第86話 機械を作る。どこから作る?

 なんとかを作るためのなんとかを作るためのなんとかを作る。

 よく聞くような話だが、俺にもそのフレーズが回ってきた。


 というのは、今の俺は機械的な動きをする農具を作りたい。俺が知っているような機械には、回転する動きがよくある。

 そして回転を支えるのは、良く回転する部品だ。


 だから農機具を作りたいけど、最初に作るのはまず軸受け。

 ボールベアリングという部品がほしい。


 たとえば荷車の車輪なんかは、棒の両端に車輪がくっついてるのは誰しもわかると思う。

 しかし回るのは車輪だけで、車軸となる棒は回っていない。

 この回る車輪をくっつけるための、回らない車軸の間にあるもの。それがよく回る部品で、軸受けというものだ。


 用意するものは簡単に言うと三つ。

 直径の異なる輪っかが二つ。

 そして、輪っかと輪っかの間にぴったり入るサイズの、ボールが複数である。


 輪っかを二重丸のように配置し、その輪っか同士の間にボールが入っている。外側の輪っかとボールが回転し、内側の輪っかがその回転の受け皿となる。

 それがボールベアリングの構造だ。


 大きな船を運ぶときに、砂浜に丸太を並べてその上に乗せれば、ただ押し出すよりも少ない力で移動できる。

 それを車輪でやるための部品である。


 普通なら鋼鉄製のボールをピカピカに磨き上げて、頑丈な鋼鉄の輪っかで挟む。


 とりあえず木材で代用するとして、問題はボールを仕上げる方法である。

 つるつるとした表面にしてやらないとならないが、大きさを揃えた球の表面を磨くのにどんな形の工具がいいのか。


 そこで思い出したのは、大昔に手伝いをした団子作りである。


 円柱を縦に半分にした、かまぼこ形の溝を二枚の板に作る。この二枚の板を合わせると、円柱のトンネルができる。

 棒状にした団子の生地を板に横たえて、もう一枚を被せてころころと転がしながら板で断ち切ると、丸まった団子ができあがるのだ。


 これを板ではなく、砥石でやればどうだろうか。


 砥石でできた円柱のトンネルを球がスムーズに転がっていくためには、角が取れる必要がある。つまり、ざらついた表面が磨かれていくはず。


 では必要なのは、目の細かい砥石ということになる。


 砥石というのは、工業的に作られる。細かな砥粒を圧縮し、結合剤や焼成などで固めて砥石にするのだ。


 固めるのなら〈クラフトギア〉がやってくれる。問題なのは、砥粒に何を使えばいいのか、くらいだ。


「でしたら、かつて私の知人の金剛竜から巻き上げ──贈呈された、金剛竜の角をお使いください」


 ラスリューが快い顔で、そんな提案をしてくれた。

 ちょっとだけ引っかかったけど、受け取ることにしたのだが、


「思ったより大きい」


 鬼族が運んできた角は、地面に置いても見上げるくらい大きい角だった。綺麗な角だ。二メートルくらいの高さがある、黒くて頑丈そうな角が、ところどころ宝石めいた白く煌めくもので彩られていた。


 これ本当に砥石にして、いいんだろうか?

 まあいいか。


 角の一部分だけを切り取る。指で触った感じでは、なんとなくだが白い部分が砥粒には良さそうなのでそこを。

 そして切り取った部位を、小さい粒に砕く。

 あとは、円盤の型枠を木で作ったものに入れて、千種の蛸足に思いっきりプレスしてもらいつつ『固定』する。


 円盤形の砥石ができたら、それをくるくる回しつつ〈クラフトギア〉で溝を刻む。内側には細い溝、外側には太い溝を刻んでおく。ボールの大きさを変えても使えるようにだ。


 これを二枚作ったら、完成である。


 あとは、石臼を作った時と同じ要領で、溝にボールを置いて挟み込み、くるくると回せるようにしてやれば完成だ。


 ボールの原料は、ソファービーズの材料にしている千切ると球体になるイビルスライムを、適度な大きさに切り分けてから、砥石で磨くことにした。

 良い感じにツルツルの球にしてから『固定』して、硬くて軽いボールを作る。


 あとは、木の輪っかを二枚作る。内輪と外輪。この間に、挟まれたボールが走るための溝を作る。ボールを入れつつ、ボール同士が接触しないための保持器で等間隔に配置されるようにする。

