第77話 動き出す神器を持つ手
「ずいぶん、いろいろなものを作っていますね」
「まずは手を動かさないと、なにもできないから」
俺は木工所で、様々なものを作ってみた。
折りたたみ式のテーブル。コマにあげようと思っていたやつ。
キャンプ椅子の骨組み。以前作ったのは急ごしらえだから、もっとしっかりしたのを。
収納棚。いわゆるカラーボックスってやつ。部屋の壁の上の方につけて、収納を増やすのもありだ。
そんな様々な品を見て、妖精が右に左にふわふわ移動していた。
木工所に遊びにでも来たんだろうか。
「このあたりは、実用品ですね」
「異世界IKEAに、俺はなる」
「組立済みではダメなのでは」
「なんでお前がそれ言えるんだ……?」
イケアあるのか、妖精界?
サイネリアは特に返答も無く移動する。
そのあたりから、ちょっと変わる。置いてある物の作風が。
「おや、これはマツカゼですね。なんとも、小さい。優秀な妖精的には、高得点です。小さいので」
マツカゼのミニチュアだ。我ながら似てると思う。
「作ったときは、そう思ったんだけどなあ。ほら、あそこ」
俺が指差した先に、マツカゼがいた。
彫像を作っていたら、寄って来たのだ。完成間際に。
膝の上にぴょんと飛び乗る狼は、小さな足が着地するとずしりときた。しばらく相手してやってから下ろしたんだが、
「……この像よりは、成長していますね」
「そうだったんだよな」
毎日見ているマツカゼでさえ、俺はちゃんと作れていなかったらしい。びっくりした。
「直さなかったのですか?」
「これで記録を取りたいわけじゃないからな。作りたかっただけだ」
これはこれで可愛い。それでいいだろう。
創作意欲。
今の俺が手を動かしているのは、そういう理由だった。
「ムスビ、ウカタマ、ヒリィ……ピクシーもドリュアデスでもいるのに、優秀な妖精がいないのはなぜですか!?」
サイネリアが愕然としている。
「でも、他人の像とか、勝手に作ってたらダメだろう?」
「彼らはいいんですか?」
「作ってたらみんな来たけど、文句言われなかったぞ」
彫像を作っていると、なぜか本人がくる。この現象はマツカゼだけでなく、他の動物たちも同じだった。
「精霊や魔獣に属するので、神の想念が強いと反応したのでしょうか……」
「神のじゃなくて、俺のな」
「似たようなものです」
「似て非なるものだと思うけどな……」
そんなことを言い合いながら、ミニチュアを何体も広げた机を見下ろす。
壮観だ。と同時に、小さくまとめてしまったなという思いもある。
「ふむ、まるで日記ですね」
サイネリアが顔の横に飛んで来ている。まさしく、その言葉通りに俺も思った。
思いついたもの、彫像にしやすいものを作ってみた。
それは、この森に来てからの日記のようになった。
「芸術作品には見えないな」
「これが芸術だと主張すれば、芸術になるかもしれません」
「いや、そんなことないだろ。見たまんま。思い出すままに作っただけだ」
「おや、マツカゼは『見たままではない』と、認めたばかりですが?」
「それは……俺の思い出?」
妖精がつんと顎を上げる。おや、見下されているぞ?
「思い出の中でのあの子犬は、いつものように可愛らしいポーズを?」
「それはミニチュアとして、可愛くしてもらわないと……」
おや?
「つまり想像の産物です。頭の中にあるモチーフを改変し、妄想を見栄え良く形にしたものを、”作品”と呼ぶのですよ」
……反論の余地が無い。
そういえばこの妖精、出会った時から芸術にちょっとうるさい。
このあたりに装飾をとか、花を飾れとか、色々と言われた気がする。
もしや、意外にも造詣が深いのかもしれない。
「しかし、芸術というには、確かに一つ落ちますね。これでは、マスターのエッセイです。見るも華やかですが、足りないものがあります」
「……それは?」
思わず身を乗り出すと、
「ヒント。森の中。光の雨。花の香り。……翅のついてる、いい女」
ガキュイーン! という効果音と共にポーズをするサイネリア。
「あー、答えは『自分をアピールしすぎなサイネリア』だな」
……なんだその決めポーズ。てや。
軽く額をつつかれたサイネリアが、くるくると縦回転しながら飛んでいく。無重力感を出すな。それ、自分で回転して飛んでるだけだろう。
「優秀な妖精ちゃんは、語られたい……あらゆる種族を、ぶっちぎりで超越したい……ただ、それだけなのに……」
『ただそれだけ』に分類するのは、大きすぎる野望をつぶやきながら。サイネリアは飛んでいった。
……語られたい、か。
セデクさんも言っていたような気がする。紹介をするのに、ふさわしい品が欲しいと。
つまり語りたいということだ。語るきっかけにしたい。
俺を。
……俺を、か。
自分の彫像を作ってみた。今の自分、女神様に与えられた姿。健康な体で、幸せに生きている。
では、その前は?
『その前』の像を作った。そのつもりだった。
しかし、最後で手が止まる。顔の部分。
……自分の顔が思い出せない。
いや、正確には覚えている。だが、どんな表情をつけるかが分からない。
頭の中の妄想を、見栄えよくする。ただそれだけでいいはずなのに、それができない。
ということは、つまり、それをやりたくないのだ。
嘘をついて、この顔を語りたくない。憶えていないというのが、本当なのだ。
前世では心労で疲れていた。文字どおり、死ぬほど疲れていた。
転生する直前の数年間は、自分は自分で動いてなかった。言われるがままに動いて動いて動き続けて、最後に折れた。
自分を見失っていたわけだ。それがこの顔の無い像の正体だ。
……このときの自分と今の自分は、まったく別物だ。
だとしても、一つだけ確かなことは。
こんな顔の無い男でも、生きる実感を得られるほどの、経験をしたということ。もしも、
……もしも、この時の自分に、今起きていることを語るなら、どうする?
セデクさんは言っていた。芸術品がほしい、と。
きっと彼にとって、芸術品というのは友好の象徴であり、財産だ。俺にとっても、それは役に立つ。
でも、彼と俺は違うところが一つある。
俺にとっては、それはただ手に入れるものではない。生み出すものだ。
これは真似事だ。芸術家の真似事。でも、そこから生み出されるのは”作品”だ。
となれば、俺は俺なりの解釈でもって芸術家を真似して、俺なりに語るべきだと思う。
俺が思う職人の作る芸術品とは、どんな風に作られる? どんな人が作り出す?
千種の話を思い出す。
美術の先生とは、いったいどんな人だっただろうか?
俺の思い出の中にある美術の教師と混ぜて語れば──わがままで、自己満足で、好きなものがはっきりしている人、だ。
顔の無い男の像を見る。俺がお前に、芸術家として語るとすれば、
「……推しの話をしようか」
好きな人の話を、してやろう。
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