第87話 妖精の一転攻勢
「こちらです、
妖精に働かされていた。
サイネリアの先導に従って、森の中をずかずか歩いて行く。
「こっちは飛べないんだ。おまけに魔獣に襲われる」
速く、と言われるが、ペースが速すぎる。
「背中のお荷物を捨てれば、早く行けるのでは?」
「千種を捨てたら、帰りがひどいことになるぞ。丸太を何本も持ち帰るんだから」
「そ、そーだそーだ。わっ、わたしだって、役に立つんだぞー」
背中の荷物──背負い子に座った千種が、妖精に抗議した。
のだが、
「……立ちますよね? ね?」
不安げに確認してくる。
「立ってる立ってる」
そこはもう少し、自信と自覚を持って欲しい。
俺に背負われて移動しているのは、森の中を歩かせると不安だからというか、ペースについてこれないせいだ。
しかし、千種がいなければ、俺の背負い子には丸太が何本も乗ることになる。それに比べれば、女子高生一人くらい軽いものだ。
その時、俺の前を小走りするマツカゼがピタリと足を止めて、俺を見た。
耳がぴんと立っている。警戒したその目つきに、俺も気を引き締めて立ち止まった。
そこに、
『ソウジロウ、左奥から魔獣ね。魔法の気配が強いから、撃ってくるわよ。あ、でも足を狙える? 角が良い素材になるから、取っておきたいのよ』
音ではない声が、俺に届く。
ミスティアが魔法で話しかけてきている。
先導がサイネリアなので、ミスティアは樹の上を走っているらしい。
俺には姿が見えないので、どこに居るかもわからない。
「了解」
答えた。
その瞬間、ミスティアが言った方向から、すごい足音がしてくる。
喋ったせいで、バレたらしい。
「なになになになになに!?」
「〈クラフトギア〉」
焦る千種を背中に背負いつつ、俺は神器を握った。
ちなみに、相手はでかい鹿だった。
遠征までして見つけた木を持ち帰り、休む間もなく枝を払って玉切りする。ちなみにサイネリアが指定した木は、この森では珍しい倒れている枯れ木だった。
大体一メートルほどの適度な長さに切り分けた木に、たくさんの穴を開けていく。
なにをしているかといえば、キノコ畑を作っていた。
キノコの原木栽培をするために、わざわざ妖精指定の木を森の奥から伐採して運んできて、加工しているのだ。
ちなみに、これを作りたいのは俺ではない。
「人間が妖精の為にあくせく働いている姿は、とても気持ちの良いものです」
サイネリアの要求である。
妖精は仁王立ちして、こちらを見下ろしてくる。
「べつにいいけど、悪用はするなよ?」
「優秀な妖精が、そのようなことをするとお思いですか?」
「じゃあ聞くが、キノコをどうするんだ?」
「キノコを吸えば、気持ちの良い夢が見られます」
やっぱりやめておいた方がいいんだろうか……。
悩む。
悩んだときはミスティアに相談する。
「
「すると、どうなるんだ?」
「今より
「幸運なのに、良くない?」
どういうことだろう。
「実力以上の持ち物は、必ず失うものです。しかも、痛みを伴って、ね」
「なるほど」
森の賢者であるエルフが、厳かにそう告げた。
座敷童みたいなものだろうか。いると幸運が訪れるけど、去るとその家は潰れる。
「ソウジロウなら、問題無いと思うわ。なにしろすでに女神様の祝福があるもの。それ以外の祝福や呪いは、女神様が許さないんだから」
「千種は?」
「チグサも無理。あの子、呪われてるから」
あっさりと告げられる衝撃的事実。かわいそうに。
「妖精達からすれば、
「そういうことなら、いいか」
思案する俺を、ミスティアが不思議そうな目で見る。
「私はそれより、ソウジロウが妖精の言うことを聞かされてる方が、不思議だけど」
「取り引きをしたんだ。俺が欲しいものを探す代わりに、サイネリアが欲しいものを渡す」
俺が求める物を見つけられそうなのは、サイネリアくらいしか思い当たるところが無かった。
妖精は嬉々としてキノコ栽培の原木と加工、そして場所を要求してきた。
いろいろと苦労して、栽培の下準備をさせられたというわけだ。
「ソウジロウが欲しいものって?」
パン酵母を持ってくることが可能な妖精くらいしか、その入手先が思い当たらないものだ。
「菌だよ。麹菌、っていうやつさ」
麹菌。
それは味噌・醤油・みりん・酢・酒など、多岐にわたる発酵食品に必要な菌だった。
この森で自然と発見するのは難しそうなもの、でもある。なにしろ、木々も水も豊富だが、湿度は低い。おかげで過ごしやすいのはいいんだが、麹菌が生息するには東南アジアの湿度が高い気候が必要だ。
というわけで、パン酵母をどこからか調達してくる妖精達に頼むしかなかった。
サイネリアは
ともあれ、やると決めたからには仕方ない。
原木を切り終えたら、その木に小さな穴をドリルでたくさん掘る。そして、
「かかれー! 」
原木に空けた穴に、サイネリアが
「怯むなー! あの丘に旗を立てるのです!」
斜めに立てかけた原木に次々と
サイネリアはその先頭で旗を掲げて走っていた。
そして、登り切ると原木に旗を立てて拳を突き上げ、鬨の声を上げた。一人で。
「……もうちょっと、マトモにできないのか?」
「ピクシーたちも、わいわい押し込まれたい願望がありますゆえ。エンタメ感がありませんと」
原木に穴を掘り、そこに『種駒』というキノコの菌糸を培養した木片を打ち込む。これは駒打ちという作業だ。
サイネリアがやっているのはそれである。はずだ。
妖精たちは原木に飛んで群がり、あるいはサイネリアによって蹴り飛ばされてすっぽりと、穴に収まっていった。
井桁に積んだ原木を、ドリュアデスの根が覆い、葉が茂って影を作る。
「後は
俺の肩に座ってプラプラと足を振るサイネリアが、そう宣言した。
「こっちはちゃんとやったんだ。コウジカビのこと、頼むぞ」
「分かっています。優秀な妖精は嘘をつきません」
妖精の勢力圏がまた拡大しつつある気がする。
しかし、これで仕込めるというわけだ。
味噌を。
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