第84話 黄色の神

 今日のご飯は、ブラウンウォルスで手に入れたイモと魚。メニューはフィッシュ&チップスである。


 ジャガイモはよく洗って土を落とし、芽を取り除いておく。

 皮付きのままくし切りにして、水を張ったボウルに入れておく。

 水にさらすことでジャガイモのペクチンが水中のイオンと結合して不溶化し、形が崩れにくくなる。


 揚げ物の場合、でんぷん質で粘り気の強いジャガイモ同士がくっついたり、火を通す間に表面のでんぷんが焦げてしまうのを防ぐことができる。


 ただし、長時間ジャガイモを水に浸けると栄養が抜けてしまうので、十分程度が目安だ。


 白身魚を三枚に下ろし、食べやすいサイズの切り身にして塩と刻んだ香草を振っておく。


 そして、衣を作る。


 塩と卵と、そしてビールを混ぜる。そこに小麦粉を入れて、ダマにならないように混ぜ合わせていく。


 ジャガイモと魚の切り身についた水気を拭き取ったら、あとは揚げていくだけだ。


 ジャガイモを低温で素揚げして火を通したら、油の温度を少し上げてカラリと仕上げる。


 次に、魚の切り身に小麦粉をまぶしてから、作った衣をつけて、油で揚げていく。


 皿に盛り付けて、フレッシュハーブを添えて彩りをちょっと追加したら、


「完成です!」


「「わーい!!」」


 白身魚の揚げ物と、フライドポテト。

 フィッシュ&チップスの完成である。


 が、


「さらにスペシャルなものがあります」


「それは?」


 期待の目で俺を見る千種。


「フィッシュ&チップスは、そのままだとただの揚げ物だからな。ソースが必要だ」


「これ以外にも、味付けがあるってこと?」


 お酢。塩。こしょう。レモン風味のハーブ。

 それらの他に、用意したものがある。


「あるよ。ほらこれ」


 どん、と木のボウルにたっぷり入った黄色いソースを置いた。


「タルタルソースです」


 バジリスクの卵。油。塩。酢。

 これだけあればマヨネーズを作り出せる。


 固ゆで卵、タマネギ、そしてマヨネーズ。

 三役揃えば、そのままでも食べられそうなタルタルソースができあがるのである。

 仕上げにハーブやコショウで清涼感を出しておいた。


「……おにいさんは、神様ですか?」


 きらきらと、よだれを垂らして両手で俺の手を──正確には、俺が持ったタルタルソース入りの壺を俺の手ごと──掴む千種だった。


「千種の神様は、ソース持ってるの?」


 アイレスの純真な目が突き刺さる。

 それは……分からないな……わりと本気で……。


 タルタルソースを出すタイミング、狙ってたのは狙ってたんだが、そこまで言うとは思わなかった。


「お食べなさいな、若者たち」


 言い方がつい神様(アナ様)っぽくなっちゃったよ。


「「いただきます」」


 喜ぶ千種とアイレス。微笑ましい光景だが、


「ソウジロウ殿! 今日の魚の代金は全て持つから、オレも良いだろうか!?」


 良い匂いにつられたのか、大男がそこへ現れた。


「ダメだよ人間!」

「いいですよ」


 アイレスが追い返そうとするのを急ぎで止める。


 実は調理場にしているのは、町から出た外である。

 町のどこかで調理場を借りられれば良かったが、調理場はやたらと煙いし煤塗れのところばかりで、ちょっと遠慮した。


 帰りにどこかで作っていこう、と言ったらセデクさんがついてきた。

 森の中で火を焚いていても、自分が一緒なら咎められないぞと言って。

 そういうわけで、町のすぐそばの森の中で、炭を使って調理したわけだが、


「最初から『食べたい』って顔でついて来てましたからね」


「あれほど美味いものを持ってくる御仁だ。どうしても昼飯が気になってなぁ。それに、王族をもてなす晩餐に、他には無い料理があれば話題になる。これも領主の務めだ」


 という名目らしい。

 顔には『美味そう』としか書いてない。


「……で、そっちの二人は?」


 なぜかこれもついてきたドラロさんとフリンダさんを見ると、夫妻は肩をすくめた。


「アタシは美味いモノがあればと思ってね」


「万が一、妻の持ち物で神璽が死んではと不安でな……」


 どちらも正直な気持ちで答えてくれたらしく、それ相応の顔と態度をしている。


「まあ、いずれ皆さんにご馳走したいとは思ってたので……どうぞ、召し上がってください」


 そういうわけで、フィッシュ&チップスはすでに十人前くらい作ってある。


 いただきます。


 各々の手にした揚げ物にかぶりついて、大声を上げたのはセデクさんだった。


「食べる前からかぐわしいこの匂い! 噛み締めた油! 魚の肉感! 硬いようで脆いイモの感触! これは……美味い!!!!」


 唾を飛ばしている彼から少し離れるように身を引きながら、ドラロさんはおそるおそるポテトを手にして見つめている。


「……毒があるとして、こやつが死ぬのはいつだ?」


「死にゃしないよ。神サマが作ったようなもンだろ」


 フリンダさんが呆れたように言いつつ、夫の手を押してその指にあるポテトを口に突っ込ませた。


「にしても、コイツは……しまったねェ。困った。イヤァ、困った」


 ドワーフが、天を仰いだ。そして叫ぶ。


「どうしてアタシは今エール持ってないンだよ!!」


「ビールならありますよ」


 千種が持ってる。


「おくれよゥ!!」


 可哀想なので、出してあげた。


 その横で、ドラロさんもポテトを無事に食べ終えて、


「これは売れる……町の名物になる……!」


 興奮していた。


 規格を揃えて運ぶのかとトロ箱も勝手に感心して売ってくれと言われたし、俺からなんでもかんでも買って売ろうとする人である。


「あー、なんかこの感じ、逆に良いかも……」


 千種がなんだか、ぼそりとつぶやいていた。


 アイレスと千種と俺、そして、セデクさん達。テーブルをというか、座ってる場所がなんとなく別れている。


 ポテトを頬張りつつ千種が言ってることは、なんとなく察した。

 雑多な人同士が集まって、喋りながら手づかみで揚げ物を頬張る。この空間はまさに、


「……ファストフード店ぽいから?」


「いえす」


 ふへへ、と笑って、千種は揚げ物にかぶりつく。


「……バンズを焼いて、挟んで食べてもいいな」


 俺が思わずつぶやくと、


「それ黒いシュワシュワが欲しいやつー!」


 千種は足をパタパタさせながら叫んでいた。


 作れるのかなアレは……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る