第92話 エルフの友人
うちのバジリスクが襲われた。
バジリスク。見た目は白い大福みたいな、トカゲに似た尻尾を持つ家禽である。
普段は拠点内の人がいるところでうろついて地面の虫とか草をついばみ、でなければどこか隅っこで丸くなっている。
四羽いるが、いつも群れで動いていて、並んで丸くなってうずくまるその様子は串団子だ。
どこかへ逃げてしまうこともなく、必ず誰か人のそばにいる。呼べば鳥小屋に帰ってくるので、魔獣だらけの森の中でも、飼っていられる良い鳥だ。
卵も肉も美味しい。卵は食べた。肉は新天村からおすそ分けをいただいた。
いま俺が飼っているのは、四羽すべて『ダンゴ』と呼んでいる。
ダンゴたちもいずれ腹に収める時が来るのは、なかなか切ない。でも美味しい。
しかしそれはともかく。ダンゴが襲われた。
でっかい蛇の魔獣が拠点に現れ、放牧場で丸くなっていたダンゴたちを狙ったのだという。
幸い、すぐ近くにいたヒナが蛇を殴り飛ばしてくれたので、助かった。
よく世話をしてくれるヒナに懐いている飛竜も飛び出してきて、火を吐いて応戦の構えだ。
ムスビが俺を呼んでくれて、その場面に間に合っている。
「大丈夫か? 怪我は?」
「へ、平気です。私、力持ちなのでっ」
両者が激突する前にハンマーで蛇の頭を砕いて、ほっと胸をなで下ろす。被害ゼロだ。
「しかし、襲撃がちょっと増えたような?」
以前は週に一度くらいだったが、今は三日に一度くらいになってる気がする。
「そうですねぇ。こんなに多いと、ダンゴがいつかぺろりされそうで」
「うちで育てたダンゴを、魔獣になんて食わせたくないな」
飛竜やムスビを撫でて褒めつつ、俺はバジリスクを見る。四羽で揃って丸くなっていた。
ううむ、獣害対策。田舎暮らしの悩みだな。
「そうなのよねー。人の往来も増えたし、物も増えたから。いま使ってる結界だと、魔獣みたいな鋭敏な感覚を持つ獣は入り込んでくるの。面目ありません」
魔獣について相談すると、ミスティアはそう言って謝った。
「猟も結界も任せっきりにしてるんだ。ミスティアはよくやってると思うよ」
毎日遠くまで行って、狩猟採集して献立に彩りを加えてくれている。
考えてみれば猟も柵(結界)も、獣害対策はミスティアが一手に引き受けていた。
「もっと強い結界もできないことはないと思うけれど……」
「けれど?」
「鬼族が出入りするの難しくなっちゃう、かな」
「それはダメだな」
米も畑も関わりを持ったご近所さんだ。遠くしてはならない。
「うーん、どうしよっか……」
腕組みして悩み始めるミスティア。
「暇なアイレスに警備を頼むとかもあるけど」
「ボクはソウくんに会いに来てるだけだから、警備とかはしないよ?」
背中に乗っかってるアイレスは気軽に言った。まあ俺としても、子どもにそこまで労働してもらおうとは思ってない。
「現状でも間に合ってはいるから、そこまで悩まなくていいさ。とりあえず、鳥小屋を俺が強化しておくよ。逃げ込める避難所もいくつか作って教えよう」
魔獣に対して完全に無防備なのは、主にバジリスクである。
間に合わせの対策だが、根本的解決までの時間稼ぎになるだろう。
翌日。ムスビが
前肢がシャカシャカと人の髪をいじる。
これは『緊急事態』だ。
「またか?」
まだ
急いで外に出て、近くにいたアイレスを手招きする。
「アイレス、頼む」
「はいはーい」
すぐにアイレスが俺に抱きついて、そのまま一気に空へ飛び上がった。
龍の姿を取らなくても、これくらいは朝飯前らしい。
そして、ムスビが示す方へアイレスが飛ぶ。
と、拠点の少し外側で、眼下に魔獣の姿。しかも、
「誰か戦ってる……?」
すでに戦闘中だった。見覚えの無い感じがするけど。
まあいいか。
「アイレス」
加勢しよう。
「はーい」
アイレスにぶん投げられた。もうちょっとお手柔らかに頼んだつもりだったんだが。
「〈クラフトギア〉」
