第66話 天龍の懐は
午前中いっぱいを使って、たくさんの材木置き場と開拓地を作っておいた。
近くには湖に流れ込む川もある土地なので、伐採さえできるなら川に丸太を流して運ぶこともできるかもしれない。
このまま川岸も開拓していって、用水路を作って田畑を耕すつもりなんだろう。
一応全員分のサンドイッチを作ってきたと言うと、鬼族と、アイレスも驚いていた。
「全部ボクの分じゃないの!?」
一五個も作ったのにそんなわけがない。
本体が巨大な龍なので、アイレスの腹にはいくらでも入る。かといって食べないと死ぬかと言えば、そうでもないという。
不思議だが、詳しくは聞いてない。そういうものなのだと受け止めている。
ちなみに、数は適当だった。
俺が一つ。ミスティアと千種が二つ。鬼たちが一つずつで五つ。ラスリューと、アイレスが二つずつで四つ。マツカゼとハマカゼのために、一つずつ置いておいた。
ここまでで一四個。つまり、一つ余る。
「わーいボク食べよー」
「ぐぬぬ」
「こんなちっちゃいのならいくらでも入るもんねー! 入るからねー!」
だがそのアイレスの発言ではなくこれ見よがしな態度が、千種の逆鱗に触れた!
千種はお腹が満たされていたが、食べ物関係でマウントを取られるのは嫌いだった!
「あっはっはー、人間ざっこ! ボク天龍だからいくらでも入るもん──ぶっ!」
これ見よがしに千種を嘲笑うアイレスを、蛸足が横っ面を叩いた。
「別に悔しくないし」
いや
女子高生
……俺も最近若さに任せてやっちゃうようなところあるし、精神って体に引っ張られるよな……
ちょっと現実逃避した。
しかし、アイレスがぶっ叩かれても、ラスリューは無反応。
そういえばラスリューは最初こそ急いで駆け付けてきたものの、アイレスはその後に割と自由に動き回っている。
この引っ越し作業についても、アイレスの割り当ては無い。
天龍族がどんな親子関係を一般的にしてるかわからないが、見た感じではかなり放任主義に見える。
だからこんなに自由に育ったのかもしれない。
教育とかしなくて、いいんだろうか?
「おや、これはなかなかいけますね」
「サイネリア?」
目を離した隙に妖精がいつの間にか現れて、サンドイッチを切り分けて、優雅にナイフとフォークで食べていた。
というか、人間サイズで食べづらかったんだろう。
妖精のそばにあるナイフは見覚えがある。木製で刃先が無駄に鋭い。俺が作ったやつだ。
そういえば返してもらってなかった。平和利用だけに使ってると思いたい。
「あ、サイネリア! それ、ボクのなんだけど?」
「たった今、優秀な妖精のものになりました。皆さん、これからお仕事だそうですね」
厳かにそう言ってから、サイネリアはどこからともなくジョッキを取り出した。
なみなみと注がれたビールを、可憐な姿で一息に呷る。
「ぷっはー! お仕事どうぞ頑張ってください。ふー、塩気の強いハムとさっぱり系のビールがよく合いますねぇ!」
やっぱりこいつ、邪悪な妖精じゃないだろうか?
「俺は別に、ビール飲みながら仕事しても怒らないけど」
「でもマスターは飲みませんよね?」
「まあ……誰か怪我した時に飲んでたら、これからずっと後悔しそうだからなぁ」
使ってる道具がすごくよく切れるし。
「その条件で飲める人はいません。優秀な妖精を除いて。あははははは! 飲めない人を見ながら飲むお酒は美味しいですね!」
表情筋を動かさずに高笑いする妖精だった。
「ボクも飲めるが? お仕事してないし」
アイレスは拠点に帰ってヒリィと遊んでるだけだ。
「だめです」
ぴしゃりとアイレスを止めたのは、意外にもラスリューだった。
「貴方はまだ飲める環境ではありません」
「ぶー」
「不服がありますか?」
「パパ様の言うとおりですぅ……」
ひと睨みで完全敗北するアイレス。さすが父(母?)である。
しかし、不思議な言い回しだ。環境?
俺の視線に気付いたラスリューが、眉を八の字にして困った顔をする。
「天龍族は神性の強いお酒をたくさん飲むと、ある一点でふり切れてしまうのです」
「どうかなるのか?」
「はい。なにをされても絶対に起きないほど眠ってしまったり、三日三晩暴れて山を崩したり町を沈めたり」
大迷惑すぎる。
「押さえつけても、自分の体が壊れるほど暴れてしまうので」
「お酒禁止と」
「いろいろと準備が必要なのです。あ、私はもう飲めるようになりましたから」
天龍族の意外な話だった。数百歳でもアルコール禁止。
それに、ラスリューはちゃんと親として見守ってるようだ。許容範囲が広いだけで。
そんな親子が揃って引っ越ししてくるとは、よほどこの土地が気に入ったんだろうか?
「午後からも、がんばるかな」
「おやおや、せっかく優秀な妖精もサプライズを用意します。拠点の方でマスターをお待ちしていますよ」
なんのことかと聞き返す前に、サイネリアは光に解けて消えた。ついでにサンドイッチも。
……また何かしたな、あいつ。
妖精がこういう挙動をする時は、人間の反応が見たい時だ。それがなんとなく分かってきた。
ちょっと不安だ。
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