第85話 パワーisパワー
新天村に俺の田んぼを作ってもらうことになった。
自分の拠点に作るつもりだったものの、鬼族と話しているうちにいろいろ齟齬があることに気づいた。
主に田んぼの排水について。
水を引き入れるだけでなく、抜いて乾かさないといけない。ということを新天村で増えたコタマを抱えて話した時に、鬼族は『え?』と顔を見合わせた。
どうも鬼族は、毎年水を抜いたりせずに田んぼを使っていたらしい。
湿田というやつだ。
水はけが悪いところではそういうのもある、と聞いたことがある。
でも基本的には、乾田の方が収量がいいはず。
なんなら二毛作まで考えていた。
そういう話をすると、鬼族たちは「それではあるじ様の仰せのとおりにします」と一も二もなく乾田にしようとした。
止めたのは俺自身だ。
田畑は農民の生命線である。いきなり土地を変えただけでも大変だというのに、農法まで一気に全て変えてしまうのは、思い切りが良すぎる。
「まずは俺の田んぼで試してみよう」
鬼族がそれで作業に慣れたら、自分たちの田んぼもやればいいのだ。
「我々は、この地はすべてあるじ様のものと考えておりますが」
逆に重すぎる。責任が。
鬼族の庇護者というか、奉公する相手はラスリューだ。俺が好き放題しすぎても良くないだろう。
「そんなに重々しい話じゃなくて、俺の分は鬼族の田んぼの片隅に、一緒に作るぐらいでいいから」
ちょっと控えめにしようとしたら、鬼族は喜色を浮かべた。
「おお、あるじ様の
そんな感じで喜ばれてしまっては、改めて自分でやるとも言えず。
新天村に作った田んぼの四分の一ほどが、実験農場になった。
まあつまり、完全に俺が好きにするものとして認識されてしまったのだ。
四分の一は多くないか。せいぜい一畦もあって、三人分の米が取れれば良かったんだが。
「いっぱい手伝ってあげてくれ、コタマ」
抱きかかえた精霊獣に俺がつぶやくと、ぎゅっと腕を掴んでくれた。任せろ、という感じで。
お願いします。
俺も手伝えるだけ手伝う気はあるけど、あいにくと田舎住まいだったおかげで身についた、にわか知識くらいしかない。
やれることもそんなにないだろう。
とはいえ現代日本の田舎住まいで見聞きしていた程度の農法でも、こちらの異世界ではまだ開発されてないのでは。
そう思って村の農具を見せてもらったり、倉を覗かせてもらったりして見て回った。
「えっ、農具ってこれだけ?」
「はい」
ヒナに案内してもらった農具を納めている村の倉は、村民全体で使う農具があるはずだった。
なのに、中には古ぼけた袋やたくさんの篩い。それに木の臼なんかはあるものの、小さな小屋に納められている程度にしか置いてなかった。
農家の蔵と言ったら、軽トラがすっぽり入るくらいのものじゃないのか普通は。
「少ないな。あと、機械的なものが無くてびっくりしてる」
エンジンがついていなくても、機械的に動く農具というのはわりとある。それくらいのものはあると思ってたんだが。
そんな俺の様子に、首をかしげるコマである。
「機械……ラスリュー様が作られている、水車小屋みたいなものですか? あれは、ラスリュー様の物ですから」
「そうか……」
どうやら農業については、鬼族が自前の体力と腕力でどうにかしていたようだ。
ラスリューが開発や運営をしなかったんだろう。
あれほど頭が良い人物だ。
まともに農業に貢献しようという気があったら、こんな状態のまま放置しているわけもない。
つまり、興味が無いのではないだろうか。
「天龍族って、実はあんまり食べ物が要らなかったりするのか?」
「ええと、はい。ラスリュー様はよくお召し上がりになる方ですが、三日に一度、人間とあまり変わらない量です」
あの龍の巨体をどうやってそれで動かしているのか、想像もつかない。
しかし逆に、あの体を食事で維持するとなると、象みたな食事量になってしまうか。
やはりなんだかんだ、ファンタジーな存在である。
「アイレス様も、それほどお召し上がりにならない方で」
聞き捨てならない言葉である。
「いや、うちで三人前くらいは食べてる気がするんだが」
俺の指摘に、コマは微笑んだ。
「はい。今は毎日がお楽しいようですね」
楽しいと食べるのか。
うーん、まあ楽しいならいいか。
最近はたくさんの料理を作るのも、コマがいるおかげで楽なものだし。
「しかし……人力に頼りっきりな農業も悪くはないけど、もうちょっとやっていいんじゃないか?」
「ええっと、具体的には、あの、どんな……?」
怪訝そうな顔をするコマである。
鬼族は腕力体力が原動機付き農具並みだ。
普通に、鍬で大地を耕して森を走り回るだけでも、人間じゃなくて小型特殊自動車並みのパワフルさで自分達を養える。
小手先の技術力なんて小賢しい。流した汗の量だけ収穫は増える。そして、それは食べるよりも遙かに多い。
そう考えると、鬼族は鬼族で、天龍族には及ばなくてもポテンシャルの高い種族的特徴を備えている。
細かいことなんて、いちいち考える必要は無かったのだ。
「……なんでもできるコマにだって、苦手なものはあるだろう?」
「な、なんでもできるなんて、そんな、ことは」
ぽっ、とコマが頬を赤くして照れた。
にやける頬をパシリと手で押さえて隠そうとしている。
「細かい作業が苦手だって言ってたから、まあ普通にそういうところを機械で補おう」
「は、はい」
「よし、じゃあさっそく作るから、外に出ようか」
「はいっ。──きゃあっ!」
「おわっ!」
出入り口で、コマが額をぶつけた。
慌ててバックステップしたコマの背中がぶつかってきて、どうにか受け止める。
「すすすすみませんっ!! あるじ様、お怪我は!?」
「大丈夫。コマこそ、額は大丈夫か?」
慌てまくるコマだった。背が高いから、こういう事故はしてそうだ。ぶつかった瞬間の反応が、かなり反射的にという感じだった。
踏みとどまれたのは、かなり頑張ったおかげだ。なかなかパワフルな体当たりだった。
俺より大きいコマは、大きいだけでなくパワーもかなりある。
「だ、だいじょうぶです。……あ、あは、角が当たっただけですから。神代樹がとっても硬くって」
「それは大丈夫じゃないのでは」
「い、いいえ、滅相も! あの……じ、実は昔は、よく戸口の方を壊しちゃってましたけど、神代樹は頑丈だから、もう誰かに頼んで直してもらわなくていいのが、嬉しいので」
自覚あるくらい不器用だもんなぁ。戸口を直すのに誰かに頼んでたんだな。
だからあんなに慌てて後ろに飛び退くクセがあるのか。
そしてそんなクセがあっても、けっこうゴウン!と派手な音がするのか。
……コマは、素手で熱々の鉄板を持てるし、頑丈すぎて鈍いところがある気がする。
改めて戸口をくぐって外に出るコマの姿を見て、続いて外に出てから俺は決めた。
「……コマが怪我しないように、厨房や部屋の出入り口は、なにかクッションをつけておくよ」
「そんな、わたしなんかのために畏れ多い」
やたらと恐縮してしまうコマ。
「いいからいいから。厨房も、もうちょっとレイアウト考えて広くしよう」
「は、はい!」
コマは嬉しげにうなずいた。
これで俺も、すれ違うときに背中を向けて爪先立ちしなくて良いレイアウトを、堂々と探せるというものだ。
さて、ちょっと脱線したけど、いくつか農具を作って田んぼで育てたり作ったりするもの、考えていこう。
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