第十章

第90話 町の企み

「うちの息子にも、困ったものだ」


 いつもの調子で、しかしいつもとはまた違った話題を口に上らせたブラウンウォルスの領主・セデク。


 少し珍しい言い様だな、と眉を動かす話し相手の商人・ドラロである。


「もしやと思うが、それはバカ領主の仕事をほとんど代行しておる、おぬしの息子のことか、セデク」


「うむうむ、あやつのことよ」


「……まさか家業に精を出しているのに困られるとは、長子の身では思わないじゃろうな」


 さてまた妙なことを言い出した。

 そんな思いを隠しもせずに顔に出して、ドラロは顔をしかめている。


 商人の表情に構わず、セデクはうむうむとうなずいた。


「そのとおりだ。あれもやるこれもやると、働いてばかりでなあ。森でも海でも、魔獣を追って狩っておる。魔獣がおらんとなれば、領民の仕事を知るためと、共に働き手をしておる」


「それで困る民もおらぬだろう」


「そうだ。民に慕われ、話し相手となり、毎日を鍛錬に費やしておる」


「不思議だな。出来た息子の自慢話にしか聞こえん。おぬしがこの後に『おかしいだろう』と言い出さぬ限りは」


「おかしいだろう。……はっ!?」


「驚いたふり・・はよせ」


 かっはっは、と笑うセデクを、ドラロは腕組みして見つめる。


「またなにか企んでおるのか?」


 この領主は熊のような見た目をしているが、その眼力はカラスのように抜け目無い。


 横合いから美味しいところをつまみに行く、妙にせせこましいところを持ち合わせている。


 そんなドラロの憂慮に、セデクはにやりと笑って答えた。


「自分が若い時を思い出せ、ドラロよ。なにか正しい振る舞いを、それこそ人一倍に気張ってやる時は、目的があってやったものだろう?」


 ドラロにとって若い時分のことなど、遙か遠い記憶だ。

 だが、覚えが無いと言えば嘘になる。


「……それで?」


 答えずに先をうながすと、セデクはやはり笑って言った。


「つまり、企んでおるのは俺ではない。息子たちだ」


たち・・?」


「そうだ。この町も活気づいてきた。であれば、変化に敏い若者は、とっくに何かしておるだろうよ。──おぬしの息子あたりと、な」


「な、なに? 儂の息子もか?」


 突然、話に飛び出てきた己の身内に動揺するドラロ。

 その顔が見たかった、とばかりに笑うセデクがいる。


「ドラロはそのあたり、鈍いものだからなあ。気づいておらぬと思って声をかけたのよ」


「鈍くて悪かったな。……しかしそれでは、なんだ。儂はどうすれば良い。監視をつけるか?」


 眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をした商人に、領主は笑って手を払った。


「やめろやめろ。企みが悪い方へいくだけだ。儂らにできることなど、知れておる」


「それは?」


「育てた己の手を、信じる他ない」


「……あまり、きちんと育てられた覚えが無い」


 曇るドラロの顔を、セデクは笑い飛ばした。


「確かに! 息子に継ぐ気があったというのに、わざわざ大店の商人に預けたくらいだからな!」


「うるさい! あの時はそうするのが良いと思ったのだ!」


 今こうして呼び戻すくらいなら、この地の者達と密にやっていた方が良かったかもしれない。


「ならば良い機会だ。ここでその責を負っておけ。おぬしは親としては、今ひとつ機微に疎いところもある」


「ぐぬ……」


 歯がみする商人。話を向けた領主は、手のひらを上に向けた。


「しかし、男としては、肩を持つに価する働きをしておった。それは保証できる」


「……フン」


 セデクの言に、ドラロは腕組みして鼻を鳴らした。

 含羞に笑顔を浮かべるタチではないからだ。


「そこで、どうだ? 何が起きても、身内の恥を晒して良いとせぬか。我々の間では」


「……我々の、か。いいだろう」


 子がなにをしようとも、自分たちは仲違いを望んでいない。

 であるから、もしもそのようなことが起きた時は、協力しようという話だ。お互い・・・に。


 と、ドラロはそこで口の端が上がってくつくつと笑いがこみ上げるのを、我慢できなかった。


「? なにがおかしい」


 不思議そうな顔をするセデクに、ドラロは言った。


「泰然としているようでいて、そんなことを今さらしっかと約すとは……存外、おぬしも人の親じゃったな」


「ぬはっ。確かに!」


 目を丸くしたセデクが、愉快げに笑った。自分でも笑ってしまうようなことだった。


 ひとしきり笑い合ったのち、男たちは今度は苦笑いする。


「息子には見せられん」


「まったくだ」


 そんなことを言いながら、男二人で肩をすくめ合った。


「ここにいたかい。まーたアンタたちは渋面突き合わせて」


 年嵩のドワーフ女性が、呆れたように言いながら入ってきた。


「なにか用か、フリンダ」


「お客さんが来てンだよ。アタシの知己でね。森のあるじについて、教えてほしいってサ」


「そんな話は聞いておらんが……」


 妻の紹介とはいえ、取引相手のことを教えてくださいといきなり来て、はいそうですか、と、ぺらぺら喋ると思われては心外だ。


 しかし、フリンダは微苦笑して言った。


「アタシがお世話になってた魔王国の、王宮直属でやってた錬金術師だヨ。断れるかい?」


「……また頭痛の種が増えるか」


 ドラロは天を仰いだ。


「なぜこんな僻地のしがない商店で、異国の要人までもが飛び入りで来るのだ!?」


「ソウジロウ殿が、懇意にしておるからだなあ」


「そうだな! そんなこと分かっておるわ! いちいち言うな!!」


 改めて、降って湧いた我が身の幸運だか不幸だか分からない状況に、ドラロは八つ当たり気味に余計なことを言う領主を呪うのだった。


「で、どのような目的があるのだ、フリンダ。その錬金術師は」


 夫の醜態を少し愉快げに眺めていたドワーフは、肩をすくめた。


「さてね。王家に頼まれて偵察に来たか……アタシの引き留めに失敗した、お礼参りってセンもあろうさね」


「その時は、責任を取るべき男がちょうどおるわな」


 ドラロは二人の無責任な言い様に、ため息を吐いた。


「もしもその人物が森のあるじと──ソウジロウ殿と対立するなら、立ち位置を決めねばならんのだぞ。我らは、一国の機嫌を損ねてもソウジロウ殿の肩を持つか、それとも……彼を、売るのか」


 まさに渋面で、ドラロは現実的な問題を口にするしかない。

 他の二人が、楽観的な顔で笑っているせいだ。


「まあまあ、ともあれ会ってみよう。その錬金術師に」


 セデクが言うと、フリンダが微笑する。


「そう悪い手合いじゃないサ。なにしろ、森のあるじの関係者の関係者くらいには近い」


「……それはもはや他人だ」


「かもねェ。だが、こう聞けば別だろ? 客人は──エルフ族なのさ」


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