神器を足場にして空中で『固定』する。そしてすぐに解除。
そこは地上一メートルくらいの高さだ。
空中着地の余波は空気をびりびりと震わせたが、俺は無傷だ。〈クラフトギア〉は、反動で俺の体を傷つけたりはしない。
おかげで、最近は高所から落下するくらいなら、それほど怖いとも思わなくなってきた。
さて、目の前には魔獣がいる。俺の手にはすでにハンマーがある。
「気をつけて」
襲われていた誰かに一応の忠告をしてから、〈クラフトギア〉を魔獣の横面に投げた。
すっかり顔を見慣れた魔熊が、その顔を失って倒れた。
いや待て。よく見たらいつもより凶悪そうな熊だったかもしれない。普通より二倍くらいでかいし。
「強敵だったか」
「一発で倒しておいて、そんなことをよく言う……」
襲われていた人が、俺のつぶやきに呆れている。
これは道具がすごいけど自分はすごくないので、よくこういうことが起きるわけで。
いやそれはともかく。
「きみは……エルフ、か?」
相手がミスティアと似ている──エルフっぽい姿だったからだ。
思わず聞いた俺に、その人物は俺をじっと見ながら答えた。
「そうよ、このとおり」
髪をかき上げて、耳を見せてくる。
しかし、エルフがわざわざこんなところにいるということは、
「貴方が、噂の
やはり、うちを訪ねてきたお客さんだったらしい。
「私の名前は、イルェリー。錬金術師で、エルフのイルェリー。加勢に感謝します」
「イルェリー、さん?」
「『イルェリー』が名前。イルェリー。そう呼んで」
訂正されてしまった。
「イルェリー」
「そう。はい」
納得してくれたらしい。
「俺は桧室総次郎。ここの管理人みたいなものだよ」
「そう。フリンダに聞いていたとおりね」
「彼女のお知り合いですか?」
「見てのとおり、私はエルフの中でも。ダークエルフで、しかも錬金術師だから」
その説明でわかるだろう。と言わんばかりの口ぶりだった。もちろんわからない。後でミスティアか千種に聞こう。
ダークエルフ。
一見すると、ミスティアと似通った、種族的な見た目をしている。とても美しい姿形をしていて、ミスティアに劣らず長身で隙の無い曲線美を持ち、腰の位置が高い。
が、大きく違っているところもある。
もっともわかりやすいのは、褐色の肌色だ。日焼けとは違う、艶めきのある濃い色が、その全身にある。しかし、それとは打って変わって、頭髪はさめざめとした銀の髪。
また、冷たささえ感じるような切れ長の目つきは、険は無いが鋭く、夜の湖面を思わせる静けさ。
それに、森の狩人であり賢者のようなハイエルフとは違う、錬金術師という名乗り。
ローブを羽織り、その手にあるのはクロスボウ。肩から大きな鞄を吊るしたその姿もまた、ハイエルフのミスティアとは印象が変わるものではある。
これがミスティアなら、飛んだり走ったりするのに邪魔と言って、装備を変えているだろう。
ちょっと蛮族みがあるミスティアだ。あれで野卑とは映らないのは、力強さは求めるけど優雅さにはこだわる本人のセンスか、俺のひいき目か。
ともあれ、フリンダさんの知己となれば、ひとまず迎え入れるには充分な理由だ。
「とりあえず、お茶でも出しますよ」
「……正直なところ、そうしてもらえると助かるわ」
ブラウンウォルスからからここまで荷物を抱えて来た、イルェリー。彼女は俺の言葉に、かなりほっとしていた。
本来この森というのは、ここまで来るだけでもひと仕事なのだ。どのような用向きであれ、まずは人心地ついてほしい。
「貴方、良い人なのね。ソウジロウ」
イルェリーはそう言って微笑んだ。
あ、なんか最初に会った時、ミスティアも同じようなこと言ってた気がする。
きっとエルフ同士で、仲良く茶飲み話でもしに来たんだろう。
「ハイエルフに毒されてなくて何より、ね」
違うかもしれない。
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