第78話 神秘の森

「あるじ様、大丈夫ですか……?」


「コマ? 大丈夫って、なにが?」


 聞き返してみると、コマが困った顔をした。


 ……コマが! 困った顔を!


 ウケるな。


「もう朝です、あるじ様」


「え? あ、ほんとだ……」


「一晩中、やっていました……?」


「そうみたい」


 頭がやけにテンション高いと思っていたら、徹夜と作業をぶっ続けで興奮していたらしい。

 だめだな。今の俺が会話すると、なにかひどいことを言いそう。


「ようやく作りたいものが決まって。作り出したら止まらなくてな……もう手を加えるほど良くなっていく気がして──」


 いや待てよ?

 社会人一年目の時に営業資料を作って大失敗したのと、同じ過ちをしているような気がする。


 力を入れすぎるとうまくいかないこともある。手を入れるほど、愛着が湧いて欠点が見えなくなる。


「……今更怖くなってきた。やりすぎたかも」


「やりすぎ、です」


「あー……怖いけど、他人の意見が欲しいな。コマは、どう思う? でも今言ったばっかりか。やりすぎか」


 やりすぎちゃったかー。


 ……うーん、俺は気に入っちゃったんけどな。


「どの辺がやりすぎ? でかすぎ?」


 作り上げた木の彫像を、見上げて思う。

 そう、見上げている。ミニチュアサイズでは到底満足できず、台座を含めて、二メートル以上あるものを作った。


 つまり大作で力作だ。ミニチュアサイズでまず作ってから、これに取り掛かれば良かったのでは?

 今更そんな冷静なことを言われても。


「寝ないで作る、やりすぎです」


 俺自身への指摘だった。彫像は関係ないらしい。


 ……でも、一理あるな。


 深夜に書いたラブレターは朝起きて見返すと破りたくなる。そういう話を聞いたことがある。


 俺も寝ないで作業をしていたが、そのせいで冷静さを失っていると言ってもいい。


 それでも全然疲れが感じられないのが、この体のすごいところだ。しかし、


「メンタルに悪いよな……」


 体よりも精神性。俺はそれで何も手につかなくなっていた。

 反省して、精神を健全な状態にするべきだ。

 健康な体が、いくらか引っ張ってくれていると思うが。


「仕方ない。一回寝るか。いや、朝から寝るのも、どうなんだろうか……?」


 迷ってしまう。寝ないでもいける気がするので、余計に。


「お風呂で、その、どうです?」


「それだ」


 コマのアイデアを採用。

 露天風呂に行こう。

 ゆっくりお風呂に浸かってリラックスして、ご飯を食べて一休み。それからもう一度、この作品を見に来よう。


「ありがとう、さすがだ」


 コマを抱きしめる。素晴らしいアイデアだった。

 温かい。一晩中ずっと作業場でやっていたのは、ちょっとやりすぎだったかもしれない。ちょっと冷たくなっているのを自覚する。


「あの、あの……こんなところだと、あの、見つかるので。タオルとか、後で届けます。見つかる前に、あの」


 珍しくコマが急かしてくる。もしかしたら俺は、よっぽど様子がおかしいのかもしれない。


「そうだな。行ってくる」


 ぱっと腕を広げてコマを解放して、俺は露天風呂へと足を向ける。


「あの、あるじ様。ところで、この彫像は?」


「ああ、俺の好きな人だよ」


 それだけ言って、朝風呂へ意気揚々と向かうのだった。





 私はいつもどおりの時間に起きて、異変に気づいていた。


「あれ? ソウジロウいなかったの?」


 マツカゼに訊ねると、きゅうんと無念そうに鳴いた。


 私はいつものように起きて、マツカゼとハマカゼを受け止めてから、外に出た。

 一緒に出てきた狼たちは、ソウジロウ邸へと突撃していった。


 けれど、二匹は尻尾を垂らしてトボトボ出てきたのだ。ソウジロウが不在だったみたい。


「とりあえず千種も起こしてきて」


 指差した小屋に群れを突撃させておいて、群れのリーダーであるエルフとして、私はちょっと考える。

 ソウジロウが自分より早く起き出して、どこかへ行ったんだろうか?


 芝生の上を見てみるけど、朝早く出かけたような足跡は見当たらない。違う。


 ということは、帰ってきてない?