 サイネリアがドリュアデスから作り出した油をたっぷり塗ってから、側面によく滑る樹脂とゴムで蓋をする。


 これでボールベアリングの完成だ。


「なんか地味……」


「ひどいな。重要な部品なのに」


 千種の正直な感想に苦笑する。

 まあ実際、ただの部品でしかないので、地味なのは仕方ない。


「これ、なんの役に立つんですか?」


「こういうのを作ろうと思ってる」


 小さく作った試作品を見せると、千種はやっぱり首をかしげた。


「え、なんですかこれ。ドライヤー?」


「唐箕っていう道具だよ。本番はもっとでっかく作る」


 机の上に乗る程度のサイズのそれは、横のハンドルを回すと風が吹き出る、まさに持ち手を無くしたドライヤーみたいな形状の機械だ。


「脱穀した穀物を上から入れて、ハンドルを回して風を当てながら落とすんだよ。藁屑とかの軽いゴミを風で吹き飛ばして、実の詰まった穀物は一番樋から落ちる。そういう構造」


「はー、なるほど」


 千種が感心している。


 これを作れば、手箕に乗せた穀物を何度も何度も上に放り投げて風に当てるより、ずっと楽になるはずだ。


「こういうのを作れるし、他にもいろいろ、ボールベアリングがあると回る部品がある機械が作れるようになるはず」


 からからと唐箕の模型を回しながら、千種が俺を見た。


「あっ、ドライヤー作って売りません?」


「お金が欲しいの……?」


 困ってないような気がするんだが。


「いいえ、ドヤ顔したいだけです。宮廷の野蛮人共に」


 暗い笑みで言う千種だった。

 ミスティアに魔法で乾かしてもらってるのに。魔法で乾かすのと機械で乾かすの、ドヤ顔をできるのはどちらなんだろうか。


「ああ、でもそうだな。ドライヤーじゃないけど、風を送る機械はあってもいいか」


 毎回ミスティアに頼めるわけでもないし。

 それに、


「ここ最近は、だんだん暑くなってきたからな」


「あっ、確かに……」


 気温が上がりつつある。そんな時はやっぱり、欲しいものがある。





 翌日。


「これは良い扇風機を作りましたね、と優秀な妖精が褒めてさしあげます」


 そよそよと風を浴びながらロングチェアに寝そべる妖精の姿を発見した。


「それ模型だったのに」


 唐箕の試作品が奪われていた。そのうえ、


小妖精ピクシーを奴隷労働させるなよ……」


 魔改造されている。


 手回しハンドルをつけていたはずの部分が改造され、四本のバーをぐるぐると小妖精ピクシーが押して回している。

 しかし、サイネリアは素知らぬ顔で言い返してきた。


「蛸には、させてもよろしいので?」


 その向こうで、蛸足でぐるぐる羽を回しながら、千種が扇風機の前に座り込んでいた。


「あ゜ あ゜ あ゜ あ゜ あ゜ ~~~」


 声を変えて遊んでる。


 動力さえあれば、手回しハンドルとかではなくせるんだが。

 それこそ魔法とか使えばなんとかなるんだろうか。

 その場合、千種がやってるのとどう違うんだ。


「……ちょっと悩ましいよな、これ」


「お好きにすればよろしいかと。優秀な妖精も、好きにしますので」


 ピシリと机を鞭で叩いて、小妖精ピクシーたちを働かせるサイネリアだった。


 絵面がひどいからやめてほしい。


「初夏の風物詩です」


「鞭と奴隷が風物詩の世界は無い」


 小妖精ピクシーたちをどけて、俺が思いきり唐箕模型をぶん回した。


 サイネリアは羽をぴんと伸ばして風を受けると、スキップしながら後ずさっていった。


「神出た瞬間終わったわ」


 なにが終わったんだろう……。 


 相変わらず謎が多い奴だった。





 なお、ベアリングを見せて一番大喜びしてくれたのは、ラスリューだった。


「この世で一番の水車が作れます! さすが総次郎殿……!」


 俺の手を握って頬を赤くしていた。興奮するほど喜んでくれるのは、やはり職人として共通する想いがあるからだと思う。


 やっぱりライバルというか同業の友人というのは、良いものだ。


「パパ様ー! ソウくんはボクのー!」


 アイレスがラスリューの尻尾を引っ張っていた。

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