第76話 天龍は脱ぎたい

「ソウジロウくんっ、新しいおうちが素敵だねっ。新築祝いしようよ!」


「アイレス。もちろんやるけど、今、会場を整備中なんだ」


「整備中っていうか、今作ってるよね?」


「この拠点で鬼族全員が入るような場所って、無いんだよな……。応援にはみんな入れ替わり立ち替わりで来てくれただろ? みんな呼ばないと」


 この拠点でそんなに大勢を呼ぶ予定がなかったので、入るところといえば放牧場くらいしかなかった。それはさすがにということで、会場も建設することになった。手が空いたら開拓する。

 なので、まだ建設が終わっていないという名目で、新築祝いを伸ばしている。


「そこまでしなくてもいいのに。真面目なんだね、かわいいー!」


 それかわいいで合ってるか?


 俺は苦笑いしつつ、ふわふわ浮いて首に抱きついてくるアイレスを受け止めた。


「新築祝いといえば、あのグラスよく使ってるよ? 本当に綺麗だから、ずっと使ってて飽きないよね」


「切子グラスか。喜んでくれて、ほっとしたよ」


 まあ、あれは素材が良かったというのもあるだろうけど。


「それにあのパパ様のレリーフ見たよ。パパ様、すっごく喜んでたし、龍に変身してモデルしたんだって言ってたね。ボクの作る予定ない? いつでも裸になるよ?」


 その幼い少女姿で言うのはちょっと捕まりそうだからやめてほしい。

 それに、あれはラスリューのとっておき宝珠が持つ、神秘的な輝きを見て作ろうと意欲が湧いただけだ。


「アイレスの像は、まだ作る自信がないな」


 自嘲気味に言うと、俺に抱きついていた幼女がぐるりと前に来た。


「ソウジロウくんのばかっ!」


 角をぐりぐり額に押しつけてくる。地味に痛い。


「やめてやめて」


「パパ様の素晴らしい彫刻を作った人が、そんなこと言っちゃだめだよ!」


「あ、あー……すまない」


 確かに、自分が作ったものを喜んでくれる人の目の前で、そんなことを言うものじゃない。


「鬼族のみんなもね。ソウジロウくんがくれた木のお椀、みんな大切にしてるんだよ」


「ありがたいな、それは」


「ソウジロウくんがここにいて、ボクがすきになったのは、新しい村で新しいことをしろっていう、天命だと思ってるんだ。あの料理とお椀と食器。あれでみんな、新しい村の在り方を決めたんだ」


「村の在り方?」


「新しい理念って言ってもいいかな。『融和と豊穣』それが新天村の理念。みんなの目標になったんだよ。ソウジロウくんの贈り物でね」


 そんなことになってたとは、驚きだった。

 俺はただ、美味しいものを食べてもらおうと思っただけだ。

 作れるものを作っただけ。


 つまり、


「いや、そんなに深く考えたことじゃなかったんだが……」


 なんだか深読みされたようでむず痒い。


「うん。みんなも深く考えたわけじゃないと思う。いろいろゴチャゴチャ言ってたけど、よくわかんなかったし」


 がく、と首が落ちそうになった。

 いや、珍しくすごく真面目なことを言うから、すごく真剣なことだと思ったよ。


「みんなが、いいなあ、って感じただけじゃないかな。でもそれって、大事じゃない?」


 アイレスが、あっけらかんとそう言ってくれる。


 ……いいなあ、か。


「確かに、そうかもな」


「でしょー?」


 にまぁー、と笑うアイレスだった。


「アイレスは意外と良い子だな」


「意外とってなに!? ボクの好感度は天龍なんだけど! 人間はみんなこーべをたれて土に埋まっちゃうくらいじゃない!?」


「そういうのさえ無ければなあ」


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