第65話 試される森林

 そこは大きな湖だった。漁船くらい浮かべても、違和感が無いほどだ。アイレスみたいな大きい龍が住んでいても、おかしくないかもしれない。

 上空から見ると青みが強い──つまり水の透明度は高く、湧き水があるようだ。農業用水としても使えそうだ。


 アイレスと千種と共に降り立つと、湖の畔には、先に向かった鬼族の者たちがいた。どうやら無事にたどり着いたらしい。

 全員が背負っていた大荷物を下ろし、荷解きしている。


「最初からこっちに下りればよかったのに」


「最初にソウジロウくんに顔見せもしないで行くのは、ちょっと選択肢に無いよね」


 ここまで乗せてくれたアイレスが、そんなことを言う。

 まあ確かに、向こうは俺の近くにという条件で引っ越ししてきている。人の山に入るようなもので、先に顔見せするのは礼儀かもしれない。


 そして、一人だけ満身創痍だった。


「大丈夫?」


「お、お見苦しいところをお見せしまして」


 ゼンがわりと傷だらけだ。彼は全員を率いる戦士だったはずだけど。


「手当てとかは?」


「鬼は頑丈ですゆえ。見た目ほど酷くもありませぬ」


 そういうものか?

 近くの木立にいたミスティアに目を向けると、エルフは肩をすくめた。


「ナーガミュート相手に、初見でタイマンはやめなさいって言ったんだけどね」


「あの蛇か。いたんだ」


 蛇のくせに腕が生えてるやつ。三本指の毒爪があって、ただの蛇だと思ったら、腕で地面を叩いて飛んだりするので厄介だ。


「腕試ししたいって言うから、手を出さないで見てたのよ。私だけじゃなくて、他の三人もね」


「どうだった?」


「んー、まあまあかな。でも、やっぱり相手の腕と武器の相性かな。戦槌だと、蛇相手はねー。お互い痛み分けで、逃げられちゃったわ」


 ミスティアの口ぶりは、褒めているほう。ただ、これは文字通り敵の腕部分で力を試された感じだったか。

 この森、けっこう試される大地なんだよな。


「蛇って、どのへんにいた?」


「初戦は油断しましたが、次は負けませぬ。ご安心ください」


「あー、そっか」


 千種の唐揚げにしようかと思ったんだけど、横取りはよくないな。


「あら、ソウジロウ、蛇欲しいの?」


「ちょっと」


 ミスティアの問いかけに、目で千種を示す。エルフは小さく笑った。通じたらしい。


「なら、結界のついでに、私が狩ってくるわね」


「横取りにならないか?」


「半分置いていけばいくから平気よ。ね?」


「……四人がかりでなら、仕留められまする。手負いを相手に、お手を煩わせるわけには……」


「開拓に来たんだから、それ以外はらくしなさいな」


「……面目次第もございませぬ」


 ゼンは俺とミスティアに頭を下げた。真面目だなー。


「ミスティア、マツカゼとハマカゼは置いてきたけど、大丈夫?」


「あの狼に狩りを教えているのは、私ですから」


 ミスティアは得意げな顔でそう宣言して、森の中に消えていった。

 うちの狩り担当には、反論することもできない。


 じゃあ俺は開拓を進めるか。


「ラスリュー、どのあたりから拓くんだ?」


「ひとまずこのあたりからあちらの方角へ、と考えております」


 そんな大雑把な打ち合わせをして、作業に取りかかる。

 今日も一日ご安全に。





 頼まれたのは伐採だが、どういう風に作業を進めるかは、お任せされてしまった。

 とりあえず大きな木を湖方向に倒していく。とりあえず手近な辺りは、さっさと抜根まで行ってしまう。

 鬼族はテント生活をするらしいが、平らな空間が少しあれば小さい小屋ぐらい建てられるだろう。

 そのくらいの場所は、早めにあった方がいい。


 この辺りは、少し木の密度が高い。


「ちょっと大きくやるか」


 森の木々に、切り込みを次々入れていく。木の両側から切れ込みを入れるが、湖側は低く、反対側は高く。そして、切り込みを完全には合流させないでおく。

 切り込みの方向を揃えるのが大事だ。


 数十本もの木にそれを施したら、誰も近くにいないのを確認してから、


「千種、頼む」


「あっ、はい。千種影操咒法──〈蛸〉」


 数本の木をまとめて押し倒した。

 倒れる寸前まで切り込みが入った木は、湖方向にバキリと折れる。そして、同じく切り込みの入った木に激突してそれも折る。伐倒は連鎖する。


 同じ方向に倒れるように切り込みを入れられた木々は、将棋倒しに倒れていった。

 動物も入れないくらい密度の高い竹の密集地を、重機でバキバキにしていた時のような光景。竹よりずっと木が太いけど。


「わあー……これ、拾っていくんですか?」


「もちろん」


「うわあ」


「何度もやるよ」


「うぎゃあ」


 これだけ倒しても、周りにはまだいくらでも木々がある。なかなか骨の折れそうな場所だ。

 しかし、始める前から千種がめげそうだった。


「唐揚げ唐揚げ唐揚げ……」


「アッ、アッ……が、がんばるましゅ……」


 なんとかやる気を前向きにする。よしよし。

 その昔俺をがんばってこき使っていた人も、工夫を凝らしていたのかもしれない。


 倒した木を無重力と蛸足で引きずり出して、俺が枝払いして玉切りする。千種が影に仕舞う。

 これを倒した数だけ、繰り返していく。切り株を掘り起こして引っこ抜く。


 そうやって拓いた土地に、伐採した丸太を積んでいく。枝払いで切り落とした枝を拾い集めたり、丸太を運んでいくのは、鬼族が二人ほど手伝ってくれた。


 切った木はラスリューや鬼族の家となり、道具となり、財産になる予定だ。

 俺がやったのと、同じように。


 つまり今回作っているのは、拠点や家ではなく、仲間だ。

 悪い気分じゃない。

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