って言うのは、もうやめればいい。何百年前の表現。カビが生えてる」
「ダークエルフが知恵を俗に使うから、エルフは高慢とか言われるのよね」
「ハイエルフが変わろうとしないから、エルフは無謀とか言われるの」
くっつきそうなほど顔を突き合わせて、言い争う二人。
どっちもエルフであることは認めるが、やり方はだいぶ違うらしい。
「こんなところまで来たのは、なにか用事が?」
話題を変えよう。
「そう。フリンダから、神代樹が扱えると聞いたの。そういうことに、心当たりのあるエルフがいたから」
「心配してくれたのか」
「ミスティアに振り回されてると思ったの」
「おあいにく様。最近は、私の方がソウジロウに振り回されてるのよ」
「……そうみたいね。目の前で魔獣を消し飛ばしたのを見たら、よく分かったわ」
あれ、雲行きがおかしい。
「森で迷いかけたけれど、妖精の気配が強くてこっちだとわかったわ」
「そうなの。ソウジロウは、妖精まで働かせてるのよねー」
「すごい精神力。でも大変そう」
「人の街を振り回したのは、ちょっと自覚があるわ。でもね、私じゃなくて、ソウジロウが発端なのよ」
「いろいろと、用意してきたから。私なら、少し良くできると思う」
「でも魔王国の仕事は?」
「大丈夫。宮仕えは辞めてきたから。連絡役としては、まだ動けるけど」
「なるほどねー。ふっふっふ~、助かるわー」
「そう」
なにやら急速に、仲良くなっている気がする。
いったい何が起きているんだろうか。
「……アイレス、どう思う?」
「そだね。ボクはもう一部屋、増やすといいと思うよ」
興味無さそうにクッキーを頬張っていたアイレスは、そんなことを答えるのだった。
つまり、移住してくるのか。この子も。
ミスティアの友達なら、まあいいか。そういうことなんだろう。
ミスティアの仲間が増えたようだった。
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