第83話 ミステリアス千種

 ドラロさんの商会で待っていると、


「お魚もらってきました……うへえ、疲れた……」


 漁村へのお使いを頼んだ千種が、なぜかヘトヘトの顔で帰ってきた。


「どうしたんだ?」


「あっ、はい。えと、あれから海が平和で景気が良いとかで……」


「良いことだ」


「それで、大歓迎されそうで圧がすごくて……」


「良いことだな?」


「ミステリアスな顔して逃げてきました」


 そんな顔できるのか?


「それはむしろ千種が悪いのでは」


「うへへ、そのとおりです……」


 にへら、と笑みを浮かべる千種。

 そういえば、悪いことが起きたとは言ってないか。自覚があるらしい。


 あるならいいか。


「お使いご苦労さま。ありがとう」


「えへへ、あっ、ど、どうも……」


 労っておく。


「甘やかしてるなぁ」


 一緒に帰ってきたアイレスが、呆れたように言った。


「なら、アイレスには厳しくしようか?」

 

「ボクにだけ、優しくしてほしいなー?」


「平等にする」


「けちー」


 不満げにするアイレスだった。


「それで、魚はどのくらいになった?」


「あっ、はい。今日の網の、全部持ってけって、言われたんですけど……」


 それはさすがに多い気がする。


「大きくて、美味しそうなやつだけにしてもらいました。アイレスが」


 それは英断だけど、ちゃんと言い方に気を使ってくれただろうか? 気になる。


「言われたとおり、トロ箱……でしたっけこれ? に、だいたいの種類と大きさで、分けて入れてもらってきました。にゃるにゃる」


 千種が呪文を唱えて、二十箱ほどのトロ箱を召喚する。俺が木で作っておいたものだ。中には敷き詰めた氷と、受け取った魚が入っていた。ちなみに、グリフィンの爪も入っている。


「前みたいに海水で氷を作って、活きが良いやつを海水氷で締めてから、箱に入れたよ」


 アイレスの魔法で、氷を作ってもらえる。氷締めをして、鮮度を保つ。

 そして俺が『固定』してしまって、ほぼ鮮魚のまま保管しておくというわけだ。


 もちろん俺も、大きいのを活け締めにして、熟成させてから食べたいという気持ちもある。

 あるけど、千種の影の中には空気が無いらしいし、生きたまま持ってきてもらうのは厳しい。


 そして俺が直接行くと、代金を受け取ってもらえない。悩ましいところだ。


 今度からコマに魚の締め方を覚えてもらって、お使いを頼むか。


 ところでこれはまったく関係無い話だが、千種の影に仕舞うと空気が無いのに、氷が蒸発して消えてないなら、真空とはまた別なんだろうか。

 謎だ。

 でも千種にとっても闇魔法は謎らしいので、そういうものだと割り切るしかなさそうだ。


「二人ともありがとう。お礼に、良い物を作ってあげよう」


「わーい、なに?」


「ドワーフ族が、すごくいいものを持っていたんだ」


「あっ、食べ物ですか?」


 千種が反応する。


「千種はこういう時だけ鋭いな……」


「あっ、こういう時の顔だなって……」


「えっ」


 俺、そんな顔してた?


 思わず自分の顔に手を当てる。

 アイレスがケラケラ笑っていた。


「宝物を見つけた子供みたいで、かわいいお顔だったよ?」


「あっ、今度はちょっと赤く……」


 千草とアイレスが、二人がかりで顔をのぞきこんでくる。


「やめなさい。大人をからかうのはやめなさい」


 こんなおっさんを恥ずかしがらせて、楽しいことなんてないだろう。


「ドワーフ族が持ってたのは、これだよ」


 とにかく話を進めてしまおうと、千種に向かって軽く投げる。


「あっ、わっ、とっ──あっ」


 ぽてん、と受け取り損ねて落とされたけど。

 しゃがんで拾い上げた千種が、茶色い塊を見ておおっと目を見開いた。


「あっ、ジャガイモですね」


「普通にあるものだったのか?」


 それにしては、栽培されてないのが不思議だけど。


「あっ、いいえ。人間はあんまり食べないです。魔族は毒が効かない人が食べます。種族特性で、人間に食べられないものって思われてます」


「……魔族って、もしかして」


「あっ、そうです。芽が出ても食べます。人間に食べさせると死ぬと思われてます」


「なるほどなぁ。だから『いける……? 止める……?』みたいな微妙な空気になってたのか」


 買わせてって言ったらセデクさん達は明らかに狼狽してた。

 でも、あまりにも俺が自信満々に食べられると言うから、毒が効かないのか知らないのか、分からなかったんだろう。


 後で教えておこう。


「えっ、ソウくんもこれ食べられるの? ボクもー」


 にこやかに言うアイレスだった。天龍族って、ジャガイモくらいだと死ななそうだよな。


「ドワーフ族は『壁の実』って呼んでることもあるらしい」


「かべ……?」


「坑道の壁や天井にぶら下がってるから、らしい」


「あー」


 ドワーフが地中を掘り進んでる時に、見つけたのかもしれない。


「ここに新鮮なイモと魚がある。それなら、作る物は分かるだろう?」


 俺が言うと、千種はやにわ真剣な顔つきになった。

 きりりとしたまなじりに、白い指を頬に添えて──こういう顔つきを普段からしていれば、ミステリアスな魔法使いと言われても遜色ない。


 薄い桜色の唇から、クールに玲瓏な声音で言った。


「……フィッシュ&チップス?」


 言った内容はアレだけど。


「正解!」


「わえーい! ジャンキー!」


 俺の手にハイタッチして喜ぶJKだった。


 ジャンクフード、好きだからねJKは。(偽)だけど。


 というわけで、フィッシュ&チップスを作ろう。


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補記


略称は『すみっこづくり』にします。

ありがとうございます。

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