第64話 闇魔法の代償
天龍族のお引っ越し計画は、こうである。
湖のそばを切り開いて、まずは鬼たちを送り込む。そこで仮のプレハブ小屋を建てて生活しつつ、建物と人をどんどん増やす。
次に畑を耕しつつ、天龍族を迎える建物を作る。それができたらラスリューとアイレスはそこに移り住み、鬼族たちは村を整えていく。
この計画で俺に期待されているのは、もちろん工作技術だ。
まず村を作るために、大きく湖の周辺を拓いていくこと。そして建物を作るための、材木加工だ。
専門家を連れてきているらしく、作ってほしい部品の図面を渡してくれるらしい。俺はその設計図に従って材木を加工する。
「また伐採かー」
「頼むよ。うちの重機係」
「あっ、はい。ろろろ労働はいいですよね……」
明らかに思ってないことを言う。
……最近は割と楽しそうにしてたけどな?
「何か気になることがある?」
「うぅ……知らない人いっぱい来る中で働くんですよね……?」
「あー……いや、接客業じゃないから、別に千種はいつもみたいに、俺と暗い森の中にいればいいけど」
「あっ、なんだ。じゃあがんばろ」
立ち直ったらしい。
「お兄さんはいいんですか? なんか新しく作るものあるって言ってたような……」
「急ぎじゃないし、まだイメージも湧かないしな。その間に手を動かせるものがあるのはいいことだよ」
「はー……でも、ちょっと楽しそうにしてます、よね?」
……バレたか。
もちろん、そんな穴埋めだけの気持ちではなく。
もうちょっとシンプルに喜んでる部分もある。それは、
「いやほら……お代をもらって工作するのって、本当に工房っぽいから。職人になったみたいで、ちょっと嬉しい」
「あは」
千種と顔を見合わせて笑う。
子どもみたいと思われるかもしれないが、俺は手仕事を初めてまだ一年生だ。
「子どもの頃、ど田舎で近所の家の人に、うまくこき使われていたのを思い出すよ」
「あっ、児童労働……」
「いいえ。”お手伝い”です」
田舎ではよくあることだ。子どもでもできる農作業なんかを、お手伝いの名目でやらされる。
あの頃も、最初だけは楽しかった。ずっとやらされるとつまらなくなって、拗ねていたりもした。
でも、なんだかんだで、全部終わらせて成果を見ると、やはり達成感があって。
「収穫の手伝いなんかは、いろいろと量が多くて大変だったけどな……でも、鶏小屋を建てる手伝いをしたのは、思ったより楽しかったよ」
「そういうものですか……?」
「ご褒美が野菜じゃなくて、お肉と卵だった」
千種がへらりと笑う。
「子供みたいですね」
「子供だったからな。それに、鶏がそこですくすく育っていくのを見れたから。後々までちょっと嬉しかったよ」
建設の手伝いをした小屋でニワトリたちが育ち、卵を産んでくれる。そのニワトリが元気なのを見かけるたび、ちょっとだけ誇らしくなった。
「ご褒美といえば、今回は米と大豆がかかってる。重要だろ?」
鬼族から、お米や農作物などをもらえるという話をしてある。米や大豆、他にも村で取れたものをと。
大豆である。めちゃめちゃ有用だ。
「あっ、お米は嬉しいですけど。豆はそんなに?」
しかし、千種は首をかしげた。
「……大豆で味噌と醤油が作れるんだけど」
「あっ……あーっ! そっか! 聞いたことあります!」
忘れてたらしい。
「がんばります。だから、醤油を!」
刺身も焼き魚も、海のものが食べられる環境で、やはり無いのは寂しかった。気持ちは分かる。
「ただまあ、原材料があれば解決ってわけにはいかないのが、怖いけどな……作れるかな?」
「お兄さんならなんとかしてくれます! わたしならどうにもなりません!」
後半はそんなに堂々と言うことじゃない。
「やる気出してくれて、なによりだよ。頑張ってみるから」
俺としてはそう言うしかない。千種がいると、作業効率が違う。
ラスリューは他にもまだまだ、お礼を考えていてくれるらしい。俺は米と大豆と、田んぼ作りだけでも十分だと思うんだが。
だが、仕事の評価をわざわざ自分で下げるまでもない。ここは高く評価してくれたラスリューに、きちんと仕事で返すことにしよう。
そして現場までの往復は、アイレスが乗せてくれる。
サンドイッチを作ったのは、そんなアイレスを労うためでもある。
乗せてくれるのは、実際ありがたい。速さが違う。
「あっ、わたし今の話で思ったんですけど……」
「うん」
「唐揚げがあったら、もっと頑張れると思うんです」
「……そっか。唐揚げか」
「この前の蛇のやつがいいです」
肉まで指定して。
千種もけっこう要求するようになってきてくれたものだ。
「……やる気を出してくれて嬉しいよ」
俺も、千種の仕事を評価してやらないとな。使われる側だと思っていたら、俺も使ってる側だった。
「明日は唐揚げだ」
「やった」
重機の燃料としては、安いものだと思おう。
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