「おはようございます! おはようございますぅぅ!」


 マツカゼに起こされた千種の声がする。

 よろよろ出てきた彼女に、声を掛ける。


「ね、ソウジロウって、夜中に出かけたの?」


「え? 昨日は忙しいって言いながら、夜ご飯爆速で食べて作業場に戻りませんでした?」


「それから帰ってきてないの!?」


「あっ、はい。だと思います。深夜過ぎまでは確実に」


「また夜更かししたの?」


「あっ、やぶへび……」


 焦った顔をする千種の頬を挟んで、もーって威嚇する。

 千種はすぐそういう悪いことするんだから。


 ……でも、今はソウジロウが優先ね。


 どこかへ行ったまま、一晩中帰ってこないなんて。


「結局、ソウジロウはあれからずっと家にいないのね……。千種は心当たりある?」


「無いです。えっ、お兄さん、家出ですか?」


「それはないでしょ」


 新天村かしら?

 なんて考えてた私の目に、ぱたぱたと小走りでこっちに来るコマの姿が映った。


「あ、コマ。ソウジロウ知らない? 家にいないみたいだけど」


 コマはぴたりと立ち止まって答えた。


「作業場、ずっと働いてました」


「えっ、ずっとって、ずっと? なにしてるの?」


 びっくりして変な聞き方をしてしまうけど、コマは気にせず言った。


「芸術品を、作られてます」


「ソウジロウが最近悩んでたのを解決したって、本当? 意外と早く完成したのね」


 私が言うと、コマはなんだか微妙な顔で答えた。


「……好きな人を彫って、興奮してました」


「えっ?」「まじで?」


 千種と一緒に、ぽかんと口を開けてしまう。やば。はしたない。


 でも、


「……見に行く?」


「でしょ」


 千種と心は一つになった。二人で足早に作業場へ向かう。


 ……ソウジロウの好きな人? だ、誰だろう。


 千種? ありえるよね。可愛いし、同郷で話も合うし。一緒に働いてて接点も多い。


 サイネリア? ちょっとないはず。あれはちょっと危険な生き物だし。ソウジロウもそれを感じてるはず。


 アイレス? 天龍族。真の龍種。普通の人間には取り扱えない。


 ……けど、ありえるのよねー。


 ソウジロウは尋常な人間じゃないから。ある日を境に、なんだかすごく懐いてた。ソウジロウも、あんなに好意を向けられてたらなびくかも。


 ……だ、だから私も対抗したのに……!


 アイレスみたいに、ちょっと後ろから抱きしめてみた。

 広くて逞しい背中と密着して、自分の心臓の音が伝わりそうで猛烈に恥ずかしかった。

 なんとか顔が真っ赤でだらしなくなる直前に後ろを向けた。バレてなかったはず。


 もしも千種やアイレスの像があったら、どうしよう。


 もしも、


 ……わ、私だったら……?


 考えるだけで、頭が煮えそう。考えるのやめとこう。





 そして、私たちはソウジロウの作業場に来た。


 その前で、思わず息をのんでしまう。緊張したせい。やばい。千種にバレてないかな。


「うへへ、早く覗きません……?」


 千種はとても楽しそうな顔をしてた。

 他人の日記を盗み見る直前みたいな悪い顔で。


「あっ、あれ? 一緒に覗きにきましたよね……? なんでそんなにスン…って顔を?」


「なんでもないわよ?」


 ちょっとだけ頭が冷えた。


 まあいいや。とにもかくにも、見てみないと始まらない。


 いざ、尋常に。


「よし、頼もーう!」


 私たちは一気に扉を開け放って中に入り、その彫像と対面した。





「いつもありがとうございます、女神様……!」


 俺は湯船に浸かりながら、お湯を注ぐ女神に感謝を捧げていた。


「いやあ、やっぱり推しの入れてくれるお湯はいいな。新しく作ったほう・・・・・・・・と見比べるのも、なかなかオツかも」


 徹夜して作った女神像の方は、女神アナとムスビとマツカゼが戯れる姿にしておいた。

 俺を物語るなら、やっぱり女神様にもらった神器で森に来て、そこで精霊獣や魔獣と仲良く暮らしていると告げないわけにはいくまい。


 女神様ともふもふが戯れる姿に、見る人は癒やされること間違い無しだ。


「だよなー? ムスビ」


 ずっと作業場で俺と一緒にいたムスビが、お風呂で一緒にちゃぷちゃぷと浮いている。

 ムスビは俺を見て、そして女神像を見て、機嫌良さげにぱしゃりと羽根でお湯を波立てた。


「平和だな……」


 開放的な女神の湯から森の眺望を楽しんで、張り詰めて興奮していた俺の気持ちも和らいでいく。

 なんだか良い朝だった。やりきった感がすごい。





「ソウジロウ、おはよ」


「お、おはよう?」


 後からお風呂に来たミスティアが、癒やし空間の露天風呂とは思えないほど冷たい目をしていた。


 ……なんでなんだろう……?


 その時まではすべてを理解した気持ちだった俺だが、その全能感はあっさり霧散した。

 女の子、よく分からないよね。





 この森はまだまだ、神秘が尽きなさそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る